中編 | ナノ

  01 ファーストコンタクト



今の頃合いは、現世もこの本丸も、丁度お盆である。

しかしながら、審神者にお盆休みという物は無いらしく、休みの申請を出して早々突っぱねられ、愕然としていた。


ブラックだなあ、と思うのは、これで何度目か…。

よくよく考えてみると、自分が本丸を持ち、審神者になってからというもの、元々いた時代に帰れたのは数える程しかない。
たまに審神者研修を受けに行くとか、風邪をひいた時とか。


本当に、それくらいしかないのだ。

幸いにも、スマホやパソコンなどの機械類は持ち込み可能なため、親や友人と連絡は取り合えるものの、やっぱりメールだけでは味気ないものがあるものだ。


とりあえず、帰れなくともそれっぽい事をして雰囲気だけは味わっておこうかな、という事で。

非番の短刀や燭台切らと一緒にナスやキュウリに割り箸やら竹串を刺し、馬と牛を作ってみたのだが…。


隣で作業していた燭台切は、キュウリを細かく切り分け、何故かかなり精巧な作りのバイクを作成しており。
その横では大倶利伽羅が、負けじとスポーツカーと思わしき物を作り始めている。

ちょっと待て。
そこまでのクオリティは求めてない、と言おうとした途端に、目の前の今剣がナスで見事な牛車を作り上げているのを目の当たりにし、咄嗟に言葉を飲み込んだ。


あの二人が落ち込むのならまだしも、小さな男の子を落ち込ますのはどうも気が引けた。


周囲を見渡してみても、どうやらまともに物を作っているのは自分を含めて薬研や五虎退だけらしい。

まあ…今ここにいるのは、いつも自分の予想の斜め上を行く行動を起こして楽しませてくれる面子ばかりだから、それはそれでいいのだけど。


後で出来た物を並べて写真を撮っておこう、そうしよう。

そんな事を思いながら、近くに寄ってきた虎を膝の上に抱き上げて遊んでいると。
不意に音もなく後ろの襖が開き、堀川がひょっこりと顔を出した。


もう夕飯が出来た、というわけでもないらしく、彼は何故か困ったような顔をしている。

もしかしてうるさくしすぎたかな、と不安になるが、どうもそうではないようだ。


「すみません、主さん…ちょっといいですか?」


一段と声を潜め、彼は手招きをする。

どうやら廊下に出て話そう、という事らしく『早く出て来て下さい』と目線で訴えられる。


あんまりにも彼が必死なので、盛り上がりを見せるその場からそっと離れ、襖のわずかな隙間に体を滑り込ませて極力音を立てないように廊下に出ると。

まるで密偵のような座り方をした堀川の隣に、何か白い布切れが置かれていた。


所々擦り切れてボロボロになっているそれには、見覚えがある。


「堀川…その布って、山姥切の?」


「ええ、確かにそうなんですけど。実は、大変な事になってしまって。」


ほら、出ておいで。

堀川が自分の背後に向かってそう声をかけると、頭を所在なさげに片手で押さえた知らない男の子がおずおずと顔を出し、そしてすぐまた引っ込む。


一瞬ちらりと見えただけだから本当にそうなのかは分からないけれど、その子は何だか山姥切に似ている気がした。


「この人は怖い人じゃないから…ね?」


彼が再度優しく声をかけると、男の子はちょこちょこと堀川の後ろから出て来て不安気にこちらを見つめる。


自分の目は、わりと的確に特徴を照らし合わせていたらしい。

金髪、碧眼はもとい。
髪を押さえた小さな手から飛び出てぴょこんと立った毛やら、怪訝そうな表情やら…とにかく、何から何まで山姥切によく似ている子だ。


短刀の誰かの物と思しき服を着ているが、それ以外はどこからどう見ても山姥切をミニチュアにしたような感じといったところか。
…背丈的には大体小夜と同じくらいで、どうおまけしたとしても、短刀にしか見えないけれども。


彼には、堀川や山伏以外に兄弟なんていたっけ…?

目の前の子どもに目線を合わせるようにして屈んでみたはいいが、そんな事をしたところで答えなんて分かるわけがない。


苦し紛れに、ふにふに、とやわらかそうな頬をつつくと、思い切り嫌な顔をされた。

初対面でこんな事をされて喜ぶ人なんていないだろうけど、この塩対応はさすがにキツイ。


「ねえ、堀川…この子、どこから来たの?」


そう問えば、彼は更に顔を曇らせる。


「どこから来たも何も…今主さんの目の前にいるのは紛れもない『山姥切国広』。僕の兄弟ですよ、」


「『山姥切国広』?この子が?」


「ええ、そうです。」


あんまりにもきっぱりと言い張るものだから、否定も出来ない。

こちら側が理由を聞く体勢になったのを確認し、堀川は順を追って説明を始める。


まず最初に、彼は昼寝をしていた山姥切を見つけたため、とりあえずタオルケットをかけてその場を後にしたらしいのだが。

一時間後に部屋に戻った時には山姥切の姿はなく。
代わりに山姥切が身に付けていた洋服とあの布にくるまり、刀を腕に抱くようにしてこの子供が眠っていたのだという。


以上の怪奇な現象を自分なりにまとめた上、堀川はこの子供を、何らかの原因で小さくなってしまった山姥切国広と判断したようだった。

…それだけならまだしも。
どうやら、山姥切自身がすっかり本物の子供のようになってしまっていて、ほとんどの事を忘れているようなのである。


実際、堀川と一緒に、『僕が誰だか分かる?』『私は分かる?』等々、様々質問してみたが、山姥切は首を横に振るばかりである。

嘘をついているようには見えないし、同じような問いかけが続くせいか、だんだん涙目になっていくので、可哀想になってきた。


これは少々まずい事になったかもしれない。

今までの事例で、諸々の特殊条件が重なると、審神者が一時的に子どもの姿になってしまう、というのはあったけれど、刀剣男士がいきなり子どもになる、だなんて事例は無かったはずだ。


そうこう考えているうち、山姥切は大きな瞳からポロポロ涙を零して泣き始めた。


これはいけない。
ほぼ反射的に山姥切を抱き上げると、彼は小さな手で彼女が着ている着物を掴み、肩の辺りに顔を埋めて震える。

ここで初めて、子どもになった後の彼の声を聞いたのだが、いつもの声音ではなく、見た目に総じて幾分か高めの声が届くばかりであった。


さて、如何したもんか…。

静かに泣き続ける山姥切の背中をさすりながら堀川を見るが、彼も困惑した表情でこちらを見返すばかりで参ってしまう。

肩口に、温かな涙がじわりと染み込んでいくのを感じた。


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