[亡霊]

「俺さ、幽霊になった気持ちで生きてるんだ」
 天馬は突然そう言ったので、狩屋はなんで? と返した。すると、天馬は一呼吸を置いて、続きを話し始めた。
「小さい頃、大きな木の板が真上に落ちてきて、死にかけた事が有るんだけど、フードを深く被った男の人がサッカーボールで助けてくれたんだ」
「サッカーボールで?」
「うん! 熱く滾る、焔を纏ったサッカーボールが木の板を吹き飛ばしたんだ! 俺、未だに忘れられないなあ、とてもゆっくり、目に焼き付いたんだよ」
「へえ、じゃあ、天馬くんのサッカー人生はそこから始まるってわけだ」
 天馬は力強く頷いた。
「サッカーが無かったら俺、死んでたんだよ。どちらにせよ、あのとき、死んだみたいだけどね」
「死んだって大袈裟じゃないの」
「だって、俺、全くサッカーに興味が無かったんだ。でも、その日から、サッカーが俺の中心になった。サッカーが無い毎日だなんて考えられないもん。だから、サッカーが無くても平気だった俺は死んだんだよ」
「でもさあ、それは幽霊にどう繋がるのさ」
「すとんって、抜けちゃったんだよ。サッカー以外の事が」
 自覚してるのなら、それは抜けたって言えないだろ、なんて狩屋は考えたけれど、本人は本気で言っているのだろうなあと思った。

[無関心]

 天馬は、狩屋にとって居心地が良い人間だった。楽なのだ、限りなく。
「ヒロトさんってさ、狩屋のお兄さん?」
「違うよ。俺、親含めて家族いないから」
「ふーん、そうなんだ」
 会話はそこで途切れてしまったが、それがまた狩屋には丁度良かった。
 お日さま園の事を説明するのも面倒で有ったし、両親の会社が倒産した過去は誰かに話したところで解決するものでは無かった。
 よく、家庭の事情を聞かれて対処に困る言葉が「ごめんね」だった。
 狩屋にとって親がいない事も、お日さま園で多数の子供達と同じ部屋にぎゅうぎゅうと押し込められて生活をする事も、当たり前の事なのに、その事に対して謝られるのはどうも腑に落ちなかった。
「話変えるけどさ、サッカーって神様じゃないかなってときどき思うんだ」
 やっぱり天馬くんって良いなあと狩屋は思った。

[下を向けど、下を見て歩かない]

「天馬くんさ、必要じゃない人間なんていない! みたいなコト言ったの覚えてる?」
 狩屋が訊ねれば、天馬は思い出したように手を打った。
「ああ、狩屋が霧野先輩をいじめてたときの話でしょ?」
「……苛めてないし。まあ、それはよくって、今でもその考えは変わらないの?」
 すると天馬は急に元気が良くなって、彼の周りだけ、スポットライトが当たったみたいになった。天馬は声を弾ませて語る。
「当たり前さっ! いつか、世界の生き物全てでサッカーがやりたいよね! 鳥も、ネズミも虫も人間も、一心不乱になって、地球をグラウンドにして試合したら絶対楽しいって! だから、この世の人間は皆必要なんだよ。皆、サッカーをする為に生きてるんだからさ」
「よく分かんないや」
「ついでに皆でランランランニングしたいよね」
「それ引っ張るのやめろってば〜」
 もうっ、怒っちゃうぞっ! なあんて、ふざけながらも、天馬くんって、草だとか、花だとかが潰れても気にしないんだろうなあと、狩屋は少し、さみしくなった。



2012/03/04



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -