・猫の日に寄せて
・ごめんなさい







 南沢は複数の男性からナンパに遭っていたが、正直顔が好みでは無かったので早々に帰りたかった。
「すみません、俺、不細工はちょっと……」
「んだと、ゴルァ! ちょっと顔が綺麗だからって調子乗ってんじゃねえぞ!!」
「……っ!!」
 男達は南沢の腕を強引に掴むと怪しい香りのする路地裏へと引きずろうとしていた。唯でさえ暗い場所だと言うのに、そんな所へ連れていかれては助けも呼べない。
 脚力には自信が有ると言えども、多勢に無勢となっては太刀打ち出来ない。
 ……もはや、諦めるしかない。
 南沢がそう思ったときだった。
 男達は何処からともなく現れたサッカーボールによって次々と吹き飛ばされていった。
「痛えっ! 何者だテメエ!」
「正義の使者! くらにゃん登場!!」
 男達の問い掛けに、影は姿を見せた。
 月明かりの助けを借りて見る事の出来た人物は、雷門中の制服に……アレは!?
 正義の使者、くらにゃんの顔は、着ぐるみのような猫の被り物で隠されていた。
 暗くて正確な色は判断しかねるが、白銀のような、水色のような、そういう具合の毛並みに見える。
「さあ、南沢さん! こちらへ!」
「えっ、なんで俺の名前……っ」
 驚く南沢を無視し、くらにゃんは南沢を連れて走り出した。そうして、男達を撒き、安全な道に出ると、くらにゃんは走るのをやめた。
「南沢さん、駄目じゃないっすか。こんな夜遅くに外出したら」
「ええと、ありがとう? じゃなくて、お前、誰?」
「俺は、くらにゃん、ですよ……貴方の事を守る、正義の使者」
「くらにゃん……」
「そう、くらにゃん。さあ、分かったら家に帰る。それじゃあ」
 くらにゃんは南沢に背を向けてどこかへと行こうとしていた。
「! 待ってくれ」
 南沢が呼び止めると、くらにゃんは歩みを止め、顔だけで振り向いた。
「何ですか」
「その、また、会えるか……?」
 そう言えば、被り物で有るにも関わらず、くらにゃんが、笑ったような気がした。
「南沢さんが、望むなら」
 そうして、くらにゃんは闇夜の向こうへと融けていった。
 南沢はその後ろ姿を見つめながら、両手を胸の前で握り締めた。
「……くら、にゃん」
 その小さな呟きは、夜風に揺れる葉の音に掻き消されてしまいそうだった。




「南沢さん! おはようございます!」
「ああ、おはよう……」
 倉間の朝を感じさせる挨拶に対し、南沢は上の空であった。頭を埋め尽くすのはくらにゃんの事ばかり。あの時、くらにゃんは、雷門の制服を着ていた。そうして、くらにゃんは小柄な男子、もしくは男装をした女子と考えられる。どちらにせよ、あのサッカーボールのコントロール力は、かなりの物であった。
「南沢さん?」
 いつもと様子の違う南沢を心配したのか、倉間が南沢の名前を呼んだ。
 そこで、ようやく南沢は倉間の存在を認識した。
 倉間の全体をよく見ると、なんだかくらにゃんに当て嵌まるような気がしないでもなかった。けれど、倉間に限って、あんな可笑しな事をするだろうか。
「まさか、な」
「まさかって、何が?」
「いや、こっちの話だよ」
 くらにゃんが倉間だなんて、ある筈がない。南沢はそう結論づけると、早くユニフォームへと着替えてしまおうと思った。
 そもそも、くらにゃんの中身が誰であろうと、南沢の心はすっかり、くらにゃんに鷲掴みにされてしまっている。
 ああ、くらにゃんに会いたい。
 くらにゃんを思い返すだけで、南沢は頬が火照るのを感じた。
 そんな南沢を、倉間はそっと見続けていた。





2012/02/22



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