ぬるいけれどR18
社会人で、中学生時代を振り替える。













 何故だか幼い頃から、電車に乗ればどこへだってゆけるのだと思っている節があった。
 所詮、それはどこまでも日本国内である訳だけれど、電車に乗ると、銀河にも、未来にも、果てには誰かの心の中にだって辿り着く事が出来るような気がしたのだ。
 ガタン、ゴトンと心地の良い速度で電車は拓人を運んでくれた。人気の少ない電車の、なんと美しいことか。窓から見える夕陽、それに照らされた田んぼを見て、拓人はとんだ田舎まで来てしまった事を自覚した。



 拓人の身体は本人の意見も聞かずに大人へとなってしまった。アルコールを喉に通すときのときめきも、肌の露出が大きな雑誌のページを捲るときの高揚感も、いつの間にか年齢が奪ってしまったのである。
 そう、気付けば拓人は社会人になってしまったのだ。ピアノもサッカーも、すっかり触れる時間(正確には、休日に趣味へと没頭する気力)が消えてしまった。
 そんな中で、拓人は電車に乗りたくなったのだ。どこか遠くへ行きたかった。電車に揺られるままに、行ける所まで行きたかった。
 ただ、この乗り物は決まったレールしか走ってくれないのだなあと少しばかりがっかりしたのも事実であった。
 例えば、電車がふわりと浮かんで、宇宙を駆けるだとか、海を潜るだとか、あの人の思考の波を流れるだとか、電車を見ていると、それらが可能のように思えるのに、どうしてこの電車は真っ直ぐにしか進んでくれないのだろう。
 電車は拓人の期待を裏切って、ひたすらに現実味のある景色を流していく。
 拓人は目を瞑り、あの日の事を考えた。
 いつだって拓人は知りたいと思っていた。これが恋か、探求心かは決めかねていたのだけれど。
 こんな昔話がある。
 拓人がまだいくらか背の低かった、中学生の頃の事だ。
 今にしてみば、別段気にするような事では無かったのだけれど、拓人は当時、性経験というものがまるで無かった。
 中学生にもなると、周囲では男女交際の噂が水面下を駆け巡るようになり、拓人も妙に浮わついた気持ちでいたような気がする。
 拓人はモテない訳ではなかったがイマイチ踏み切る事が出来なかったのだ。
 拓人の中で性交渉のイメージとは、コンドームが破け、精を放出してしまい、望まない妊娠をするというものだった。
 気持ちが良いとは聞くけれど、あまりにも代償が高すぎる。
 拓人は空想で適当な女の子を見繕ってみた。性器を挿入してみる。やはりコンドームが破ける。数ヵ月後、女の子が「あなたの子よ」と言って膨れたお腹を優しくさする。
 ああ、想像するだけでもおぞましい。こんな歳で、父親になどなる勇気がない。けれど、セックスを知ってみたい。
 拓人は一つ年上の南沢にその事を話した。
 拓人にとって南沢とは、その手の話題に深く精通しているように見えたので、性に対する恐怖を相談してみようと思ったのだ。
 南沢は腕を組んで、考えるような素振りを見せた後、こう言った。
「童貞、貰ってやろうか?」
 一瞬、拓人は己の耳を疑った。
「それって、」
「アナルセックスで良ければ、だけど」
 このときの拓人は、南沢の甘い誘惑を振るだなんて、とてもじゃないが、出来なかった。



 拓人と南沢はあまり利用されない割には手入れの行き届いているサッカー部のトイレの個室に潜り込んだ。
「本当にここでいい?」
「家だと、親とか御手伝いさんにバレてしまうかもしれないし……」
「神童が良いなら、良いんだけど、じゃあ座って」
 南沢は学ランの釦を外しながら拓人に便座へと座るように促した。指示通りに腰を下ろせば、今度はスラックスのファスナーを下げるように言われる。
「勃たせとけ。好みの女でも、なんでも、思い浮かべて、その間に準備するから」
 そうして南沢は恥じらいもなく下着ごとスラックスを脱ぎ始めた。露になる白い脚に拓人はどきりとした。着替えでいくらでも見ているはずの南沢の肢体がとてつもなく刺激的に見える。
 南沢は脱いだスラックスのポケットからチューブ型のハンドクリームを取り出した。
「ローションとか、今日持ち合わせてないから我慢しろよ」
「はい」
「目、瞑ってて」
 拓人は言われるままに目を閉じる。南沢がハンドクリームのキャップを外す音が聞こえた。南沢の息遣いが分かる。左肩に南沢の右手が載せられる。掛かってくる重みで南沢が拓人を支えに使っている事が分かった。
「ん、」
 南沢の漏らした声に心臓が跳ねそうだった。次第に粘着質なぐちぐちとした音が拓人の耳を支配するようになった。
「……ふっ、はあ…」
 拓人はぐっと身体が熱くなるのを感じる。音だけで南沢が何をしているのか分かってしまうのだ。拓人は脳裏に南沢が自らの指で秘所を拡げている様子を描いた。南沢の指が音と共に、浅いところを拓いたり、深いところをさぐったりする。
「あ、たった……」
 拓人は南沢の一言で目を開けてしまった。慌てて自分の下肢を見れば、そこはすっかりと反応を示していた。
 正面では南沢が実に嬉しそうな笑みを浮かべている。その表情に拓人は頬が火照ってしまう。
「もしかして、俺で勃った?」
「す、すみません!」
「謝る事じゃないだろ。それより、ゴム、使う?」
「え、男同士でも、いるんですか?」
「要るっていうか……まあいっか」
 南沢は拓人の太股に股がると、拓人のペニスを肛門に宛がった。拓人はひたりと自身の先に当たるものを感じ身構える。
「挿れるぞ」
 南沢はそう言うとゆっくりと拓人を迎え入れた。意外にも、ハンドクリームのお陰だろうか。拓人はすんなりと南沢の中に入る事が出来た。
「あったかい……」
 拓人にとって性器が何かに包まれるという事は初めての体験だった。ぎゅうぎゅうと狭い場所に性器を押し込めるのがこんなに気持ち良いとは思わなかった。
 南沢は拓人の反応に満足そうな顔をすると、両腕で拓人の頭を抱え込んだ。拓人も南沢の腰に腕を回す。
 南沢が拓人の上で動き始める。
「あっ、あ、」
「……っ」
 南沢は一定のリズムで動き、拓人もそれに導かれるように快楽を追った。
 次第に物足りなさを感じてきた拓人は南沢の腰を掴んで強く打ち付けた。
「ああっ! しんど、う、やめ、はっ、あ」
「南沢さん、かわいい……っ」
 普段の冷めた態度からはかけ離れた南沢の姿に拓人は煽られていた。
「……南沢さんっ」
「なに、んっ」
「キス、しても、いいですか?」
 拓人がキスをねだると、南沢の方から唇を塞ぐようなキスをくれた。当然の事ながら、これは拓人のファーストキスであった。拓人は舌の絡め方を知らなかったので南沢にされるがままにされていた。
 湿った舌の感触だとか、唇の隙間から漏れていく息だとか、拓人にとって全てが新鮮だった。



 拓人はそのまま南沢の中で達してしまった。男同士とはいえ、拓人は許可もなく中出しをしてしまった事を謝った記憶がある。
「セックス、どうだった?」
「なんというか……呆気なかった、です」
「そんなものだろうな」
 それから何度か南沢とはそういう事をしたが、だからと言って恋人同士になる事も、サッカー部の先輩と後輩という方程式が崩れてしまう事も無かった。
 結局、恋かどうかも分からずじまいだった訳だけれど、あのとき、拓人は確かに南沢という人間に惹かれていたのは揺るぎない事実だった。




「お客様」
 誰かに肩を揺すられる感覚で拓人は目が覚めた。いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。
「終点ですよ」
「すみません」
 謝罪をして拓人が顔を上げるとそこには見知った顔があった。
「久しぶり、神童」
「み、なみさわさん……!?」
 拓人は思わず声を荒げてしまった。
 そこには先程まで拓人の心を占めていた、南沢の姿があった。勿論、とうに成人を迎えている彼は、もう大人びた子供ではない。大人そのものだ。
「どうして……」
「仕事の関係でたまたま乗ってたんだ。神童が寝てるの見て、本当にびっくりした」
 南沢は言いながら笑う。
 その笑顔が、あまりにも綺麗に中学生の頃の彼と重なったものだから、拓人は衝動に任せて口走る。
「昔のこと、覚えてますか?」
 突拍子もない発言だ。何を指しているかも汲み取って貰えないかもしれない。
 それでも、南沢は少し驚いた顔をした後、すぐに口角を上げる。
「覚えてるよ、全部、ちゃんとな」
 その答えに拓人は身体の底から、仄暗い期待が色めき立つのを感じた。
「どうして、あのとき、俺と、してくれたんですか」
 南沢はその質問に、目を細めると、より一層、拓人への距離を詰めて、囁くように言う。
「……知りたい?」
 窓から射す月明かりに濡れた南沢はとても蠱惑的だった。拓人は息を呑む。
 この瞬間、電車は拓人と南沢の二人きりを乗せていた。やはり、この乗り物はとんだ優れものである。

 拓人の望み通り、電車は、静かに脱線を迎える。









2012/02/04



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