「迷子のお知らせです。○○からお越しの狩屋様、○○からお越しの狩屋様、一階の迷子センターにて、マサキくんがお待ちです」
そう言って従業員のお姉さんはマイクの電源を切った。椅子に座る俺に向き直るとお姉さんは言った。
「もう少しでお母さん、来るからね」
良い子で待ってようね。
そう付け加えて微笑んだお姉さんと一緒に、絵本を読んで母の迎えを待っていた。
けれど、何度放送をかけても、時計の針が回っても、母が来る事は無かった。
「マサキくん。お家の電話番号分かる?」
俺が首を横に振ると、お姉さんはすっかり困ってしまった。
幸い、家までの道程は覚えていたので、お姉さんが上司と掛け合って、送ってくれる事になった。
母は、はぐれてしまった俺を放り投げたまま、すでに家で落ち着いていた。
母はお姉さんにお礼を言ったけれど、俺を招き入れて玄関を締め切ると、深い溜め息を吐いた。
故意に置き去りにされたと言う事は幼い俺でも理解できた。
それから少し後、両親の会社は倒産し、俺はお日さま園へと置いていかれる事になった。
単なるお遊びだった。
大型のショッピングモールで、迷子センターに居座ってみた。
「本当にあなた、迷子なの?」
「そうなんです。俺、ママとはぐれちゃって」
不安気な顔を作ってそう言えば、従業員のお姉さんは俺を頭の弱い子と解釈してくれたらしく、マイクのスイッチを入れると、先程提供した情報を読み上げてくれた。
「迷子のお知らせです。○○からお越しの、狩屋様、○○からお越しの――――」
お姉さんは、あの日のお姉さんとは異なる人物だと言うのに、マイクを通した瞬間に、全てが元通りに再現されたようだった。
お姉さんの声を聞きながら、俺は机に置かれていた絵本を手に取った。真新しく、表紙はまだつるつるとした光沢を紙いっぱいに蓄えている。
当たり前の事だけれど、あのとき、俺が読んだ絵本はどこにも存在していなかった。
椅子に深く腰をかけ、ふと足元を見ると、靴の裏がピタリと地面に着いていた。小学生の頃は、まだ、脚の長い椅子に座ると、いくらか床との距離が空いたものだったのに。
「もう、いいです」
お姉さんに停止を呼び掛けようとすると、迷子センターの扉が声とともに開いたのだ。
「かりやーっ!」
「天馬くん!?」
俺は目を見張って、突如現れた天馬くんを見た。
「良かったあ! 俺、狩屋じゃなくて別のカリヤさんだったらどうしようかってドキドキしたよ」
「いや、なんで……?」
「あ、買い物に来ててさ!」
天馬くんは腕に提げていたエコバッグを軽く主張して見せた。
「その、馬鹿にしないの?」
訊けば、天馬くんは首を傾げる。
「どうして? 迷子になったんでしょ。恥ずかしい事じゃないじゃん」
「今度は一緒に来よう。狩屋を迷子になんてさせないからさ」
2012/03/28