兵頭くんは1.5倍くらい南沢が美しく見える話








 兵頭は、六番目の小夜子という小説を読んでいたのである。
 本の内容としては、一言で納めてしまうと、小夜子というミステリアスな天才美少女が転校してくるという物であった。
 作中で、転校生とは不思議と何でも出来る子が多かったわと言う様な具合の一文がある。
 多い、というだけで、期待外れもいる訳だけれど、何故兵頭がこの本を引っ張り出したかと言えば、一重に、南沢篤志が原因と言えるだろう。
 突如、月山国光に現れた彼は、正に、理想の転校生だったのだ。



「おい、また来てるぞ」
「その様だな、しかし一体何が目的で……」
「如何にした?」
「お、兵頭か、彼方を見ると良い」
 言われた通りに兵頭がグラウンドの向こうを見ると、同じ年頃に見える少年が立っていた。余りにも遠目なのではっきりとは見えないのだが、紫色の髪がその姿を主張している。
「今週になってから時々現れるようになったのだ、ホーリーロードに向けた視察かも知れぬと今しがた話していた所だ」
「しかし点数配分が決定している昨今で視察など、雷門でも有るまいし……」
「ふむ、ならばファンとやらではないのか」
「ふ、ふぁん!!!!」
 兵頭がそう言えば、一文字は顔を赤くした。月島も満更でも無さそうな様子である。
「俺が確かめようではないか」
「た、頼んだぞ兵頭っ」
 兵頭は少年の元へと向かう事にした。
 それにしても、グラウンドを頻繁に覗いている者がいるだなんて兵頭は気が付かなかった。それだけ練習に集中をしていたという事だし、良いと言えば良いのかもしれないけれど。
 ようやく少年の顔がよく見える位置に来て、兵頭は目を奪われる。
 独特な瞳、整った小綺麗な顔、艶やかな紫色の髪、近くで見ると少年は洒落た雑誌から切り抜いたみたいに、いや、雑誌だなんてとんでもない。これは、芸術品だと言っても過言ではない。そのくらいに、美しかった。
 そして、兵頭はこの少年を知っている。
 少年は兵頭が確実に自分を目指して歩いている事が分かるとすぐにハッとして足早に去ろうとする。
「待て! 貴殿は、雷門のFWであろう」
 兵頭の雷門という言葉に反応を示したのか、少年は後ろ姿のまま立ち止まった。
 兵頭はグラウンドを抜けると少年の前に回り込む。
「……やはりな。そなたの活躍は、テレビでよく存じている。稲妻町から月山まで態々偵察に来たと言うのか」
「…………」
「答えろ」
「そんな高圧的な態度を取って良いのか」
「何……?」
 黙っていた南沢が口を開くと、兵頭の心臓は早鐘を打ったが、努めて平静を装いながら返事をした。
 声まで、容姿に違わないとは、なんという事だ! 許されるのか、こんなにも美しい人間が存在をしていて、許されるのか!?
 内心、兵頭はこの少年に踏まれたってよいと思った。
「まあ、楽しみにしてろよ」
 少年は挑発的に笑った。



「兵頭、どうだったのだ! やはり、ファンとやらだったのか!?」
 嬉々として訊ねる一文字に対して兵頭は夢見心地のまま珍しくはっきりとしていなかった。
「………った」
「は?」
 月島が聞こえないと抗議をすると兵頭は目を輝かせながらこう言った。
「美しかった……っ!!!!」
 頬は薔薇色に染まり、目線は明後日の方向を向いていた。兵頭の背後には色とりどりの花達が快晴の元で咲き誇っているようであった。
「なんと、男では無かったのか!?」
 兵頭は否定をする。
「紛う事なき男であった! しかし、罪深い程に美しかったのだ!!」
「解せぬ!」
 二人は兵頭が壊れてしまったと思った。
 本当に何者だったのだろうか。魔性、魔性よ、あやつは魔性の男だ、と二人の間で少年は噂される事になった。



「貴殿、毎日毎日、月山国光に来ていて学校は大丈夫なのか」
 兵頭と南沢はベンチに一人分の隙間を作り座っていた。南沢はパックに入ったカフェオレを啜っていた。兵頭はちらりとその口元を見る。ストローを咥えている仕草が妙にいやらしく見える。南沢が目だけを向けると兵頭は自然を意識しながら目線を変えた。
「お前こそ練習しなくて良いのかよ」
「反乱者の前で技を披露する訳にはいかないだろう」
「ふうん、そう。俺と話したいから、とか、言ってくれないんだあ」
「……あまり、からかうでない」
 正直に言えば、兵頭はすでに南沢に夢中だった。
 南沢はとても謎に満ち溢れていた。
 放課後になり、部活が始まると南沢はふらりとやって来た。そうしてぼんやりと練習風景を眺めている。それが少し、淋しくも、楽しんでいるようにも見えた。
 区々だが、ある程度時間が経つと南沢はグラウンド付近を離れた。
「お前、サッカー楽しい?」
「楽しい……? サッカーとは、楽しむものなのだろうか。自己を鍛える為の物ではなかろうか。楽しい、か。そう言えば、あまり考えた事はなかったかも知れんな」
 南沢の唐突な質問に兵頭は少し困った。楽しい、とはどういう事か。サッカーと楽しいが直線で結ばれるという考えが兵頭には無かった。
 フィフスセクターに従い、指示通りの成果を出す為に鍛練を積む。それが、兵頭の考えるサッカーであり、兵頭のサッカーには義務感ばかりが付き纏っていた。
「やっぱり、俺、ここに来て正解だった」
「正解?」
「サッカーを愛している奴等とするサッカーは、とても、疲れるから」
 南沢は飲みきったカフェオレをベンチの隣に設置されているゴミ箱に投げ入れると立ち上がった。
「帰るのか」
「ああ、でも、明日も明後日も、来るから」
 出席日数が酷い事になっていそうだと心配をしながらも、南沢と会えると思うと兵頭は嬉しかった。



「知っている人もいると思うが、今日から月山国光のサッカー部に加わる南沢篤志くんだ」
「雷門ではFWをしていました。宜しくお願いします」
 放課後、部室に集まると近藤監督が少年を紹介した。兵頭は勿論、一文字や月島、雷門という単語に反応した者、それぞれ違った形で驚きを示していた。
 少年改め、南沢は頭を下げて一礼をすると顔を上げ、兵頭の方を見てほくそ笑んだ。




 兵頭はぱたりと本を閉じた。
 兵頭は所々、小夜子を南沢に置き換えて読んでいたように思う。南沢は、顔がよく、頭も良く、そつなく物事をこなしてしまう出来の良い人間だった。
 何故、自分はこんなにも南沢に惹かれてしまうのか。
 年上だとか、性別だとか、知り合ってからの時間だとか、どうでも良いように思えた。南沢がいるその空間だけ、とても目映く見えるのだ。
 南沢篤志は、確かに理想の転校生であった。
 けれども、兵頭は確信している。
 例え、南沢と出会う場所が学校という限られた場所で無くとも、何年後でも、海でも、宇宙でも、彼を好きになる。







2012/02/16



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