「良いよな不細工は、顔の傷に怯えなくていいんだから。俺なら擦りむいただけで発狂するな。熱湯を被って焼けてしまったらどうしようかとも考える。そして、この美しさを永久に残して置けない事が一番、残念でならないな。成長と違って老いるって事は罪に均しい。まあ、怖いからって不細工にはなりたくないけど?」
 俺が知る限り、南沢篤志という人間は顔面コンプレックスの塊であった。
 予め断って置くと南沢さんは美形の部類と言える。モデルだって、芸能人だって夢では無いしそこら辺のタレントよりは余程綺麗だ。
 どうしてそんな人がサッカーをしてるのかと言う疑問については、恐らく、南沢さんの中でサッカーをしている自分が素敵! だなんて考えてるからだと思われる。
 詰まる所、南沢さんはナルシスト故の顔面コンプレックスだった。
 南沢さんは顔に傷を作る事が大嫌いで、ニキビすら許せない。眉を整える剃刀で誤って皮膚を切ると絶望したかのようにその日一杯嘆いてしまう。一番の大親友は鏡でこの世で一番大切な物は自分の美貌。
 ついでに恐れているのは年老いて自分の完璧な美が崩れてしまう事(俺が思うに、彼の中の美に対する条件として、若いことが含まれている)である。
 で、南沢さんの言葉は誰に向けてだったかと言うと南沢さんの後ろに立っている俺、ではなくて見たことも無い南沢さんのクラスメイトにだった。
「これ、やるよ。その汚い手にぴったりな汚い字で埋め尽くされたノートとか教科書いらないし」
 ばさり、南沢さんは音を立てて教科書とノートを相手に投げ付けた。決してただの教科書ではなくて、南沢さんが言った通り、油性の黒く、太いペンで゛ナルシスト゛だの゛淫売゛だの散々な単語でびっしりと汚れた物達だった。
 慌てて男Aが弁解を始める。
「南沢、誤解だって! 確かに俺達、お前の影口叩いてたのは事実だけどここまでしねえって!」
「そうそう、大体サッカー部の南沢にこんな事してさあ、バレたとしたら俺達内申ガタ落ちじゃん。受験も気になってきた頃だし」
 取って付けた様にして男Bが男Aのフォローを始める。その様子に南沢さんが腕を組始め、後ろ姿からでも不機嫌な様子が伺えた。
「いや、馬鹿なのかお前ら。俺が確証も無しに直接聞くと思ってる訳? こいつが全部見てるんだよ」
 そう言って南沢さんは俺を指差した。
「……えっ?」
「倉間、見たんだろ」
「ええと……、はい、見ました」
 南沢さんが一緒に着いてこいと言った時点で少しは利用される可能性も考えておけば良かった。
 俺は、男AB、共に知らないし、南沢さんの私物が落書きされる所など一切見ていない。
「貴方達、南沢さんがいない隙に鞄を漁ってましたよね。俺、南沢さんに用が有ったんで、探していたらたまたま現場を見ちゃって、すいません、告げ口しちゃいました」
 勿論、出鱈目である。特定の場所も言わずに嘘を並べ立てると男達の顔色が変わった。
「おいA! あの時誰もいないっつったろ!」
「当たり前だろ、確認したよ、俺はちゃんと……」
「見られてんだろうが!」
「知るかよ、大体俺止めたじゃん! 教科書とか滅茶苦茶にしようっつったのお前なんだから自業自得だろ!?」
 でかした、と言わんばかりに南沢さんが俺の頭を撫でた。それから男AとBの罪の擦り付け合いを暫し聞いた後、南沢さんは学ランのポケットを探るとピンク色の携帯を取り出して何やらボタンを操作した。
「はい、お疲れ。今の会話、録音しといたから音無先生にでも聞かせるわ。呼び出して悪かったな、帰っていいぜ」
「チ、チクる気かよ!」
「? そうだけど?」
「ふざけんな、今すぐその携帯ぶっ壊してやる!」
「いや、それこそ器物損害で今より内申下がるんじゃないのか? 受験、控えてるんだろう?」
 にたあ、と南沢さんは嫌な笑い方をした。顔が綺麗な分、性質が悪く男達はすっかり狼狽えてしまった。
「知ってるんだからな、南沢、援交してるんだろ! 噂だぜ、年食ったジジイとヤッて金貰ってるって! どうせその携帯の中身も中年オヤジのメールで一杯なんだろ!!」
 それは、本当にその様な噂が有るのかは判断しかねるものだったが男はもうどうにでもなれと言った様子である。
「まあまあ、よくも下品な言葉が次々と……、倉間、こういう品の無い人間になると同じような奴しか集まらなくなって、生活が爛れて来るから気を付けろよ」
「はあ……」
「素直に謝れば教科書代だけ請求しておしまいにしようと思ったのに」
 少しうつ向いてから南沢さんはまた顔を上げると男達を見て、そうそう、と付け加えた。
「それから、俺、潔白の童貞処女です、何故なら、自分の顔以外愛せないからでぇす、いやあ残念残念」
 南沢さんは態とらしい棒読みでそう言った。最終的に人指し指と中指を立ててゆるいピースサインまでおまけしている。完全に相手を馬鹿にしていた。







「全く! 俺をああいう事に巻き込むなよ! たまたま相手が馬鹿だから俺の嘘に流されてくれたけどもうこんな面倒事ごめんですよ!!」
「うんうん、ありがとな倉間」
 南沢さんはぽんぽんと軽く俺の頭を叩いた。この人は俺が自分より低身長なのを気に入っているのかやたらと頭を触りたがる。
 俺は南沢さんを見上げた。南沢さんは小首を傾げて、少し表情を和らげた。それを見た俺は、小さく心臓が跳ねた気がした。
「……いや、やっぱり呼んで下さい。何だかんだ、心配だし、袋叩きにされて顔怪我したら学校来なくなりそうだし」
「よく分かってるな」
「てか、よくあいつらが犯人って分かりましたね。違ったら大変な事になっただろうし、賭け?」
「まさか」
 じゃあ、と聞く前に南沢さんが答えた。
「まあ、影口叩かれてたのも、援交とか変な噂流したのがあいつらだっていうのを知ってたのも有ったけど、一番は、俺がナルシストだったからかな」
「?」
「この国って、自分を愛してる事、それを公言する事が恥で浅ましいみたいな風潮、あるだろ」
 確かに、そうかもしれない。
「ああいう、俺なんか、とか自分を表面上卑下しまくってる奴って、それが正しくて、自分を貶すのがコミュニケーションの一般的な手段だと考えてると思うんだ。だから、俺みたいなのを嫌う。幸い、俺は本当に恵まれてるから、ナルシストでも周りに人が集まる。例えば、お前とかさ。まあ気に食わなかったんだろうな」
 俺はな、と言って南沢さんは続けた。
「性癖でも、ゴミでも、なんでもいいよ。好きなものを好きと言えない世の中だなんて、好きじゃない。更に、歳を重ねて、それが当たり前だなんて思うようにはなりたくないな」
「ふうん、」
「俺、お前のこと、結構好きだよ」
「えっ!? あ、ああ、俺も南沢さんすっ」
 突然の告白に驚いて俺は吃ってしまった。まさか、南沢さんが俺の事を憎からず思ってくれていただなんて嬉しい。
「ん」
 南沢さんがポケットを片手で探り、しまったという表情をした。
「銀紙ねえ」
「は? 銀紙?」
 またも突拍子のない言葉に思わず聞き返せばいきなりガシリと両肩を捕まれる。
「倉間、今日のお礼だ」
 そう言うと、南沢さんの顔が段々と俺に近付いてきて、唇に柔らかい感触が当たる。驚く間もなく今度は舌で閉じていた唇を割り開かれ柔らかく塗るついた舌が滑り込んで来た。そうして、口内で何かが放り込まれて、南沢さんは離れていった。
「ぅ……、みな、みなみさ……っ」
 南沢さんはぺろりと舌で唇を舐めて微笑んだ。
「じゃあな、今日は本当にありがと。ちなみに、これ、……ファーストキス」
 そう言って南沢さんは走り去ってしまった。自分しか愛せない南沢さんが、キスをしてくれた。いや、鏡にキスはしてそうだけど、本人も認めるファーストキスを俺にしてくれた。南沢さんの小さくなっていく後ろ姿を見ながら俺は感動のあまり口を手で覆った。
 そして口の中に残る感触を噛み締めると、なんだかぐちゃりとした。うっすらと、噛み尽くされたフルーツの味もする。俺はそこで気付いた。
 これ、ガムだ。しかもかなり長時間噛まれていた。俺、銀紙の代わりにされた。
「……南沢さんの、ばか!! 大好きだっ!!!!」
 大声で叫ぶと、俺にとって世界一美しい南沢さんが遠くで手をひらひらと振った。






2011/11/09



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -