終章:盛夏の忘れ物/和泉守兼定

「おいおい、本当にこっちなのか…?」


呆れ気味にそう問えば、自分の一歩先を行く主は『多分ね、』なぞと曖昧な答えを返す。

やれやれ。
こっちだって休日返上で主殿の狂言に付き合ってやってるんだから、少しは労って欲しいもんだ。


昼過ぎに本丸を出て、休憩も無しに歩き続ける事じつに二時間以上。

この間の戦闘以来、こんのすけから借りっぱなしだった懐中時計を見て、今しがた二時間と少し経ったのを確認し、意図せず溜息が出る。


『ここ数日、夢枕に向日葵の花が出て来て“私も他の向日葵のように一つ残らず種を取って、残った体は燃して欲しい、”と涙ながらに訴えるので、夢に出て来た向日葵を探し出して望みを叶えてやろうと思う。』

…今日唐突に出た主の狂言の概要は、こんな風であった。


何とも突拍子の無い話ではあったし、実際古株の刀剣男士以外は『主は仕事のしすぎでおかしくなったのでは無かろうか、』と彼女を心配したり『そんな事があるものか、』と笑ったりしていた。

俺だって正直、酷い狂言だ何だと笑い飛ばしてしまいたいくらいだが、そうはいかない。


最古参の加州や今剣に言わせれば、一見狂言のように思われる主のそれは、彼女が天から賜った才の一つであり。

彼女が『やる、』と言い出せば、それがどんな事であれ、誰にも止める権利は無いのだという。


事実、どんな失せ物であっても、彼女に聞けば何処にあるのかがたちどころに分かってしまったり、妙な事が起こった際は、彼女に任せて傍に控えていれば万事解決してしまったりと、まあ。

妙な言動を抜きにすれば、有事には非常に頼りになる主であり、古参からすれば、まさしく拝みたくなるような存在であるらしい。


ただ、そんな彼女に付き合わされるのは専ら自分であるから、有り難みもクソも無い、というのが本音であったが。

ぶらぶら歩いているうち、山伏や、その外の物好きな連中しか踏み入らないような狭い獣道へと差し掛かり、思わず眉を顰める。


…いくら彼女とて、通った事などないのでは。

止めることは叶わないので、心の中でぼやいていると、今度はその道すら外れ、彼女は何の躊躇も無く近くの藪へと突っ込んでいくからたまげた。


自らの手が傷つく事にも構わず、豪快に枝葉を掻き分けて進んでいく背中には、勇ましさすら感じられた。

しかし、彼女に対して。
自分としては『そんなところ行くのかよ、』と思わずにはいられなかったが、ここまで着いてきたからには主を置いていく事も出来ない。


仕方なく後を追うと、少し開けた場所に出て。

彼女は、体中に葉の破片をくっつけたまま、その場に立ち尽くしていた。


やっと横に並び、安心したのも束の間。

視線の先には、茶色く枯れ、カラカラになって下を向いてはいるものの、未だ種を抱いたまま経っている小さな向日葵があった。


「あれか…?」


まさか本当にあるとは思わなかったが。

後ろの言葉は呑み込んでそう問えば、彼女は笑顔で頷く。


「そう、あれが私を呼んでいた向日葵だよ。」


思ったより、背は低いけどね。

言うが早いか、彼女は服のポケットからビニール袋を取り出し、向日葵の種を取りにかかる。


「しっかし、こんなへんぴな所に向日葵とはな、」


絶妙に雑な作業を眺めながら正直な感想を口にすると、意外にも彼女は『そうだね、』と返事をする。


「夏場に、本丸の裏全部使って向日葵畑作ったじゃない?」


あそこから零れた種が風とか動物に運ばれてこんな遠くに来ちゃったんだって。

まるで、自分が体験したかのように告げる彼女に、首を傾げる。


「そういやあんた、ここまで来るに地図も何にも見てなかったみてーだが、どうやってここが分かったんだ?」


「……………そんなの、決まってるじゃん。」


本丸からここまで、この向日葵が案内してくれてたじゃない。

そこを右、とか。左、とかさ。


さも当然であるかのような説明に、何一つとして納得出来る事はなかったが、彼女がそう言うなら、本当にそうなんだろう。

自分では到底理解できそうもない領域に、また溜息が出る。


彼女が向日葵の種を全て取り終え、ライターを取り出してカラカラに枯れたその茎や葉に火を移せば、すぐに火柱が上がり、凄い勢いで燃え広がっていく。

空気が乾燥していたせいか、焚き火と同じくらいには激しい燃えっぷりだったが、思ったよりもすぐに燃え尽きてしまった。


「さて…これでよし、と。」


鎮火するまでもなかったし、本丸に帰ろっか。

促されるまま、元来た道を歩き始めて数分もしないうち、主は立ち止まってこちらを見上げる。


「…和泉守、袋持ってたりしない?」


「…ねえよ、大体、種ならその中に入ってるだろうが。何で他に袋なんかいるんだよ。」


今度は何だと言うのだ。

そう言いたげに軽く彼女を睨めば、特に気にした風でもなく。


彼女は平然と答える。


「いや、あのさ…何か、向日葵が『粗品ですが受け取って下さい、』って。帰り道に、栗やら柿やら茸やら、色々置いてくれたらしいんだけど。」


持ちきれるかな…。

一人言のようなそれを耳にし、絶句した。


そう。
これだから、おつきは御免なのだ。


───それから。

結局、和泉守は凄い量の栗や柿、茸を持つ羽目となり、本丸に帰ってからも持ちきれなかった分を回収しに何度も道を往復する事となったのだ。


その日、本丸では、向日葵がくれた礼の品をふんだんに使った大宴会が開かれたが、和泉守はいくつか料理を摘まむが早いか、日中の疲れのために一人部屋に籠もってひたすら寝て過ごしたという。


『盛夏の忘れ物』end.


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