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▼ モーニングコールと抱き枕は良い文化/坂田銀時(銀魂)

*銀魂夢小説処女作。
*ご都合主義展開かつ、夢小説味の強い表現が含まれますので、苦手な方は閲覧を控える事をお薦めします。
*名前変換あり。
*名前変換を利用しない場合は、表記は全て『瑠音』で統一されます。

以下、家事代行サービス会社で出張目覚まし嬢(健全)として働く夢主と、客ポジションの銀時の話↓

────────

時刻は、朝の八時を少し回ったところ。

分厚い雲の合間から振り落とされた小雪がちらつく中、人で溢れる電車を早々と降り。
雀の囀りを聞きながら通りを歩けば、昨晩酔いつぶれた人が寝ているのやら、店の開店準備のために外の掃除に出て来た人の姿がまばらに見える。

ここは江戸の中でも有数の飲み屋街があるため、変わった作りの建物が沢山あるけど。
それらを横目に歩き続ければ、やや落ち着いた外観をした建物へ行き当たる。


『スナックお登勢』と簡素に書かれた看板のすぐ上…いわゆる、二階部分に該当する個所へやや間の抜けた字で『万事屋銀ちゃん』の看板を掲げたそこが、週三か四で通っている自分の仕事場だった。

近頃は行きつけと化した目的地の奥の間には、今日の空みたいな色の髪をした男がぐっすり寝ていて。
これからそれを起こしに行かねばならないのだと思うと、少々気持ちが滅入ったが。


わざわざここまで来ておいて帰るのもなんだし、仕事を自分の気分一つで放棄するというのは社会人としてよろしくない。

何より、かれこれ半年は同じ事をきっちりこなしておいて急に止めるというのは…なぞと考え出すともう駄目で、自分の足はそろりそろりと二階の階段を登り、気が付くと見慣れた玄関口へ辿り着いてしまっていた。


「おはようございます、銀時さん。出張目覚まし嬢の瑠音ですが……。」


覚悟を決めて声をかけたが、当然ながら中から返事はない。

溜息交じりに戸へ指をかけ、そっと動かしてみると───いつもの如く施錠はされておらず、カラカラ…と情けない音を立て、いとも簡単に入口が出来てしまう。


「銀時さん、入りますね?」


不用心だな、と思いながらも中に入り。

乱暴に脱ぎ捨てられていた男物の黒いブーツを拾い上げて端に並べ、その反対側に自分の履いてきた草履を脱いで揃えてすぐ…妙な寒さに体を震わせた。


外と同等か、それ以上か。
何とも言い表せぬ切ない寒さに体を蝕まれながら手を摺り合わせたところで、何かのチラシの裏紙と思しき用紙を見つけ、拾い上げると。

『定春と一緒にお泊まり会行ってくるね。銀ちゃんの朝のお世話は瑠音ちゃんに任せたヨ』

やや拙い丸文字で神楽からの言付けが書き付けてあるのを見つけ、ほんの少しがっかりしてしまったのは言うまでもない。


同居人が全員出払っている時、気が緩んでしまう…という事なのか。
お客さんの坂田銀時という男は、こういう時、とりわけ起き渋りをするのが常だ。


「…となると、」


今日は銀時さんを起こすだけでなく、朝ご飯作りと暖房を入れるのもオプションで追加、という事だろう。

やることがどんどん増えている感じがするのは否めないが、一つやるなら二つも三つも同じ事だと割り切り、とりあえず廊下を渡りきって。
かじかむ手で各所の明かりを付け、暖房のスイッチを入れ…流れのまま居間を横切り、襖の前まで辿り着く。


「あの、銀時さん…おはようございます、瑠音です。起きてらっしゃいますか?」


声をかけてみるが、少し待ってもやっぱり答えはなく。
かわりに、微かな寝息が聞こえてくるだけだ。

まあ、他人を目覚まし時計代わりに自宅へ呼び付けているような人が自分で起きられるわけもないかと思い直して。


「…お部屋、入りますね。」


失礼します。

恐々襖を開けると、薄暗い中、一瞬だけ酒の匂いが鼻を掠めたが…部屋の中にビールの缶や一升瓶はなく。
寝酒をしたわけでないらしい事が分かってほっとする。


「(昨日は神楽ちゃんもいなかったみたいだし……飲んで帰ってきたって事かな?)」


別に、彼とは目覚まし嬢とお客さんというだけ。
いわばお金で繋がっているだけの関係であるから、そこまで心配はしなくてもいいんだけど。

やっぱり、起こしに来たからにはお客さんに気持ち良く起きて欲しいし、心地の良い目覚めを提供したいから、そういう所には敏感になってしまうのだ。


最早職業病だなぁ、と苦笑いしながら、なるべく音を立てぬようにカーテンを開けると、差し込んだ弱々しい光で部屋が僅かに明るくなる。

それに反応して、布団で眠っていた彼は眉間に皺を寄せて『んー…』と唸ってすぐ。
顎の下まで布団を引っ張り上げ、また夢の中へ落ちていこうとするので。


「おはようございます銀時さん。朝ですよ、」


慌てて声をかけたが、彼は寝返りを打ち、無言で向こうを向いてしまう。

…ここからが長いんだよなと心の中で溜息をつきつつ、布団の傍に座り、今度は名前を呼びながら軽く体を揺すってみる。


「銀時さん、銀時さん、起きて下さい…もう八時半ですよ、」

「…………………。」

「銀時さーん…?朝ですよ、起きましょうね…。」

「…………………。」

「あの、銀時さん…私の声、聞こえてますか…?」

「…………………。」

「銀時さんのお家に来た時に、神楽ちゃんの書き置きを見つけまして…朝ご飯もお願い、と書いてあったんですが、オプションで朝食コースをお付けしても大丈夫でしょうか?」

「…………………。」


どんなに話しかけても返答が無く、流石にがっくりきた。

いつもの事といえばそれまでだが、ここまで起き渋りが酷い人も珍しい。

とはいえ、目覚まし嬢としてお客さんの布団を剥がして起こすのは絶対NGだし、この寒い日に窓を開けるというのは流石に人の心がないと泣かれてしまいそうだ。


こんな時、どんな行動を取ったらいいのか分からないの…。

上手い具合に言葉を捏ね上げ、見覚えのあるキャラクターに脳裏でそれらしく喋らせてはみたものの、それで解決するなら毎度こんなに苦労はしない。


…結局、困りに困って。
彼の柔らかな銀髪に指を通し、合間から顕わになった耳に軽く触れ。


「銀時さん、お願いですから起きて下さい。目覚まし嬢でもなかなか起こせない方がいるなんて…他のお客様に知れ渡ってしまったら。下手をすると会社ごと潰れてしまって、銀時さんを起こしに来られなくなってしまうかもしれません。」


彼の耳の近くへ唇を寄せ、小さく囁いた時…ついに布団の中の彼に動きがあり、今度こそ起きてくれるかと喜んだが。

次の瞬間。
中から傷の目立つ太い腕が一本にょきりと飛び出し、起き抜けであるからか、幼子のような温かさを纏うそれが難なくこちらの腰へ回される。


「え」


急な出来事に身を固くしたが。
固まっているうちにもう片方の腕も出て来て腰をがっちりホールドされ。

彼が自分を布団へ引き込む算段であるのが分かり、掴まれそうな物が近くに無いかと慌てて探したが…この和室にはそれに該当する物が一つも無いのを思い出し、ひゅっと喉が鳴る。


「ちょ、銀時さ…は、離して下さい!!聞いてます!?……いや、力強っ…!?」


必死の抵抗を試みるも、悲しいかな。
男女の力の差は歴然で、瞬く間に引き寄せられ、既に片足が布団に入ってしまっている。


「ぎ、銀時さん銀時さんっ、本当は起きてますよねっ……!?」

「…………………。」

「私、目覚まし嬢ですよ!?その…こっ、こういうお触りはちょっと…いえ、会社の方針的に、すっごく困るというか…毎度毎度ご説明させて頂いてますので、十分お分かりかとは思うんですが、お客様から嬢への過度なお触りはサービス内に含まれてませんので、なるべくご遠慮頂きたいというかっ………!」

「……………………。」


これは起きてる。
むしろ寝てるわけがないと言ってほしいところだが、相変わらず反応は無く。

抵抗は上手い具合にいなされ、結局布団の中に引きずり込まれてしまう。


「おあぁぁ…。」


叫んだはいいが、神楽が居ない時点で完全に詰みである。

今日も今日とて首筋へ顔を埋められたまま抱き枕代わりにされ、向こう三十分は離して貰えぬまま二度寝の供にされるのが確定したところで、結局こうなるのかと諦め、とりあえずひたすら大人しくしているのに徹する事とした。

最早慣れたものだが、こういう時、やたら声を上げたり無理に抜けようとしたりすればするほど…離すまいとして抱き締める力が強くなるだけなので、銀時が目を覚ますまではどうしようもないのだ。


「(こんな所、会社の誰かに見られでもしたら…。)」


あらぬ誤解を生むに決まっているし、即刻クビにされてしまうのは間違いない。

もしクビになるにしたって、一回くらいはボーナスを貰ってから辞めたいものだが……。


ふすー…、ふすー…、と。
何とも間抜けな寝息を聞きながら、ぼんやりそんな事を考えて現実逃避をする。

部屋の隅に置かれた小型の文机の上へ、盛大に破損したキャラクター物の目覚まし時計がぽつんと乗せられているのを見つけ、何となく親近感が湧いたのは内緒だ。


***


「…じゃ、また来てね〜瑠音ちゃん、」

「あ…………ハイ、本日もありがとうございました。またの御利用をお待ちしております……。」


時刻は既に昼を過ぎ、十三時近く。
妙に艶々した顔へ、にんまりとした笑みを浮かべながら玄関まで見送りに来てくれた銀時に軽く会釈し、そっと戸を閉める。

今日は特に起き渋りが酷かった方だが、布団に引きずり込まれて二十分弱。
ようやっと起き出した銀時が、欠伸混じりに朝ご飯の支度と惣菜の作り置きと部屋の掃除、それから耳かきコース、肩揉みコース…という具合に追加オプションをもりもりにしてくれ。


「これ、ほんの気持ち…え、袖の下?いやいやいやいや!勘違いして貰っちゃ困るなぁ、ほら…アレだよアレ…いっつも来て貰ってるしぃ?今後も是非末永く指名させてもらいてぇし?とにかく、チップだから、チップ!!持ってってくれよ、な?な?」


こんな具合で強引に一万円札を三枚も握らせてくるあたり、ギリギリを攻めている自覚はあるんだろうなぁと苦笑いが出てしまう。

会社の方針的に、チップは貰って懐に入れて大丈夫という事にはなっているのだが。

諭吉三枚は申し訳なかったので一枚だけ受け取り、残りはまた指名してもらえた時に使ってもらう約束であちらへ返してしまった。


「(…銀時さん、基本的には優しい方だし、悪いお客様じゃないんだけどなぁ。)」


起き渋りが酷いのと、隙あらば寝惚けつつ人を抱き枕にしようとするのがなければ……ね。

せめてそこだけ上手い具合にどうにかなれば、なんて考えながら階段を降りていくと、下から眼鏡をかけた短髪の男の子が登ってくるのが見え、足を止める。


「あ、瑠音さん!こんにちは、」

「こんにちは、新八君。長らくお邪魔しちゃってごめんね。」

「いえいえ。この時間まで…って事は、銀さん、また瑠音さんに色々頼み事して引き留めてたんですよね?あの人、瑠音さんみたいな大人しい女性を困らせて喜ぶ節があるもので。朝起こす時とか、耳かき中とか…妙な触り方されませんでしたか?」


誤解を生むような言い方だなぁ、なんて思いはしたが、そこはあえて指摘せず。


「そうねぇ…今日の朝は特に寒かったでしょ?銀時さん、起き渋りがなかなか凄くてね、」

「起き渋り?銀さんが…?」


本当ですかと問われて頷けば、彼は首を傾げる。


「おかしいな…僕か神楽ちゃんの時は、声をかけてすぐ起床するくらいには寝起きが良くって………てっきり、瑠音さんもそこまで手こずらず起こして下さってるものだと思ってたんですが。」

「なるほどね……ええと、あれかな…常日頃から一緒に居てくれる人が起こしてくれるのだと、起き方も違うのかもね。」

「そういうものですかね?ああ、でも…仕事とはいえ、嫌がらずに何でもこなしてくれる瑠音さんだから、銀さんも甘えやすいのかもしれませんし。」


口が悪くて手がかかる面倒くさい人ですけど、お嫌でなければ…これからも時々面倒を見て頂けると嬉しいです。

若いのに、立派に言い切って。
きちんとしたお辞儀までもらってしまえば、どう頑張ったって恐縮してしまい、お互いに何とも言えない空気が漂う。


それはさておき、銀時さんは周りの人から愛されてるんだなぁ…と微笑ましく思ったところで、丁度携帯が鳴り響く。


「あっ、ごめんね新八君、まだお話ししたかったけど、会社からだ……、」


じゃあ、また今度ゆっくりね。

なるべく嫌な感じを残さぬよう笑顔で告げ、彼の脇を通り過ぎ、通話ボタンを押して耳に当てれば『ああ、瑠音さん…出てくれてよかった、』と、上司の声がスピーカーから漏れ出てくる。


「まだ歌舞伎町にいる?家事代行サービスの依頼がそっちに集中してるんだけど、なかなか人員が回せなくて…写真で地図送るから、とりあえず職場には戻らないで現場に急行してくれない?」

「…分かりました。それでは、また何かありましたら連絡お願いします。」


嫌なんて言える雰囲気じゃないから引き受けただけだけどね。

心の中で舌を出しながら丁寧に電話を切り、一息つく。


正直、半ば自棄になって始めたようなこの仕事だけど、働いている間は少なくとも誰かの役に立てているのは明らかだから、それはそれでいい事なのかもしれない。


「(…前の職場の人が今の私を見たら。)」


きっとびっくりするんだろうな。

この仕事を長く続けていったら、いつかあの人達のうちの誰かと鉢合わせちゃう可能性もなくはないから、そこだけが心配だ。


一抹の不安を抱きながらも、ようやっと携帯に添付されてきた写真を拡大し、ささっと次の仕事場の場所を把握して…また小雪のちらつく中を歩き出す。

重く垂れ込めた銀色の雲は分厚く、空は見えないが。
何故だか、先程までずっと一緒に居たお得意様の事が思い出されてほんのり元気が出た気がした。


「(…銀時さん、また会えるかなぁ。)」


とはいえ、起き渋りからの抱き枕コースは遠慮させて頂きたいので、単純に家事代行として呼んで貰えればいいのになぁ…。

けど、それとは裏腹に。
脳裏へ浮かんだのは、ぱやぱやとした天然パーマが布団からほんの少し見えている光景で───別段面白くもなかったけど、何とはなしに、自然と笑みが零れた。


end.

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