どうなっているんだ。
俺が、いない事になっている。
でも、南沢さんはどうして……?
倉間は無我夢中で一年生の教室まで走った。教室に辿り着くと倉間は机上にある出席名簿を開いた。指で一人一人の名前を追っていく。最後まで見た所で、もう一度見落としがないか確かめる。
「いない、いない……松風がいない」
出席名簿を閉じる。
天馬が超能力者だと言う事は、疑いようのない事実になった。それよりも、自分は一生、このままなのだろうかという不安が倉間を襲った。
釈然としない気持ちのまま、そうだ、南沢はどうしただろうかと思った。恐らくは、この世界で唯一倉間を覚えている存在なのだ。
倉間はゆっくりと南沢を探す事にした。
探すと言っても、内申と結婚しているような人である。
どうせ、俺の事など、勘違いだったと片付けてサッカーの練習に励んでいるに違いない。
倉間は部室へと向かった。
部室に入ると、そこは静まり返り、部員はグラウンドの方に出ていってしまった事が分かった。
倉間は浜野の話を思い返していた。教室の席がB君とやらの物になっていたと言うのならば、ロッカーはどうなっているのだろう。
ロッカー自体、無くなっていたりして。
自虐的にそう思いながらも、倉間は一軍専用の部屋の扉の前に立った。
いつものような調子で扉を開けると、中には、人がいた。
扉が勝手に開閉したと騒がれてしまうかもしれない。確認してから部屋に入るべきだった。
けれど、相手が物音に気付く様子は無かった。
倉間は何をやってるんだ! と相手に言いたくなった。
部屋にいた人物とは、南沢だったのだ。
南沢は一人一人のロッカーを開け放ち、中を探っていた。探るよりも荒い手付きである。引っ張り出して、見て、放り投げる。そのような調子であった。
そうして、南沢は、ついに空っぽになったロッカーの前で、力が抜けたように座り込んでしまった。辺りには誰の私物か分からなくなる程にタオルやら、制服やらが散乱としていた。
「なんで、何も無いんだよ……」
気が抜けてしまったみたいな南沢はロッカーを見ながら呟いた。
「……倉間、どこだよ」
南沢の瞳から、泪がこぼれた。
南沢はすかさず制服の袖で目元をぬぐったが、泪はどうにも、止まらないようだった。
この人が泣くだなんて、俺はとんでもない事をしてしまった。俺は、透明になって、こんな南沢さんが見たかった訳じゃあない。こんな事がしたかった訳でも、ない。
倉間は南沢に駆け寄り、その身体を抱き締めようとしたのだけれど、倉間の腕はするりと透けてしまった。
「何でだよ! さっきまで、触れたのに……っ!!」
泣いている南沢を見て何も出来ないだなんて、あまりにも、酷い。
泪が南沢の頬を伝えば伝うほどに、倉間も悲しくなってきた。
「……泣かないで、泣かないで下さいよ、南沢さん」
倉間は自分の視界が霞んでいくのを感じ、堪えようとしていたが努力も虚しく、果てには南沢につられ、一緒になって泣いてしまった。
次第に、倉間は己の腕が消えている事に気付いた。倉間自身にははっきりと認識出来ていた身体が透き通ってきているのだ。
死ぬのかな、それとも、本当の意味で空気になってしまうのかな。
考えてみたが、もう、どちらでも良い事だった。
きっと、俺は松風に嫌われていたのだろう。上から馬鹿にして見下すような事を幾つも言った。願いを叶えるだなんて建前で、俺を苦しめたかっただけなのだろう。だから、わざと南沢さんにだけは俺の記憶を残したんだ。俺をより、惨めな気持ちにさせる為に。
せめて、今は南沢さんの傍にいよう。ズボン、下ろした事、許してくれるといいなあ。とりあえず、南沢さんが俺のために泣いてくれたから、今日で人生が終わったとしても、それならそれで、良いかもしれない。
倉間は南沢の隣に腰を下ろした。
――――でも、叶うのならば、このまま、時間が止まってしまえば良いのに――――
倉間がそう思ったとき、部屋の扉が勢いよく開いた。それには南沢も驚いたようで、扉の方を振り向いた。
扉を抉じ開けたのは、松風天馬であった。
天馬は目元の濡れた南沢と、消えてしまいそうな倉間を無感動に見つめていた。
そうして、もう一度、腕を高く上げると、パチンと小気味の好い音を鳴らした。
2012/02/08