中編 | ナノ

  01 女子大生ミーツ脱力系男子





どんより曇った空の下、瑠音は憂鬱そうな面持ちのまま、一人帰路についていた。

一人暮らしをしているマンションのすぐ前にある大きな交差点の辺りに差し掛かった時、ふと近くにあった電光掲示板が目に留まる。


『練冷凍食品』

その無機質とも取れる大雑把な字の下には、美味しそうな餡掛け炒飯の写真が掲載されていた。


「(また新しいの出たんだ…。)」


こんなに美味しそうな物を目の前に出されてしまっては、誰だってお腹が空いてしまうもの。


『肉マンでも買って帰ろうかな?』

寒さ故の空腹のためか、ますます自己主張をしてきたお腹の音に頬を赤く染めつつ、今はダイエット中という事を思い出して愕然とした。

ダメ、ダメだ…我慢しろ、自分。
ここで肉マンを口にしたら今までの苦労が水の泡に…!


必死に頭を振って食欲を追い出し、掲示板の傍から離れる。

…食事は家に帰ってから。


切なく音をたてるお腹を押さえつつ信号を渡り、マンションへと急ぐ。


こんなにお腹が鳴るなんて、女性としては恥ずかしすぎるどころか、一生の恥になりかねない。
これは考えすぎかもしれないが、もしかしたらお嫁に行けなくなるという危機に陥る可能性だってゼロとは断言できないし…。

とにかく、年頃の乙女にとっては『誰かに見られている』という認識は時に死活問題にも直結するのである。


人気のない道を選び、ちょこまかとゲージの中のハムスターのように移動している最中。
またお腹が鳴り出すので、泣きそうになった。

家に帰ったら冷凍食品でも引っ張り出してすぐご飯にしよう、そうしよう。
いつの間にか着いていたマンションの階段に足をかけた時だった。


ガサリ、と。
近くにあった背の低い植木が不自然に揺れる。


「ひっ…!?」


すごい声で叫んでしまいそうになるが、とっさに自分の手で口を塞いだ。

危ない危ない…たかが木が揺れたくらいで叫びそうになるなんて。


微妙に苦笑いしつつ、瑠音は腰くらいの高さの低木の傍へと近寄る。

何か、動物―――例えば、野良犬だとか野良猫がいるのだろうかと、恐る恐る葉をかき分けて確認してみるが…それらしき生き物の姿はない。


「なんだ…何もいないじゃない。」


びっくりさせないでよね…。

蛇か何かがいたらどうしよう、と内心ヒヤヒヤしていたが、その心配も杞憂に終わったわけだ。


きっと、さっき木が揺れたのは風のせいだろう。

最近暖かくなってきたとはいえど、夜になればまだ風が冷たい。
低木に背中を向けて手をこすり合わせていると…今度はパシリ、と。

誰かに突然左の足首を捕まれた。


「え…?」


嘘でしょ…!?


すっかり血の気が引いた顔で振り返ってみると。
低木の下の方から人間の手がニョッキリと出ていて、自分の足首を掴んでいるのだ。

どこかのホラー映画のワンシーンでこんなのがあったはずだが…映像で見るのと実際にやられるのでは恐ろしさの度合いが違う。


「な…なにっ、何なの…!?!?」


動揺しきってその場に立ち竦んでいると、今度は強い力で足首を引っ張られた。

すでっと尻餅を着いたが、痛みなど感じない。
彼女が感じているのは、揺るぎない恐怖のみだ。


ガクガクと震えていると、今度は匍匐前進で低木の下からガサガサと赤い髪の何かが這い出してくる。


「なんなのよ…!?」


こんな都会でホラーなんて…こういうのがあるのは田舎とかが定番なんじゃないの!?

日本の首都。首都だからね、ココ!!


古い井戸もないし、あまりに有名すぎる某双子のお婆ちゃんとかも出てこない。
もちろん、近くに廃校とかもないから!!

だから…。


「出てくる場所間違えないでよっ!!!」


私の実家じゃあるまいし!!

もうヤケになってそう叫べば、不自然なくらい長い髪の下から、ドロリとした虚ろな目が見えた。


「あの……。」


「(しゃ…喋った!?)」


むしろそっちにびっくりする。

こういう系統で登場するホラー映画の人(?)は、あんまり喋らないのが常識だと思っていたが…案外それは偏見なのかもしれない。


「あの…何でも、いいので……食べ物を恵んでくださいませんか…?」


「え…?」


「四日前から、何も食べてなくて…。」


あまりに拍子抜けするような力のない言い方にギョッとする。

それ以前に、お化けはご飯食べるの…?

素朴な疑問を頭に浮かべていると、間髪を入れずに“キュルル〜”とお腹が鳴る切ない音が耳に入った。


「(お腹減ってるんだ…。)」


一瞬だけ『ちょっと可哀想かな…。』と思ったが、混乱している事には変わりがない。


「め、恵んでください………。」


そう言いながら力なく手を伸ばしてくるお化けさん(仮)があんまりにも怖すぎるので、瑠音は半泣きでまた悲鳴を上げる。

足を掴まれた拍子に落とした鞄を近くに引き寄せ、

『もうどうにでもなってしまえ!!』

とでも言わんばかりに、彼の赤い頭めがけて降り下ろした。


その直後、ぐえ…と情けない声を上げて動かなくなった彼を、試しに軽くつついてみる。

…勿論、反応はない。


ここで退治されたからって、今後化けて出たりしないよね?

それだけは勘弁して欲しいなぁ、なんてトンチンカンな事を考えているうち、彼女は恐ろしい事実に気がつく。


赤い長髪の隙間から見える額に、うっすらと血が滲んでいるのだ。

しかも。
彼に掴まれたままの足首からは、自分のものではない体温が伝わってくる。


と、いう事は…。


「どうしよう…!」


ああ、とんでもない事をやらかしてしまった。

私は、お化けではなく、生きている人の頭を思いっきり叩いてしまったのだ。


「きゅ、救急車…!」


スマホを取り出して電話をかけようと試みるが、何故かこういう時に限って押し間違いをしてしまうもので。

何度も何度もやっているうち、後ろから背中をつつかれる。


「何ですか…今忙しいんですけど!!」


そう答えてもまだ背中をつつかれるので、しぶしぶ後ろを振り返ると、そこにはさっきまで地面に突っ伏して額から血を流していた彼がいた。


「………きゃあぁあぁあぁあぁあっ!?!?!?!?」


ウソ…死んでない!?
っていうか、何で起きてんの?ねえ!?

もう訳がわからない。
支離滅裂な言葉を並べて騒ぐと、彼はちょっと困ったように片手でこちらの口を塞ぐ。


「ふぐぐ…!」


「あの、私が言うのもアレなんですけど。とりあえず落ち着きません?ココ一応外ですよ。」


「!」


そう言われて初めて自覚した。

確かにここは外だ。
しかも、夜にこんなに騒いでいたら、ここの近隣住民の人達がヤンキーの抗争か何かと勘違いして、警察に通報してしまうかも知れない。


「に、逃げなきゃ…!」


頭の中はひどいパニック状態。

とにかく、今はどこか安全な所に逃げ込まなくては…!


気が付けば、瑠音はエレベーターも使わず、七階にある自分の部屋まで階段をかけ登る。

早く、早く…!と叫ぶ心を宥めながら暗い部屋の中に滑り込み、それとほぼ同時にものすごい勢いでドアを閉めた。




prev / next

[ back to top ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -