自販機とは、道端や大型店の隅っこなんかで見掛ける、四角くて、ボタンがキラキラと光るアレである。
 買えるものは様々で、缶ジュースや、カロリーメイトなどのお菓子、おでん、エロ雑誌などと場所によって種類に富んでいる。
 当然の事ながら、それらを購入する為にはお金が必要不可欠である。ジュースならば、140円、食べ物などであれば300円など、値段は異なって来る訳だけれど。
 要するに、対象物に見合うだけの金額を投入すると、ボタン一つで商品を入手する事が出来る。それが自販機なのである。
「対して魔法の自販機とは何か。……ちょっと変わり種の物が買えるんだってさ。え、ローション? 違う違う! そんなのはもう裏通りに入れば売ってるっしょ。これは、本当に特殊なものが売ってるんだってば。……例えば、そう、権力、だとか。才能、だとか。そういうモノが有るんだってさ。で、どこにソイツは存在してるかって? それがさ、稲妻町のどこかに有るらしいんだけど……はっきりとした場所はだあれも分かっちゃいないんだよね。根拠のない噂話って奴」
 浜野は、いつも何処からこういう話題を手に入れてくるのか。とにかく浜野は情報に強かった。彼と仲の良い速水もサブカルチャーに精通しているし、倉間はいつも二人と話していて話題に詰まると言う事が無かった。
「権力ねえ、俺だったら絶対買いますねえ」
「速水が権力? 何に使うの?」
「それは勿論、優しい王様になるんですよ」
「それどっかで聞いた事あるわあ、ガッシュじゃん、ガッシュ」
 二人は懐かしさからかガッシュという漫画の話題で盛り上がり、自販機はすっかりと影を潜めてしまった。
 けれども、倉間は魔法の自販機とやらが気になって仕方が無かった。
(魔法の自販機かあ、そんなものが目の前に登場したら、俺は何を買うだろうか。つうか、権力、才能? それって具体的にどういう事? 仮に、才能を買ったとしたら、サッカーがものすごく上手くなるって事か? 南沢さんを抜いてシュートを決めたり、こんな事も出来ないんですか、俺が教えてあげますようとか言って上から目線で物が言えるようになったりするって事? それって、楽しいかもしれないなあ)


「魔法の自販機ねえ。お前らの間でも流行ってるのか?」
「流行ってるって程でも無いんですけど、南沢さんのクラスでもですか?」
「結構前の話だけどな」
 倉間が興味津々に訊ねると南沢は細かく事情を教えてくれた。
 その自販機は稲妻町のどこかに有ると言う分けでは無く、何処にでも在るそうだ。けれど、それと同時に、何処にも無い。
 どういう事かと言うと、自販機はふとした瞬間に突如、現れるらしい。
 それは、いつもの通学路だったり、寄り道した路地裏に立っていたり、前触れは無いのである。
 ただ、自販機はボタンや商品を人工的な光で照らし出し、消費者を誘うのだ。気付こうとしなければ決して気付かないし、注意をしていれば見付けられる訳ではない。座敷藁や幽霊の出現率に似たものが有るそうだ。
 商品は、例えば、権力、才能、過去、臓器、あの日の思い出、無くしてしまった捜し物、そして、あの人の、心、など。
「恋心、とか」
「こいごころ……」
 南沢が言った、恋心という言葉が、倉間には官能的で、ひどく甘い馨りがする。チョコレートを歯で割り、溢れ出たウイスキーの如く、熱く広がるみたいだった。
「出所の分からない話だ。俺も魔法の自販機だなんて見た事がないし。信じるも信じないも、アナタ次第……って訳だな」
「胡散臭い占い師みたいな締め方しますね」
 益々、倉間は魔法の自販機に会いたくなった。南沢からの話は、浜野より若干ロマンティックに仕立てられていたように思う。
「但し、一点、気を付けること」
 南沢は付け加えた。


 果てさて、倉間が魔法の自販機と運命的な出逢いを遂げたかどうかと言うと、放課後、倉間は見付けてしまったのである。
 薄暗い街角で、無機質に光る自動販売機を、幸運にも、見付けてしまったのだ。
 ぼんやりとした白い光が商品を納めた箱を照らし、ボタンを色とりどりに電流が走っていった。
 権力、才能、過去、あの日の思い出、無くしてしまった捜し物、富、幸福、不幸、最高の夢、永続する平和、その他、自販機一杯に並んだ文字のある一つに、倉間は夢中になった。
 [南沢篤志の心]
 これは、特定に違いなかった。
 このコンテンツは、倉間の為に用意されている。
 倉間は震える指で、けれど、迷わずに、そのボタンを押した。

「但し、一点、気を付けること。モノを買うとき、相応の金が掛かるように、魔法の自販機でモノを購入するときも、それ相応の対価が支払われる。ちゃんと、覚えておけよ」

 ガコンッ、自販機からは、何かが落ちる、音がした。




2012/02/19



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