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▼ シンドバッド症候群/シンドバッド

・王宮で医師をしている夢主様と王様。
・一部哲学的内容を含みます。
※名前未入力の場合、評価は全て『ルネ』で統一。


〜王宮〜


王宮の医務室には、今日も息子を持つ母親達がルネに相談に来ていた。


「次の方、」


医者になったその日から、擦り切れるほど何度も繰り返してきた言葉を口にして、次の患者を待つ。

それに従い、薄い布の影からひょっこりと姿を表したのは、大分窶れた姿をした女性だった。
年齢は断定出来ないが、どうやらあまり具合が良くないらしい。


「今日はどうしましたか?」


久々に来た『具合が悪い患者』かと思って、女性に労るような口調で声をかけるが、彼女は少し迷ったように視線をさまよわせた後に、小さな声で呟いた。


「あの、私がどこか悪いわけじゃないんです。実は息子の事で相談に…。」


「ああ、そうでしたか。」


表には出さないが、ルネは内心ガックリしていた。
最近この医務室に来るのは患者ではなく、食客のアリババや煌からの留学生である白龍皇子と大体同い年くらいの息子がいる母親が過半数を占めているのだ。

彼女達が危惧しているのは、自分の息子の将来についてのようで…。


ある時たまたまそんな内容の相談を受けたのを皮切りにして、一人、また一人と自分の息子について相談する母親が増えていき、今では列を作ってまで皆こぞってルネに相談に来る。

最近は、自分は医者ではなく、カウンセラーにでも転職しようかと思うくらいだ。


「どうぞお楽に。」


そう言いながら、仕事机の上に散らばったペンやカルテを急いで片付け、すぐに相談を受けるための準備を始めた。


***


「―――息子さんがどうかされましたか?」


最近売り出されたパパゴレッヤのお茶を女性に出し、それとなく声をかけてみるものの、返答は返ってこない。

相談があると言いつつ、こんなふうになかなか話し出さずに黙っている人は多い…まあ、誰しも家族の悪い所を会ったばかりの他人に話すのは抵抗があるだろうから、さほど急がずに向こうから話してくれるのを待つ事にしている。


ズズ…と小さくお茶を啜ると、微かな甘味と共にパパゴレッヤの香りが鼻腔を擽った。


「(あ、けっこう美味しい。)」


どうやらコレは当たりらしい。
前飲んでいたヤシの実のお茶よりかは飲みやすく、ほどよい甘さがクセになりそうだ。

仕事が終わったらまた買いに行こうかな、なんて考えていると、女性は唐突に話し出した。


「実は…私の息子、最近変なんです。」


「変?」


「はい。シンドバッド王のように冒険に出て、迷宮を攻略しに行きたいと言い出して訊かないんですよ…、」


はぁ…と溜め息をついて、解れてきた黒髪を耳にかける彼女の姿は、ひどい苦労をしているような雰囲気を漂わせる。


「それは大変ですね。私の所に相談に来る方の中でも一番多い相談ですから…。」


「あ、そ…そうなんですか!?」


「ええ、」


どちらからともなく、ハハ…と乾いた笑みが漏れた。

彼女の方は、どうやらこんなふうになっているのはうちの息子だけじゃないという安心感からか、僅かに頬を緩ませていたが、ルネはそういうわけにはいかなかった。


国内外を問わず、彼女の主であるシンドバッドは若者達の憧れの的だ。

思えば、迷宮攻略ブームの火付け役となったのも彼だった気がするが…そのせいで『迷宮に行けば大金持ち、もしくはになれる!』という概念が浸透し、今では金欲しさに迷宮に走って命を落とす若者も多い。

いくらか話を付け加えたり編集したりして、読み手の側が面白く読めるようにしてある『シンドバッドの冒険書』の内容を全て鵜呑みにし、馬鹿正直に迷宮に入って仕掛けの餌食になる者も増えている。


即ち…こういった若者達は、迷宮の驚異を知らぬまま。
いわゆる嘗めてかかったままで攻略に行くのだ。

言い方は悪いが、これでは自分の命をみすみす捨てにいくようなものである。


「息子に何と言って聞かせたらいいのか…。」


細々と息を吐き出す彼女に同情の念が沸いてくるが、今は下手な慰めよりも的確な対処法を教えるべきだろう。

ちょっと厳しい言い方だけど…夢見がちな少年を現実に引き戻すためには、少なからず刺のある助言も必要だ。


「失礼ですが…息子さんは、何か誰にも負けないと胸を張って言えるような特技がありますか?」


「いえ、これといって特に何も…。」


「息子さんはおいくつですか?」


「今年で18になります、」


そこまで聞いてから、ルネは静かに溜め息をついた。

まだ5〜10歳くらいの年齢ならば夢を見ていてもそれほど支障はないが、成人間近ともなってくると話は別。


これはやはり、最近流行りのあの病だろう。


「…息子さんは、おそらく『シンドバッド症候群』でしょう。」


「シンドバッド症候群!?」


「はい。『いつまでも到底叶いそうもない叶わない夢を抱き続けてしまう』…といったような症状が出るのですが、まだ今の状態なら大丈夫です。お父さんお母さんから息子さんに少しきつめに現実を教えてもらってから、平手打ちかグーパンチをもらえば立ち直りますから。」


『これでバッチリです!!』

そう言って傷薬を渡すと、彼女は心なしかスッキリしたような顔をして帰っていった。


***


「誰もかれも、精神的に幼いのやら夢見過ぎなのが多くて困るね…。」


ふう、と今日何度目か分からない溜め息をつきながらぼやくルネの膝の上には、シンドバッドの頭が乗っていた。


ここは仕事部屋から少し離れた所にある休憩室。

そこで偶然鉢合わせたシンドバッド症候群の元凶、シンドバッドと共に休憩しているのだが…彼の表情はいつもと変わらないのに、何故か陰りのあるように見えるのは自分だけか?


「本当に、私の所に来るのはシンドバッド症候群の息子の相談ばっかりだよ。」


普通に医者の仕事をさせてくれないもんかな?

鮮やかな紫の髪を掬って指に巻き付けて遊んでいると、彼は困ったような顔をして気だるそうに口を開く。


「それは無理だな…一番最初に『シンドバッド症候群』というのを考えたのは君だろう?」


「確かにそうだけど。あなたが自分で撒いた種なのに私が処理する羽目になるなんてあんまりにも理不尽じゃない。」


むくれてみても始まらなかった。

彼はゆっくり目を閉じてうつらうつらと夢と現実の狭間を漂い出すし、まだ相談が全て終わったわけではない。


仕方がないから、側にあったクッションを引っ張って自分の膝とすり替え、職場にとんぼ返りする途中、ふと思う。


「(私の夢って、何だったっけ…?)」


…果たして本当に、自分は医者になりたくてなったのだったか?
職業を選択する際に、消去法を使った気もするが、そうでないような気もする。


しかし、今や真相は様々な苦労で塗り潰され、粉々に砕けて原型を止めぬ夢の破片達の中だ。

白衣の下にもやもやした疑問を抱きながら、彼女はもう一度仕事場へ向かった。


end

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