・R15









 拓人は、南沢のラブドール(……ダッチワイフ、セックスドールなど様々な名称を有するが、ここではラブドールとさせて戴きたい)を作ってみた。
 正確には、どこの店を訪ねても、ピタリと来るものが無かったので、腕が良いと評判のクリエイターに作らせたのである。
 多様な角度から写し出された写真を何枚も、何枚も提供した結果、本当に素晴らしい出来のラブドールが完成した。
 継ぎ目が無く、けれども滑らかに間接を曲げる事が許される可動式。シリコン製で触り心地も良く、極めて精巧なものだ。
 拓人は、その薄く開いた唇に性器を捩じ込んでみたり、偽物の肛門に突っ込んだり、何もせずに抱き締めて眠ったりをしていた。
 当然の事ながら、人形の南沢は喋らないし、自分の意思でもって動いたりなどしないのだけれど、拓人は、硝子で造られた虚ろな瞳にすら安らぎを感じるようになっていた。
「ああ、南沢さん……好き……」
 拓人は自分で発した言葉に悶絶しそうになりながら南沢(人形)を掻き抱くようにして暖かな毛布に潜った。
 ベッドと毛布に挟まれた暗闇の中で人形と見詰め合う。濡れているみたいに艶々と光る唇はリップグロスを塗った女の子のものみたいだった。
 拓人は指でその唇をなぞってみる。次に、そっと指先を口腔に差し込んでみた。
(唾液とか、出れば良いのになあ)





「霧野に聞いて欲しい事が有るんだ。先日、ラブドールを購入したという話はしたと思う。そう、南沢さんによく似せた、実に美しいラブドールの事だ。驚かないで欲しいのだけれど、いや、驚いても良いんだが……とにかく聞いて欲しい」





 帰宅をし、玄関で執事などに迎えられた拓人は真っ先に部屋へと急いだ。
 それと言うのも、部活で南沢と一言も会話をする事が出来なかったからである。
 南沢の隣を常に倉間が独占しているのだ。嫉妬のあまり涙が出そうだった。おまけに、拓人はずうっと南沢の事を見続けていると言うのに、南沢がこちらを振り向く事は一度として無かった。
 拓人は倉間の事を少しでも疎ましく感じてしまった事や、南沢に対し臆病になってしまう事に嫌悪感を抱いた。
 拓人は自室に飛び込むとソファの上に座らせている南沢の人形に抱き付いた。丁度、床に膝をつき、太股に頭を載せて、腰に手を回す感じである。
(この人形に接するくらい、南沢さんにも大胆になれれば苦労しないのに)
 拓人はより、力を強くして人形を抱き込んだ。
 すると、不意に、頭を撫でられたのだ。
 拓人は慌てて顔を上げる。
「どうして」
 掌の主は、間違いなく人形だった。
 いくら可動式と言えど、自発的に動く機能などは取り付けられていない筈なのだ。
「お前の強い想いが、俺を動かしたんだ」
 南沢が柔らかく微笑んだ。
 それは、人間と変わらず、自然な物に思えた。寧ろ、人間その物の様に見える。
「神童、お前は本当に南沢篤志という人間が好きで好きで堪らないんだな。それが愛か、恋か、独占欲かは知らないが、今まで俺を丁寧に扱ってくれたお礼に……練習、させてやるよ」
 人形は拓人を引っ張り上げると、自分の上に跨がらせた。そうして拓人の頭を引き寄せると唇で唇を抉じ開けた。
 ねっとりと絡む舌に、拓人は違和を感じた。人形の舌は、湿り気を帯び、人形のものとは思えなかった。





「神童、妄想はほどほどにしような」
「どの辺で妄想だって分かったんだ」
「ダッチワイフが動いたところ」
「……そこか、次はもう少し頑張るよ」
 拓人と霧野の間には妙な空気が流れた。
 例えるならば、彼氏が、俺、金魚すくい得意なんだと自慢し、彼女が、スゴーイ! とはしゃぐ。しかし、本番で彼氏が金魚を掬う事は出来なかった。とにかく、微妙な空気である。
 けれども、霧野がその空気をぶち壊す様にソファから立ち上がった。そして、拓人に告げる。
「次とかそういうの要らないからダッチワイフにしてる事、本物にやろうぜ!!」
「本物に!?」
「南沢さんって面食いっぽいからイケメンになら何されても許してくれるって」
「俺、イケメンなのか」
「イケメンイケメン。大丈夫、俺も手伝うから」
 拓人は、霧野の発想に感服した。
 赤信号、二人で渡れば怖くない。霧野が大丈夫だと言うのならそうなのだろう。
「そうと決まれば、南沢さんを拉致しに行こう」
 拓人も立ち上がり、向かい合った霧野と固い握手を交わした。お互いに、改めて絆の強さを確認し合えた様な気分になった。
 二人は、手錠や荒縄、それっぽい薬等を抱えると、屋敷を出た。
 よって、拓人の部屋のラブドールが本物に入れ替わるのは、もうすぐ、かも、しれない。





2012/02/29



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -