▼ 内緒の桃花/竃門炭治郎(鬼滅)
※鬼滅の刃処女作。
※ご都合主義的展開かつ女主が登場します。
※夢小説味の強い作風のため、苦手な方は閲覧を控える事をお薦め致します。
※この夢小説は、名前変換が適用されます。名前変換を使用しない場合、表記は全て『瑠音』で統一されます。
───血の匂いがする。
それも、ほんの少し前まで体内にあった名残のある、生々しく絡みつくような血潮の匂いが。
すん、と。
どこからか流れてくる僅かな血の匂いを嗅ぎ取り、炭治郎は鉛のように重い瞼をゆっくり開く。
辺りは暗く、自分が今どこに居るのか。
はたまた、何がどうなって今のような状況になったのか、見当がつかない。
目に見えるのは、鬱蒼と生い茂る木々と、その枝葉の間から覗く暗い夜空ばかりだ。
「(…確か、俺はさっきまで、)」
『夜の森』で。
『鬼』と戦って…。
しかし『鬼』という単語が脳裏に躍り出た途端、彼はがばりと体を起こした。
その途端、酷い目眩を覚え、目の前が一瞬暗転したので、しばし頭を抱えてゆっくり呼吸を整える。
───今まで土の上に横たわっていたのに、そこから勢い良く体を起こしたのだから、誰だってそうなるだろう。
少し考えれば分かる事だが、状況が状況だけに、焦りだけが前に出てしまったようだ。
『鬼は…さっきまで戦っていたあの鬼は、どこに行った?』
『鬼の気配がない…取り逃がした…?いや、倒したのか?』
『そもそも、俺はちゃんとあの鬼の首を切ったのか?』
『───いや。それより、禰豆子は今、どこにいるんだ…?』
一瞬で思考を巡らせ、息を殺して静かにしていると、眩暈は消え、暗転したままだった視界も開けてきた。
近くには、いくつも藪があり。
藪の間に紛れる…というよりかは、意図的に隠すような形で、禰豆子が入っている箱も、日輪刀も、自分の手の届く範囲に置かれており、ひとまず安堵する。
箱からは、しきりに『かたん、かたん…、』と微かな音が聞こえていたので、いつものように優しく声をかけると、控え目に箱が開き───ひょっこりと、禰豆子が姿を現した。
「………禰豆子、大丈夫だったか?怪我は…してないな。」
とにかく、良かった…!
泣きそうになりつつ、大事な妹の無事を喜ぶと、禰豆子も心なしか嬉しそうに目尻を下げる。
その後すぐ、禰豆子が頭を擦り寄せてくるような仕草をしたので『ああ、撫でて欲しいのか、』と思い至り、毎晩宿屋でしているように、可愛らしいその頭を何度も撫でた。
もっともっと、とでも言いたげに無邪気に戯れ付いてくる妹を笑顔で見守り、構ってやりながらも、炭治郎は、この任務に赴いた時から今に至るまでの出来事を思い返してみる。
伝令によれば『鬼の数はたったの一匹』で間違いが無かったはずだ。
然程力のある鬼でもなし、討伐に手間は掛からないだろう、との事だったが。
…いざ森の中へ足を踏み入れてみると、一体退治すれば、今度は二体。
それも退治すれば、次は四体…という具合に、倒せば倒すほど鬼が出てくる、といった有様で、本当に驚いた。
しかし、よくよく気を付けて見ていると、出て来る鬼は皆同じ姿をしており、そこから、知らず知らずの間に血鬼術にかけられ、幻覚を見せられている事に気が付いて。
───そこまでは覚えがあるが、その先はどうしたのか、全く覚えがない。
今はあの鬼の気配は消えているし、匂いも無い。
しかも、自分の荷物や大事な物は、あからさまに誰かが近くへ置いてくれたような所から察するに『鬼殺隊から応援の者が来て、助太刀してくれた。』と考えて良いだろう。
ここまで考えたところで、禰豆子が片方の袂に手を突っ込み、中をごそごそと探っているのが目に留まった。
もしや、この間買い与えたばかりの櫛を探しているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
それから、もう片方の袂をごそごそと探り。
程なくして。
ようやく目当ての物を探り当てたのか、禰豆子はその物体を袂から引っ張り出し、勢い良く炭治郎の眼前に突き付けた。
「ん………白い、布?いや、ハンカチーフか?」
そう。
禰豆子が袂から引っ張り出したのは、丁寧に折り畳まれた真っ白な布だったのだ。
大事な物を入れる場所としては間違っていないから、袂からハンカチーフが出て来たとしても別に不思議はないのだが、炭治郎は禰豆子にハンカチーフを買い与えた覚えはない。
「どうしたんだ、これ。それも、よく見たら舶来品のハンカチーフじゃないか。」
こんな物、どこで…。
いや、それ以前に、禰豆子が『誰かから舶来品の高級ハンカチーフを、兄ちゃんの知らぬ間に譲り受けた、』のだとしたら。
「(どうしよう…俺、相手の人にきちんとお礼を言ってないぞ…!?)」
途端に焦りだした炭治郎を余所に、禰豆子は木綿のそれを、ふわりと広げた。
禰豆子の手つきに従い、ごく小さな範囲で。
だが、何とも言えないような心地の良い香りがふうわりと漂う。
そうして、柔らかな布地の下。
花がついた枝の、ほんの少し先だけを手折った…という具合の、小さな桃花の枝が現れ、炭治郎は目を丸くした。
───今度は、何だろうか。
問いかける暇もなく、どこか誇らしげな表情を浮かべ、禰豆子は相変わらず、ぐいぐい…と、それをこちらの胸元へ差しだしてくる。
とりあえず、よく見ろという事か。
何が何だか分からないまま、彼は、ひとまず桃の一枝をハンカチーフごと受け取る。
「綺麗だな…桃の花なんて久し振りに見たけど。」
先程まではよく分からなかったが、この桃花自体の香りに混じって『まだ摘み取られて間もない』と言わんばかりの、青々とした香りも漂っている。
ハンカチーフといい、この桃の枝といい、出所の分からぬ物がいっぺんに二つも現れたので、何だか複雑な気もしたが。
どちらにせよ、手元に残った諸々の要素から考えると、禰豆子がこれらの物品を手に入れてから、然程時間は経っていないのだろう。
「───それにしても、」
細かいことは一旦置く事にして、炭治郎は桃花を一輪だけ千切って摘まみ上げ、禰豆子の耳の後ろへそっと差してやる。
「…うん。とっても似合うぞ、禰豆子。これで、誰にも負けない別嬪さんだ!!」
思いつきでそうしてみたのだが、禰豆子はそれがひどく気に入ったのか、目を輝かせ、嬉しそうにくるくると回り出す。
くるくる、くるくる。
余程嬉しいのか、しまいには、ぴょこぴょこと跳ね出した妹を眺め、炭次郎も笑みを浮かべた。
自分のちょっとした行いで誰かが喜んでくれるのは、やはり嬉しいものだ。
飛んで、跳ねて。
子兎のような仕草を繰り返していたかと思えば、禰豆子はいきなり動きを止めた。
「禰豆子…どうした?疲れたのか?」
なら、箱の中に………。
言いかけたところで、禰豆子は、突然近くの藪に飛び込んだ。
「禰豆子!?」
いつもは、そんな事は無いのに。
禰豆子はがさがさと藪を抜け、こちらをちら、と一度振り返ったかと思えば、暗闇をものともせずに歩き始める。
一見、闇雲に歩みを進めているようにも感じたが、そうではない。
何か目的があるのか、妹の歩みは、一向にぶれる事が無かった。
「…ついていくしかない、か。」
小さく呟き、数少ない荷物をかき集めて持ち上げるが早いか、炭治郎は禰豆子の後について、暗い森を歩き始めた。
そうして、幾つも藪を抜け、獣道を往くことしばし。
また藪に入った禰豆子を追いかけて自分も藪へ入ると、すぐ近くで人の気配がした。
驚き、一瞬動きを止めるも、禰豆子はずんずん進んでいくので、それに従い、炭治郎も枝葉をかき分けて後に続く事にする。
『この間、伊之助と一緒に山へ入った時も、こんな道を進んだっけな。』
どこか遠くで思いながら、夢中で腕を動かして間もなく。
急に視界が開けて、炭治郎は呆気にとられた。
それどころか、遠くには民家らしい黒い影が見え、すぐ目の前には、いつぞや外れた山への入り口を示す、踏み固められた道がある。
禰豆子について、夢中で獣道を歩いているうち、なるほど。山の入り口へ戻ってきたのだ、と思い至ったが。
今、炭治郎の目の前には、先に藪を抜けていた禰豆子の後ろ姿と。
山から人里へ繋がる道の先───といっても、豆粒程に小さく見える程遠くに、薄らとした人影が一つあった。
「(…誰だ?)」
山の中ではないし、月明かりがあるから分かるかと思いきや、そうでもない。
体中についた木の葉を払い落とし、禰豆子の隣へ立って眺めてみても、その人物が誰なのかは、当然ながら分からない。
しかし、禰豆子はその人影をじーっと眺めていたかと思えば、今度はそちらを目がけて走り出したのだ。
「ね…禰豆子!?」
どんどん小さくなっていく妹の背を眺め、また慌てて追いかけていくうち、炭治郎は、ずっと遠くに居る人物についての情報を少しずつ手に入れていく。
第一に、その人物は、着ている服からして、まず間違いなく鬼殺隊の隊員であるという事。
第二に、その人物は、道端にしゃがんで、そこへ手を合わせている事。
第三に、その人物は、女性である事。
こちらもそこそこの速度で追いかけているというのに、禰豆子は既にその女性隊員の背後へ、あれよあれよという間に至り。
静かに手を合わせ続けていた彼女の背に、勢い良く飛び付いた。
「あぁあっ………!?!?」
炭治郎が焦って声を張り上げても、事態は変わらなかった。
女性の方は、いきなり禰豆子に飛び付かれたせいで、手を合わせたまま尻餅をつき。
禰豆子は禰豆子で、何やら嬉しそうに、女性の背中へ頭を擦り付けていた。
そんな中、炭治郎はようやっとその場へ到着し、息を整えるのもそこそこに、開口一番。
「あ、あの………俺の妹が、大変、失礼しましたっ…!!!」
大声で謝り、地面に頭がつくんじゃないかと思うくらい勢い良く頭を下げた。
***
それから少しして。
どうにかこうにか互いの話を擦り合わせるうち、禰豆子にハンカチーフと桃の枝をくれたのは彼女だったことが分かり、炭治郎はさらに恐縮した。
二つの品に関して礼を言うと同時に、再度謝罪を述べれば『その事なら別に構わないから、気にしないで欲しい。』と言葉をくれた後、彼女は、にこやかな笑みを崩さずに自己紹介をしてくれた。
「改めまして…私は鬼殺隊隊員の瑠音です。この度、増援要請を受け、駆けつけさせて頂きました。」
今後ともどうぞよろしく。
深々と頭を下げるその動きにつられ、こちらこそどうも…なんて、自分の頭も下げる。
しかし、相変わらず瑠音の体には、禰豆子が纏わり付いたままだった。
禰豆子と戯れる彼女の動きに合わせて見えた羽織の下の隊服には、しっかり『甲』と縫い付けられており、ああ、強い人なんだな、と納得する。
「俺は、竃門炭治郎です。助けて頂いて、どうもありがとうございました。」
「…いいえ、困ったときはお互い様ですから。」
羽織の袂から桃の一枝を取り出して、目の前の小さな盛り土の上へ備え、彼女はまた手を合わせた。
「これ…鬼に食われた人達の墓なんですか?」
そう問えば、彼女は首を振った。
「…いいえ。複雑な感じがするでしょうが、これは、今回倒した鬼の墓なんです。」
「瑠音さんは、鬼を倒す度に、いつもこうやって墓を…?」
何故、と直接問うのはいけない事のような気がして。
それだけ言うと、彼女は物悲しげな表情でこちらを振り向いた。
「鬼といえども、最初は人だった者ばかり…それも、望んで鬼になったわけではない者も居ます。だからといって、生者を殺して口にする等、許される事ではないのですが───。」
誰か一人にでも、鬼としての自身の死を悼んで貰えたなら。
それだけで、救われる事もあると…そう思うんです。
「他の方々には、内緒、ですよ…?」
ふ、と。
力の抜けた顔でこちらを眺める彼女からは、ひどく痛々しくも優しい匂いがした。
それに胸を締め付けられるような感覚がして、炭治郎は思わず瑠音から目を逸らす。
鬼殺隊の隊士は、鬼に対して強い恨みや、怒りを持つ者が過半数を占めている。
当然ながら『鬼に対しての情け容赦は無用。』『鬼は、どんな手を使っても刈り尽くすべき化け物。』という考えの者が多いのだが、彼女はどうやらそうではないらしい。
彼女は。
瑠音の場合は『仇討ちのため、』といった苛烈な理由で鬼殺隊に入ったのではないのが、炭治郎には何となく分かった。
「瑠音さんは…禰豆子を見ても、驚かないんですか?」
この人の事だ。
きっと、禰豆子が鬼だという事にはもう気が付いているんだろう。
そう思いながら問えば、彼女は頷く。
「見たところ、こちらに敵意は持っていないようですし…彼女。いえ、禰豆子さんは、人を襲ったりしないのでしょう?」
「………………。」
てっきり『可哀想に、』と言われるのかと身構えたが、自分達を哀れむような言葉はいつまで経っても振ってこない。
「人生、短いようでいて長いですから。大変な事も。悲しい事も。普通に生きていれば、まず出会う事が無いくらい奇妙な事だって起こるでしょう。」
そこで、彼女は、構って欲しそうに辺りをふらふらしていた禰豆子に笑いかけ『良いお兄さんを持って幸せね、』と呟いた。
今まであってきた、どの鬼殺隊員の大人達が発したのと違う言葉に、何故かは分からないが、じんと胸が熱くなる。
「…瑠音さんは、」
何かを言いたい。
言いたいのだが、果たして、何と言えば良いものか。
考えあぐねていると、今度は彼女が口を開いた。
「…ねえ。あなたの事、竃門君、と呼んでも構わない?」
「…え、ええ、はい!」
「じゃあ、竃門君───禰豆子さんは、とても素敵な妹さんね…これからも、どうか二人で仲良くね?」
「!?」
禰豆子が人間だった頃。
近所の人や、町の人からかけられていたような言葉をもらい、炭治郎は、はっとした。
瑠音は、禰豆子を鬼としてではなく、人として見て、その存在を認めてくれている。
望まず鬼になったにも関わらず、その時から鬼殺隊員には、ほぼ『鬼』としてしか認識されておらず。
いつもどちらかと言えば疎まれたり、敬遠されたり、ひどい言葉を浴びせられる事もあったというのに、こうして人として扱ってもらえたのを間近で見ていると、何だか涙が出そうなくらい嬉しかった。
「…それでは、私はこれで。」
滲む視界の中、彼女は最期に禰豆子の頭をとびきり優しく撫で、こちらに背を向けた。
「あ、あの…!」
『…また、会えますか?』
咄嗟に飛び出た弱々しい問いかけ。
それをふわりと掬い上げ、彼女はこちらを振り返る。
「…ええ、きっと。今度はもっと、ゆっくり話をしましょう。」
『ひとまずは、さようなら。竃門君。』
優しくそう告げ、去って行く彼女の頭上には、一羽の烏が飛んでいる。
きっと、これからまた別の任務へ向かうんだろう。
白み始めた空の色を反射するように、彼女の羽織へ描かれた桃花が、眩く凛と輝く。
辺りには桃花の香りが優しく漂い、何故だか胸を切なくさせる。
炭治郎は、禰豆子と共にその後ろ姿を見送りながら、互いの手を頑なに繋ぎ続けた。
これからだって、きっと辛いこと、大変な事は起こり続けるに違いない。
けれど、どんな逆境であっても、二人なら。
新しく灯った希望を抱きながら、彼は今日も最愛の妹を連れ、鬼狩りへと向かうのだった。
end.
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