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▼ 星に願いを/笹貫

今日は七月七日。
俗にいう七夕祭り当日であり、彦星と織姫が一年に一度会うのを許された日なのであるという。

それはさておき、季節感という物を何より大事にする凝り性な主の意向により、本丸の広間には数本の笹竹が飾られていた。


六月の下旬からご丁寧に短冊まで備え付けられた状態で笹が置かれているとくれば。

…そりゃあ勿論、ノリの良い男士を筆頭に短冊へ願いを書いて笹へ吊していくに決まっているし、出来上がった流れに乗せられるようにして堅物な男士もひっそりと行事に参加する。


何だかんだ言いながら、最終的には殆どの男士が短冊を書いたもので。

設置されていた四つの笹は、折紙の飾りも然る事ながら、これでもかという程の量の短冊で埋め尽くされていた。


ここだけでもこんなに短冊があったのでは、彦星も織姫も『どうしようか、』と困ってしまっているんじゃなかろうか。
苦笑しつつも、目線は自然に短冊へ向く。

あそこの端へ控えめに吊されているのは、一期一振が書いたと思しき短冊。
それから、真ん中の枝へ堂々と吊してあるのは胴田貫ので、その隣のが謙信の。

誰かにこんな所を見られでもしたら、趣味が悪いとなじられるだけでは済まなさそうだが、一度始めてしまうと如何してなかなか…止められないものである。


『あれが欲しい』だの『強くなれますように』だのといった可愛らしい願い事やら、ぱっと見た印象のままだと不穏に感ぜられる物。
それから、果たしてこれは願いなのか…と思ってしまうような物まで。

本当に様々な物があったが、人様の書いた願い事を物色している最中、畳へ落ちている短冊があるのを見つけ、徐に拾い上げた。


「(…さて、これにはどんな願い事が書いてあるかな?」


期待に胸を膨らませながら短冊をひっくり返し…一瞬固まってしまう。

というのも、その短冊を書いた者には余程叶えたい願いが多くあったのか。
短冊の端から端まで、小さな文字でびっしりと願いが書き連ねられていたのである。


今までに無い事に驚きはしたが。

必ず叶うとも限らないのに、何をそんなに必死に願う事があるのかと興味が出て、針の先で突いて書いたような小さな文字を読んでみる。


『歴史を守れますように。』
『長いこの戦争が、いつか終わりますように。』

どうにか苦心しながらここまで読み解いたとき、これは主が書いたものかと合点がいく。
こりゃ悪いことをしたかな、なんて思いはしたが、半端で止めるよりかいっそ最後まできちんと…ということにして、また読み進める。


『本丸が円満でありますように。』
『私と共にいてくれる刀剣男士が、皆健やかでありますように。』
『皆の願いが叶いますように。』
『この本丸が、いつまでも続きますように。』


ようやっと短冊の端へ辿り着き、流れのまま裏返すが、それ以外の願い事は書かれていない。


「…呆れた、」


刀や本丸の事ばっかで、自分の事は何にも書いてないんだから。

つい溜息が出た。
けど、これでこそうちの主という感じもして、どうしようもなく笑みが零れてしまう。

そもそも、この戦争が終わったら本丸は解体されるだろうに…あまり深く考えず、急いで書いたんだろうか。


「(私と共にいてくれる刀剣男士…か。)」


他意のない、分かりやすい言葉。
その中には、きっとオレも含まれてる…なんて、少し自惚れすぎだろうか。

でも、刀の頃には貰えなかった言葉を思いがけず貰えたような気がして、無いはずの心が暖かくなった。


「(アンタみたいな人がオレの持ち主になってくれて、本当に良かった───。)


そんな事を思いながら、徐に縁側へ一番近い笹へ近寄り…少し背伸びをして、主の短冊を一番高い枝へ下げる。

珍しく晴れた夜空へ輝く大三角形を見上げ、主の願い事が全部叶うように、一人願いをかける。

こうして、年に一度の七夕の夜は静かにふけていった。

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