中編 | ナノ

  02 山姥切と食べ物あれこれ





「山姥切君、アイス好き?」


一度問えば、向かい側の椅子にちょこんと腰掛けた彼は控え目ながらも何度か頷く。


「そっか、好きなの…でも、あんまり食べ過ぎるとお腹痛くなっちゃうかもしれないから、これで最後にしようね?」


そう教えつつ三本目の棒アイスの袋を剥いてから手渡すと、小さな山姥切はすぐに冷たいそれを口いっぱいに頬張った。

余程嬉しいのか。
彼の周囲には、ふわりふわりと小さな桜の花弁が舞って床やテーブルの上を薄桃色にしていく。


見ているだけで心和むような可愛らしい仕草を真正面から眺めつつ、堀川は溜息をついた。


「凄いですね、主さん…本当に泣き止んじゃいましたよ。」


「まあ、うん。慣れてるから…そういえば、言ったこと無かったっけ?私、ちょっと前までこれぐらいの年代の子がたくさんいる所で働いててさ。」


審神者になるまで通ってた学校でもそういう分野を専攻してたし、こういうのは割と得意っていうか…。

独り言のように呟き、彼女は苦笑を浮かべた。


こっちに来てから大分経つけれど、みんな元気でやっているだろうか?

後から渡された補足の資料を見る限り、どうやら審神者の仕事は歴史修正主義者を全員…それこそ、根刮ぎ一掃するまで終わらないらしい。

最近では、自分が生きているうちにこの戦いは終わらないような気さえしてきている。


刀剣男士達も難儀なものだ。

彼らも自分と同じように一応給料を貰っているようだが、その中で誰一人として『やってられるか!』と戦場から逃げ出す者がいない、というのが凄いと思う。

みんな性格は様々だけれど、そういうところは、日本特有の生真面目さを感じるというか……。


頬杖をついたまま何とはなしに天井を眺めていると、いきなり堀川の叫び声が…というよりか、ほぼ悲鳴に近いような声が耳に飛び込んできた。


「あぁあぁっ!?またこぼしちゃってる…、」


甲高い叫びの後ろにくっついてきたのは、食べ物のかすをボロボロとこぼした我が子を叱る際に、大抵の母親が用いるであろうあの独特なフレーズ。

堀川って、本当にお母さんみたいだ……それは燭台切にも言える事だけれども。


視線をいざ山姥切へ移すと、彼が先程まで頬張っていたはずのアイスは既に原型を留めておらず、その小さな手に握られているのは、アイスがほんのちょっぴりくっついている棒だけ。

先程まではあんなにヒラヒラと舞っていた桜が、すっかり剥げているのから察するに、大分ショックだったらしい。


なお、溶けかけたアイスの隙間からは『はずれ』という三文字がくっきり見える。

そうしてテーブルの上に広がっているのは、かろうじてまだ固形のままの姿を保ったアイスの残骸が無残に沈んでいる甘い水溜まりだった。


「もう、こんなにして…蟻が寄って来ちゃうでしょ?そんなにこぼすなら、コレの上で食べて!」


そう言うが早いか堀川は山姥切の方へと小皿を押しやり、手近にあった布巾でテーブルを拭きだした。

無言で綺麗な瞳に涙の膜を貼り付け、俯く山姥切を眺めていると、悲しいような、切ないような…何とも言えないような気持が迫り上がってくる。


どう声をかければいいもんか。

ちょっと堀川を恨みながら頭を抱えていると、小さな彼はしょんぼりとした表情を崩さぬまま、衝撃的な一言を言い放つ。


「アイスを上手く食べられないのも…俺が、写しだから…………?」


「!?」


ねえ、そこ関係あるの…?

いや。
それ以前に、何で毎回そっちの方の考えに辿り着いちゃうの…!?


気付けば、堀川もポカンとした表情のまま山姥切を眺めて固まっていた。

こういう時に限って、周囲は妙に静かで、山姥切が『俺が写しだから、俺が写しだから………、』と、延々と自嘲的なワードを幼い声音で吐き出して重ね上げ、更に落ち込んでいくという負のサイクルが目視できる。


ひょっとしたら、このまま行くとキノコが生え出すのではないかと思われるくらいにじっとりと湿った空気が漂い出す頃になって、彼女は慌てて堀川に話を振った。


「堀川、今日の晩ご飯は?」


「えっ…その……ハンバーグにしようかなって、思ってます…。」


「よし、それで行こう。種は…もう作ってあるね。ちょっと持ってきて!」


それとコレになんの関係が…とでも言いたげに首を傾げる堀川を急かして、巨大なボウルを取ってきて貰ってすぐ、彼女はすかさず山姥切を抱き上げて『ほら、これ見て!』と声を掛けた。


「山姥切君。今日の晩ご飯はね、ハンバーグなんだって。」


わりと重たい彼を抱き直し『美味しいのが出来るかな?』『ご飯が楽しみだね』…等々、思い付く限りの言葉を用いて切れ目無く話しかけていると、アイスを食べ始めた直後のように、またふわりふわりと桜が舞い始める。


よし、計画通り…!

心の中で軽くガッツポーズをしながら、再度桜付けに成功した喜びを噛み締めていると。


ピクリ、と。

腕の中の彼が、何故かいきなり体を強張らせて。
その直後、先程まで宙を舞っていたはずの誉桜が、ビターン!と、ギャグ漫画のように一気に床へと叩き付けられた。

今度は何だ。
何が気になるんだ…!


油断したな、と思いながらも、ちょっと考えを巡らせてみる。

山姥切自身、小さくなる前から洋食がわりと好きなようで、シチューやカレーの度にちゃっかり五杯以上食べている、なんて事はざらではなかったのに。


どうしたの?

と、試しに問うてみれば、彼は渋い顔を崩さぬまま小さく言い放ったのだ。


「…………ダメ。」


「え…何が?タマネギ?」


嫌いな子は嫌いだからなぁ、と、オーソドックスな所を突いてみたが、どうもそうではないらしい。

ふるふる、と頭を振って、紅葉のように小さな手がボウルの中の一点を指差すので、その先をじっと見つめると。
そこには、黒い点々…いわゆる、下味を付けるために入れたのであろうコショウが鎮座していた。


「えっと…もしかして、コショウ?」


「うん。辛いからダメ。」


「ん〜、そんなに辛いかなぁ…。」


「ダメ。」


「………うん、分かった。」


正直、何がダメなのかはよく分からない。

分からない上に、会話のネタが何も無いのに加えて、周囲は先程と同様に、異常なほど無音なのだ。


そろそろ降ろして欲しいと言わんばかりに手足をじたばたさせ始めた彼を近くの椅子に座らせ、試しに顔を覗き込んでみると、綺麗な緑色の瞳には、涙の膜が張っていた。


そういえば、今まですっかり忘れていたが…山姥切がこうなってしまった一件を政府に報告しなければならないだろう。

その前に。
何かあったら困るから、薬研か石切丸に見てもらった方が良いかもしれないし…。


とにかく、やる事は山積みである。
さて、どれから手を付ければいいもんか。

またぐずりだした山姥切を抱き上げてあやしているうち、堀川が小さく溜息をつきながら『コショウは今更取り除けないしなぁ…。』と、呟いているのが聞こえてきた。



prev / next

[ back to top ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -