中編 | ナノ

  03 山姥切とお風呂





とりあえず、いつまでもこうしちゃ居られない。

少しでも事態が好転するように…と、石切丸と薬研に来てもらい、こうなってしまった経緯を簡単に説明して、山姥切の体に何か異常がないか調べてもらう所に漕ぎ着けたまではいいが。


問題は、上に連絡をするにしても、どう説明すれば分かって貰えるか、という点である。

山姥切が小さくなってしまったという事実を他の刀剣男士に説明する分には『彼が昼寝をしている最中に、原因は分からないが何かが起こってこうなってしまった。』と言えば十分なのだろうが、前線には滅多に出て来ないお偉いさんには、どう説明すれば良いんだろうか?


原因は分かりませんが、私が見ていないうちに何かが起こったのかも知れません、なんて。

よく考えてみたら、こんなSFチックな話を誰が信じるというのだろう。


しかも、こんな時に限ってこんのすけは留守らしく、いくら名前を呼んでも、油揚げをわざとらしくチラつかせてみても、一向に姿を見せない。

そのために、間接的に連絡を取ってもらうことも出来なければ、具体的な助言すら聞けやしないのだから困ったものだ。


使えない、等とは決して言わないが、何処かに出掛けているなら早く帰ってきて欲しいと思う。

自分が必死にこんのすけを探す一連の過程を見ていたらしい堀川には『僕から話しましょうか?』という有難い申し出もあったが、こういった事柄の処理くらいは主としてせねばならない、という変な使命感が邪魔をして、先程丁寧に断りを入れてしまったばかりであった。



それにしても…いざ、こうして一人で電話をするとなると、存外心細いものである。

こんな事なら、堀川には『何も言わなくていいから、隣に付いていて欲しい』と頼めば良かったかもしれない。


脳内でネガティブすぎる展開を予想しながら、彼女は溜息を着く。

説明をした後、電話口で笑われようが怒られようが、実際にあった事なんだから、結局のところ“信じて下さい”と言うしかないのだ−−−。


一先ず携帯端末を操作して『コールセンター』と表示してある電話番号を呼び出し、一呼吸置いてから、発信ボタンを押してスマートフォンを耳に当てる。

プルルル…という、お馴染みの音が耳に届いた後、いきなり、ブツリと切れてしまった。


いつもはこんな事無いのに、珍しいな。

一応、もう少し間を開けて再度電話をかけてみてもなかなか繋がらない。


通話ボタンを連打し続け、数分後。
ザー…という鈍い音の後に、テレビのアナウンサー顔負けの明るい声と共に、明瞭な発音がいきなり耳に届く。


「…こんばんは。こちらはコールセンターで御座います。本日はどうなさいましたか?」


「あ…こ、こんばんは。こちら、山城国の審神者ですけれども…。」


困った事になりまして。

前置きもそこそこに、山姥切の身の上に起こった事を分かる範囲で説明すると、少々の沈黙の後、意外な質問が返ってきた。


「左様でしたか…、他に小さくなった刀剣男士はいらっしゃいませんか?」


「はい…。そういえば、こんのすけは今何処に?先程から、呼んでも姿を見せないのですが。」


彼は休暇中ですか?

冗談交じりに問いかけたはいいが、それに対して返されたのは、少々固めの声である。


「−−−実を言いますと、他本丸内でも、刀剣男士が小さくなる、という現象が次々に起こっておりまして。」


濁すような言い方がどうにも気になってしまい、何がどうなっているのかを問うと、すぐ手元にマニュアルでも置いてあるのか、やけに簡潔に纏まった説明が寄越される。


それによれば、刀剣男士が小さくなってしまった原因は不明で、どうしたら元に戻るのか検討も付かないため、今現在、政府の所有する大ホールで、臨時の会議が行われているらしい。

こんのすけも、この一連の騒動の原因解明のために関係のありそうな資料や記録を手当たり次第洗っているので、そちらに顔を出せないのだろうという事であった。


…それにしても、簡単に『資料を洗い出す』と言っても、こんのすけの場合、どうやっているのだろう?

そもそもこんのすけは四足歩行であり、あの小さな体では、薄い本のページを捲る事すら難儀しそうなものだが。


よく耳をそばだてて聞いてみると、今自分の対応にあたってくれている女性の声に混じって、背後の方から、人がぱたぱたと動き回るような音や、けたたましく鳴り響く電話の着信音が幾つも聞こえていた。

どうやら、あちらも大分混乱しているらしい。


「あの…私はこれからどうすれば良いでしょうか?」


一番聞きたかった事を言葉として伝えると『とりあえず様子を見ていて欲しい』という指示の後、繋がった時と同様。

ブツッという無愛想な音と共に、突然、通話は終了してしまった。


呆気に取られてスマートフォンを耳から離し、画面を見てみると、10分きっかりで通話が終了している。

強制的に切られているところを考慮すると、時間制限か何かが設けられていたのか…と勘繰ってしまう。


「『様子を見ろ』って言ったって………。」


万が一手に負えないような状態になったりしたら、如何しろと言うのだろうか。

大変なのは分かるが、大雑把な所だけ先に言って、細かい所はその時になってから、というのは、些か雑すぎる。


それでいて、何か大事になった際には全て審神者に責任があるとされ、本丸ごと解体、なんて事になるのでは………?

どんどん膨らんでいく被害妄想を叩き潰したいような気分で、もう一度こんのすけを呼んでみたが、ぬいぐるみのようなあの小さなシルエットは、やっぱりどこからも出て来る事はなかった。


お盆休みに帰宅できない上に、雑に扱われるって何なんですか。
どこまでブラックなんですか。

世の中の大半はブラックであり、ホワイト企業なんて数えるほどしか無い事を分かっている年齢ではあるけれど、文句の一つや二つ言ってやりたい今の気分を受け止めて貰いたい。


きっと、自分以外の審神者だって、言葉に出さないだけで、不満はかなりあるはずなのだ。

最近では、審神者の一斉ストライキが政府の悩みの種となりつつあるのだから、そろそろこちらの労働条件の改善やら、家庭のある審神者の働き方の選択等を検討して欲しい。

…とは言っても、デモやら審神者の待遇改善集会に参加したところで、政府が何か大きく動くとも思えないので、結局どれにも参加せずに終わっているのだが。



体の内側から、どっと疲れが染み出してくるような感覚に襲われ、彼女は先日取り替えたばかりの畳の上に身を横たえる。

その途端、いぐさの匂いがふわりと香って、張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んだ。


ああ、落ち着く。

もう疲れたし、このまま寝ても良いような…。


そこまで考えたところで、彼女は体を強張らせる。

普段は厨に居るはずの燭台切や歌仙の声が、すぐ近くで聞こえたような気がしたのだ。


化粧も落としていないし、普段着のままで。
極めつけには、布団も敷かずに畳の上でごろ寝、という今の姿を見られてしまえば、間違いなく彼等に説教をされてしまうのは想像するまでもない。

最近は注意される回数が減っているものの、初期の頃にあの二人に貰った『君は自分が女性であるという自覚が足りない、』『流石に、そこで寝るのはどうかと思うよ?』という言葉を今でも鮮明に思い起こす事が出来るあたり、余程心に刺さる叱られ方だったとしか言いようがないだろう。


また同じように叱られては、今度こそ立ち直れる気がしない。

彼女はすぐさま体を起こし、お端折りを引っ張って、着崩れを直す。
続いて、ほんの少し乱れた髪を指で梳いて直しながら、そっと聞き耳を立てた。


とりあえず、燭台切と歌仙の声はしない。

その代わりに聞こえるのは、薬研の叫び声と、ドタバタ走り回る音である。


短刀の中でも大人びた雰囲気を纏う薬研が、こんな時間に本丸内を何の理由もなく走り回る…とは考えがたい。

しかも、足音が、だんだんこちらに向かってきているのも気掛かりだ。


試しに障子を開けてみると、床が力一杯蹴られて軋む音がより強く聞こえてくる。

立ち上がり、恐々廊下に出てみると、曲がり角から物凄い早さで山姥切が飛び出してきて、こちらへ向かってくるのが見えた。
続いて、それを追い掛けるようにして薬研が飛び出し、彼女の姿を認識すると同時に、鋭く『大将、そいつを捕まえてくれ!』と叫ぶ。


「えぇっ………!?そりゃあ、いくらなんでも酷じゃない!?」


私は変わってるけど、流石に物凄い速度で突っ込んでくる人を受け止めた事なんて一度もないわよ?

しかしながら、後ろの方の言葉を薬研に放り投げるより、山姥切が自分の所に着く方が早かった。


案の定、山姥切はスピードを緩める事をせず走ってきたものの。
上手い具合に進路を逸らし、彼女の背後に回り込んで薬研から逃げ仰せたような形に収まったが、そう来るとは思わなかった薬研が、勢いを殺しきれずにそのまま正面から突っ込んできたのである。

足を駆使して止まろうとしてくれた薬研の努力は認めるが、身長が数センチしか違わない彼に突っ込んでこられたのでは、流石に受け止めきれない。


今からではどうやっても、後ろに倒れるのは回避できないだろう。

無情にも反転していく視界の中『ごめん、山姥切…。』と呟いたくらいにして、痛みに備え、ぎゅっと目を瞑った。


しかし、予想に反し、彼女の背は後ろの山姥切を押し潰す事もなく、後頭部が床に打ちつけられるような衝撃も無い。

代わりに、彼女の頭がゴツンとぶつかったのは、厚くて硬く、微妙に暖かいような…。
はっとして、自分が勢い良く当たってしまったそれを手で探り、やっと掴んだ布をギリギリまで引っ張って見てみると、鮮やかな柿色である。


「…………山伏、」


脳裏に浮かんだ名を呼んですぐ『いかにも。息災であったか?主殿。』という言い回しが耳に届く。

そういえば、先程、鳩を飛ばして、山に居るであろう山伏を呼び戻したのを忘れていた。


何がどうなったかはさておき、丁度良いタイミングでここに居合わせてくれたのはありがたい。

そう思ったのもつかの間。


『悪いな、大将…。』と気恥ずかしげに告げて、そそくさと離れた薬研とは対照的に、背後でバタバタと動く山姥切に気が付き、山伏と自分に挟まれて苦しそうにしている彼を何とか助け出す。

大分苦しかったのか、赤い顔をして涙目になった山姥切と目線を合わせ、ごめんね、痛かった?と問えば、何度か頷いてしがみついて来るものだから、申し訳なさでいっぱいになった。


「まるで母親と子どもだな。」


ポロリと薬研が零した言葉は、自分と山姥切の様子を的確に示していて、何とも言えない複雑な気分になる。


−−−山姥切が、もし、元に戻れなかったら。

不吉な考えが脳裏を過ぎり、泣きそうになるが、唇を噛んでぐっと堪える。


今はそんな事を心配している場合ではない。
もっと、やるべき事があるんだから…。

自分にそう言い聞かせ、山姥切に向かって、どうにか作った笑顔を向けた。


「どうしたの、山姥切君。」


私に会いに来てくれたの?

改めて問いかければ、彼は青い瞳でチラと薬研を見やり、小さく何かを呟く。


「ぉ、ろ…こ……い。」


「………ごめん、もう一回言ってくれる?」


彼の方にもう少し近寄って、耳を傾ける仕草を見せると、山姥切は、着ていた服の端を小さな手でぎゅうっと握り、先程よりもはっきりと言葉を発する。


「お風呂、怖い………。」


「うん…、お風呂?」


少ない情報から、これはどういう事かと考えていると、すかさず薬研からフォローが入った。


「大将、実はな。さっき、山姥切の旦那の検査が全部済んだんで風呂に入れてやろうとしたんだが、丁度風呂場で、帰ってすぐの一軍の奴らと鉢合わせちまってな。」


要するに『血は流してこそいないものの、気が立っている大男に一斉に見つめられたのが余程恐かったのではないか、』というのが彼の見解らしい。

よく聞けば、あわや大惨事となりかけたさっきの出来事の原因も、風呂場から一目散に逃げ出した山姥切を心配している追い掛けていたのが発端だったと言うから、怒る事も出来ない。


「(…そういう事なら、いっそ私が山姥切と一緒にお風呂に入っちゃえばいいんじゃないかしら、)」


一軍の皆はあまり長風呂をする方ではないから、今から行けば入れ違いで入れる。

しかしながら、考えているとそばから『大将の耳に如何しても入れておいて欲しい事がある。』と、薬研から耳打ちされ、彼女は眉をひそめた。


「薬研。それ、今じゃなきゃダメ?」


「ああ。悪いが、大分重要な事なんでな。」


「んー…それだと、山姥切と一緒には入れなくなっちゃうんだけど。」


どうしよ。

疲れの隠しきれぬ自分の声が耳に届いた途端。
『それは拙僧に任されよ。』という言葉と共に、目の前に居た山姥切が、ひょい、と山伏に抱き上げられた。


「でも、来たばかりで大変じゃない?」


確かに、鳩には走り書き程度に状況説明を記した手紙を持たせたが、まだ完全に山姥切の現状を理解出来ていないであろう山伏に小さな彼を任せるというのは…。

いいの?という言葉の裏に多々ある不安を滲ませると、山伏は赤い瞳を細めて、にこりと笑う。


まるで『何も心配はしなくて良い、』とでも言うかの如き雰囲気に気圧され、黙ったままでいると、それでは、という短い挨拶の後。

彼は身を翻し、山姥切を連れて颯爽と風呂場へ向かう。


そんな姿を見ているだけで、重く沈んでいた気持ちが、ふわりと元の位置に浮いていくのを感じるから不思議だ。


「(あ…お礼、言いそびれちゃった…。)」


後でちゃんと、山伏に『ありがとう』って言わなきゃ。

こちらを振り向き、小さく手を振る山姥切りに手を振り替えし、ほぼ放心したような感じのまま、彼女は薬研と共に廊下に取り残された。




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