R15
あまりいい話ではありません。










 野生動物に餌を与えてはいけません。
 ホームレスにご飯をあげてはいけません。
 この二つは、なんだか似ていた。



「神童、猫を拾ったんだ。一緒に飼わないか」
「拾った?」
「拾った。部室に捨ててあった」
 それはまた、酷いことをするものだ。
 けれども皆の顔を思い浮かべたとき、その考えは払拭された。恐らくは部員の誰かが道端で拾ったは良いが、育てる環境がなく、仕方無しに安全な部室に置いていったのかもしれない。そうだ。きっとそうだ。
「それで、その猫は?」
「一応、俺の家の押し入れで飼ってるぜ。一緒にって言っても、たまに遊び相手になって欲しいだけなんだ。多分、喜ぶから」
 霧野は猫を押し入れに閉じ込めているのだろうか。親に隠して育てているのであれば、窮屈すぎる空間は猫にとって良くないだろう。
「霧野、押し入れは可哀想だ。幸い、うちには猫がいるから遊び道具だとか餌の心配はいらないし、俺が預かろうか? 親御さんに許可、貰ってないんだろう」
 すると霧野は慌てて否定をした。
「親に隠している訳じゃあないんだ。ただ、まだ家に慣れていないせいか暴れるから……そもそも親は仕事であんまり帰ってこないから猫一匹気に止めないし」
「ならいいんだけれど……」
 暴れるとは一体。
 壁を引っ掻いたり、床を傷付けたり、勢いで高い所にある物を落として壊してしまうだとか?
 もしかすると、人に牙を剥くのだろうか。
「捨てられて人間不信になっているのかな」
「そうかもな」
「どんな猫か気になるな。仔猫、それとももう歳はいってるのか?」
 猫の容姿を訊ねれば、霧野は少し考え込む素振りを見せてから答えてくれた。
「仔猫みたいだけれど、仔猫とは言えないかもな。目は、暗闇で光るみたいな色。毛並みも珍しい色をしているよ」
「へえ」
「くるくる変わる表情が本当に楽しい。生意気だけどかわいいんだ。神童も会ってみれば分かるよ」
「それは楽しみだな」
「ほら、もうすぐ俺の家だ」




 俺は霧野の後に続いてアパートの茶色く錆びた安っぽい階段を上がっていた。
 汚れたら嫌だったのでなるべく手摺には鞄すら触れないように気を使っていた。上りきると、今度は罅割れたコンクリートを歩かなくてはならない。このアパートに脚を踏み入れると、庶民的、という単語が無意識に頭を過った。
 そうして途中で立ち止まると霧野は鞄から鍵を取り出して鍵穴に差し入れる。ガチガチと固そうな音を立てて解錠されていく。
「さあ、どうぞ」
 霧野が扉を開いて俺を招き入れる。
「お邪魔します」
 狭い玄関で靴を脱ぐと、踵を揃えて端に寄せた。相変わらず、この一室は霧野の華やかさに似合わずえらく質素な香りがする。
「あ、神童、飲み物飲むか?」
 言いながら霧野が水道水を捻りに行こうとしたので、すかさず拒否をする。ここの水は、昔から沸かしても、紅茶にしても飲みたくはなかった。
「それじゃあ、猫、見せてやるよ」
 奥にある霧野の部屋に入ると霧野は楽しそうに押し入れの前に立った。
 猫は、可愛いものだし、霧野も初めて飼った猫が嬉しくて堪らないのだろうなと思った。何だかこちらまで微笑ましくなってくる。
「ただいま! 狩屋!」
「え?」
 スターンと勢い良く押し入れの扉は開かれた。俺はうっかり、疑問の声をあげてしまった。どうしてその後輩の名前を今言うのだろうか。狩屋は、二日程前から熱を出して休んでいる筈なのだ。筈なのだけれど。
 俺は押し入れを見た。中にいる猫と、目が合った。
「っ!? ん、ンン! むう!」
 俺を認識すると助けを求めるかのように猫は変な鳴き声で叫び出す。それはそうだ。口をがっちりとガムテープで塞がれてしまえば、上手に叫べる訳がない。
 俺は、ざあっと血液が抜けていってしまったかのように身体が冷たくなるのを感じた。
「な? だから言っただろう。こいつ、すぐ暴れるんだ。でもこれからは俺がきちんと躾るよ」
「ね、こ?」
「当たり前だろう。猫だよ」
 当然だと言い切る霧野は涙で顔がぐちゃぐちゃの猫、否、これが猫な訳が有るものか。狩屋の、髪を優しく梳いてやった。
「狩屋、駄目だろう。良い子にしてなきゃ、今日はどのくらいイッちゃった? ああ、漏らしてるじゃあないか。トイレは決まった所でしろって教えたのに……」
 押し入れの半分は戸のおかけで見ずに済んだけれど霧野が粘着質な音と共に引き摺り出した、とんでもないオモチャを見て狩屋がどういう状態だったのか嫌でも分かってしまった。
 霧野は更に押し入れの奥から箱を取り出すと俺の前にそれを置いた。
「色々あるんだ。パール型とか、こっちはイボがたくさん付いててブツブツしてる。これとかも……」
 色とりどりに提示されていく大人のオモチャから目を背けたいのにまるで動けない。その内の一つを霧野は俺に握らせた。
「それで遊んでやってよ。狩屋、悦ぶから」
 霧野の笑顔の後ろで狩屋がひどく怯えた顔をしていた。
 非常に面倒な事になってしまった。泣きたいし、この場から逃げ出したい。そしてそれが正解かもしれない。
 この押し入れの中で、狩屋は猫と同列、それ以下の愛玩動物として扱われていた。
 送り狼、豚に真珠、よくは分からないけれど、人が動物として例えられた言葉が頭の中で洪水みたいにわっと溢れた。排水溝はそれらを飲み込めずに壊れそうだ。
 獣と人間の境目を、取っ払ってしまっている現実に、俺は、気が遠くなりそうだった。






2012/01/26



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