「神童、この世界は、思っている以上に人の悪意に晒されるよ」
 そう言って霧野は下にある川を指差した。俺はその指先に従って光に当たりきらきらと煌めく川を見た。
「神童、お前は流れている水を、透き通った水を見てどう感じた?」
「綺麗だと思うよ」
「そう、それなんだ。お前がこの水を綺麗な物だと思えるのは、対象物、つまり汚いモノを知っているからなんだ。無意識の内に比較をして、ああ、これが綺麗なモノだってお前は判断してるんだよ」
「成程、確かに、悲しいけれどこの世には綺麗なものと汚いものがある。例えば、音楽、宝石、街並み、でも、それを綺麗か違うかを判断するのは人それぞれなんじゃないか」
「人それぞれ、その通り。じゃあ、綺麗と汚いを、肯定と否定に変えてみよう。川や音楽を俺達に変えようじゃないか。俺達を見て、人は、世間はどう思うんだよ、神童」
「それは、やっぱり、人それぞれに決まってる。フィフスセクターに反逆をする俺達を見て、肯定も、否定もする」
 霧野は真っ直ぐに俺を見る。一呼吸置いて、霧野はまた返事を返した。
「そこまで分かってて、神童はキャプテンとしてサッカーを続けるのか? はっきり言うよ。神童、お前は弱い人間だ。汚れは取れにくいし、それでいて拡がりやすい。もしもこの計画が失敗すれば好き勝手にお前が捏造されるよ。ネタにされるよ。お前は、予想していたよりも大きい悪意に、耐えられるのか?」
「……耐えられないかもしれないな」
 それは、深く考えずに口をついた言葉だった。実際に、この計画が失敗してしまえば内申点はがくりと下がるだろうし、高校だって受け入れ先が無くなってしまうかもしれない。そうすれば、当然将来は高収入の仕事に就くのは難しくなるし、自分だけで済めば良いけれど親の財産だって危なくなる可能性が有る。サッカーも、ピアノも、それなりに充実した暮らしすらも奪われてしまうかもしれないのだ。
 当然ながら、サッカーで様々な事が決まってしまう今の世の中に見合う罰だ。
「考えれば考える程、怖くなるよ。殺されるかもしれないんだからな」
「神童さ、小さい頃からよく泣いてたな。俺は、お前の泣き顔を見ると、何もかも許してやりたくなるんだ。事実、今でもお前が泣くと俺はお前につい優しくしてしまう」
 いつの間にやら、川原で、小さな子供たちがサッカーをしている。高いだけのうるさい音で笑い声が鳴り響く。それを打ち消すように審判役の子がホイッスルを吹いた。どうやら前半が終了したみたいだ。
 休憩に入ると一人の子供が缶ジュースを開けて飲み始めた。俺の耳が確かならば、子供は不味いと言ったのだ。子供に気に入って貰えなかった缶ジュースはキラキラと光る川に放り投げられた。
 どぷん、と缶を受け止めた川は飛沫を上げる。缶の中に入っていた紫色の液体が砂埃を上げるみたいにして川の中で広がっていく。
 少しして、ジュースは川に揉まれて色を失ってしまったけれど、確かに、今もあの液体は水面下で拡がり続け、水に纏わり付いているのだ。
「神童、もし、耐えきれなくなって泣いたとき、世間は許してくれないよ。人は悪意を持って、お笑い番組でも見るようにして、馬鹿にして、優越感に浸って、写真なんて出回ろうものなら悪戯に加工される。神童、お前は弱いくせに人一倍責任感が強い。神童はフィフスセクターの権力によって潰されると勘違いしてるけれど、お前を殺すのは、汚い、汚染された、大衆だよ」

「神童にとって、サッカーは人生をかけてまで、疎まれてまでやる意味があるのか?」




2011/11/04



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