メールはもう止まる事を忘れてしまったみたいだった。一時は着信拒否をしていた者も南沢の姿を見て終わりの見えないリレーを再開させた。
 そう、南沢の姿を見て、だ。
 南沢はここ最近、ずうっとベンチに座っていた。正確には、座らざるを得なかった。神童がキャプテンだからという名目でよく南沢の世話を焼くようになった。その姿を倉間が哀れむような目で見ている。
 指に始まり、通り魔による腕の切り傷、またも車による脚の打撲、もしかすると、服で見えない箇所にも痣やらが有るかも知れない。
 南沢は日に日に怪我を殖やしていた。
 それらすべて、犯人は見付からない。
 部活が終わり、いつものようにサロンで溜まっているときだった。どこかよそよそしい空気を裂いて、倉間が堰を切ったように怒鳴った。
「最初にメールを回したのは誰だ! 南沢さんがこうなったのはお前らのせいだ!!」
 辺りが静まり返る。皆、探るように、押し付け合うように目配せをする。見兼ねた浜野が窘めるように沈黙を破った。
「ちゅーか……倉間も回してたじゃん」
「それはっ!」
「それに最初にメールを回したのが誰とか、もう分かりませんって……倉間くんだって犯人の候補なんですよ? サブアドレスを知らない人なんていないじゃあないですか。それを使えば、誰だってチェーンメールの発祥になれるんですから」
 追い立てるように言った速水に倉間も黙ってしまう。正論なのだ。サブアドレスを使えば、誰かに見破られる事もなくメールを送れてしまう。パーソナルコンピュータもある。遠い学校の友人の携帯を使うという方法もある。なんだって、有りと言えば、有りなのだ。
 最初に愉しそうにチェーンメールの事を話していた車田や天城が怪しい。実は怯えていた速水ではないか。気楽そうな浜野かもしれない。いいや、最初にメールを推奨した神童なのでは……? 等々。
 疑い出したら切りが無かった。無理矢理に言いくるめてしまえば誰もが犯人になり得るのだ。
 争いを遮るように霧野が提案した。
「音無先生や久遠監督に言うべきじゃあないか」
「それが一番だろうな。皆が諍いを興す姿は見ていて心苦しい」
 三国も同意をすると、口々に、そうだ、何故今までそうしなかったのだろうと言う声まで聞こえてきた。
 けれどもそれを否定するように誰かが言ったのだ。
「でも、そんな事したら、チェーンメール回し続けてた事、皆、怒られて……」
「内申書、響くよな」
 内申と言う単語に反応を見せない者はいなかった。嫌な空気で澱んでいく。
 そこで、皆の様子を黙って見ていた南沢が口を開いた。
「もう、いいよ。俺しか被害は受けていないしな。……本当にフィフスセクターが関わっているかもしれないし、お前らはそのままメールを回せばいい。結局のところ、誰も本心からメールを辞める気はないだろう」
 そう言って元より扉付近に立っていた南沢は部室を出ていってしまった。
 慌てたように南沢の後を神童が追いかけてくる。
 広い広い部室を出て校舎と繋がる道に出た時だった。
「待って下さい!」
 神童は南沢の怪我をしていない右手を掴んだ。南沢は構わず進もうとしたがそれを阻止するように神童は背後から南沢の事を抱き込んだ。
「っ!? 神童?」
 突然の事に南沢は身を強張らせた。神童は必死に固くなった南沢を抱く腕に力を込める。
「南沢さん、俺が守りますから!」
「守るって……」
 普段の南沢ならば鳥肌の立つような言葉だった。
「出来る限り、傍にいます、俺、南沢さんの事、好き、なんです」
 最後の方は、なんだか声が小さくなっていたが、南沢にはそれが可愛く思えた。
 南沢自身、メールを無視した事によって殺されるとは思っていなかったが、認めたくなくともサッカーの出来ない身体になってしまったらどうしようという不安が有った。
 けれども今更になってメールを送るというのはチェーンメールに負けてしまう気がして出来ない事だった。
 神童の頼りない告白は、磨り減った南沢を酷く安心させたのだった。






 こんなにも都合のよい事があるのだろうか。
 南沢と神童が共に過ごすようになり、次第に事態は収まっていってしまったのだ。南沢が事故などに遭遇する事はぱたりと消えてしまった。
 南沢の怪我が目立たなくなるにつれチェーンメールは話題にすらならなくなってしまった。誰かが持ち出したところで、南沢さん可哀想だったなあ、偶然だったね、くらいである。南沢は内心、あれだけ騒ぎ立てておいてと溜め息をついた。
「でも、チェーンメール。あれのお陰で神童と付き合うようになったし、悪い事ばかりじゃなかったのかもな」
 帰り道、二人並んで商店街を歩いていたときに南沢がそう言ってやると神童は花が咲いたかのように満面の笑みで笑った。
「そうですね、本当に」
「やたらと嬉しそうだな」
「当たり前です」
 まさか、ここまで上手くいくとは思いませんでしたから、という続きは喉の奥にしまい込んだ。
 神童は鞄の中に潜む携帯を思い描いた。
 綺麗に手入れされた、愛用の携帯だ。待受は紫の髪色で、特徴的な目をしたサッカー部の先輩の盗撮写真にしている。その中には、彼から届き丁寧に保護指定されたメールが入っていて、更に奥、もっと奥、適当なサイトで取得したメールアカウントのフォルダを探ると、粗だらけのチェーンメールがある。

 執事に頼んで南沢を轢かせる手配をしたのも、お金の無さそうな汚ならしい男に清潔な果物ナイフと札束を握らせたのも、メールを一番最初に送ったのも…………


 チェーンメールというものをご存知だろうか?
 それは何処からともなくやってくるのだが、必ず発信源が存在するのである。




 斯くして、神童拓人の計画は成功した。






2012/01/12



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