倉庫 | ナノ


▼ 浴びる程/小豆長光

※審神者の遅刻バレンタインデーネタ。


『一生に一度で良いから、沢山のチョコレートをもらって、モテモテな人の気分を味わってみたい。』

以前、そんな事をうっかり口にしてしまったがために、今年のバレンタインデーは酷い事になった。


いや。
そもそも『モテる事』に対する自分の安直すぎる認識が不幸を呼んだのは言うまでもない。

つまり、自業自得なわけだ。


…正直『チョコレートを食べきれないくらいもらう、』なんて経験は、女学生時代に散々経験していたし、賞味期限の近い大量のチョコレートを一人きりで消費する行為がどれだけ大変なのかも分かっていたはずだった。

しかし、バレンタインデーの朝に、クラス中の女友達とチョコレート菓子を交換しあう、なんて一大イベントが無くなってしまってから早数年。


過去の辛かった思い出を忘れ去り、刀剣男士達との酒の席で、うっかり…というか。

『ネタとして楽しんでくれれば良いや。』くらいの気持ちで口にした件の願望を、その場に居た者ほぼ全員に真に受けられてしまう…なんて。

一体誰が予測できたろうか。


そんなわけで、バレンタインデー当日の朝から夜にかけて。

数多くの刀剣男士が彼女の部屋へ訪れ、彼女への日頃の感謝の気持ちを伝えるが早いか、チョコレートを渡し、颯爽と去って行く、というような光景が絶えず見られたわけだ。


そりゃあ、チョコレートはもらえたら嬉しい。
嬉しいけれど、それが本丸中の男士一人ひとりから…となると、また話が違ってくる。

───かく言う今日は、バレンタインが終了して二週間と少し。
それくらいの時間が経過したというのに、執務室の半分を未だ占拠しているチョコレートの山を見て、溜息が止まらなかった。


コップに入れた烏龍茶を飲み干し、彼女は窶れた顔で、再びチョコレートを口に運ぶ。


「…これで、二十三箱目。」


数日前から連続で数え続けている箱の個数を口にしたけれど、励みになるどころか、やたら気が滅入る。

何で気分が沈むのか…理由は火を見るより明らかだ。


食べても食べてもチョコレートの山が全く減っていないように見えるのと、殆ど賞味期限が近い物ばかりだからだ。

甘い物は大好きで、中でもチョコレートは大好物のはずなのに、今は。
今だけは、精神的にすごく辛かった。


───最早、チョコレートを摘まみすぎて、指に甘いのが移ったんじゃなかろうか。

下らない事を考え、機械的にチョコレートを口へ運び、もぐもぐ…と何の気なしに咀嚼し、嚥下する。


可愛い形のチョコレートを無慈悲に噛み砕けば噛み砕く程、甘い欠片は食道を滑り落ち、最終的には胃液の池へ沈むんだろう。

それを幾度も繰り返し、ようやっと空っぽになった箱を、屑籠へ華麗にシュートしたところで、今日の自分の胃袋はそろそろ限界らしい事を悟り、途方に暮れる。


おいおい、どうするよこれ…今日のチョコレート消費ノルマ、あと二箱もあるのに。


途方に暮れていると、みしみし、と、床を踏みしめて、こちらの方へ誰かが歩いてくる音がした。

程なくして、執務室の襖の前で止まったそれは、やや遠慮がちに声を投げ掛けてくる。


「あるじ…わたしだ。おちゃのおかわりをもってきたんだが、どうだろうか?」


声は他の男士よりもやや低めだけれど、決して聞き取りにくいわけではない。

むしろ、聞いていて心地が良い程の優しい声音に安心して、彼女は襖越しに答える。


「ありがとう、小豆。さっき、丁度きれちゃったところだったの。」


良ければ、部屋の中まで持ってきてくれる?

それを入室の許可として、音もなく襖を開き、小豆長光が姿を見せた。


黒いジャージの上に、絶妙な柄のエプロン…といった、いつもと変わらぬ姿に頬を緩め、その片腕に抱えられた段ボールを見て、思わず笑いそうになった。

それに素早く気付いてか、彼は苦笑いで言う。


「うーろんちゃ、といったかな?…とりあえず、きみが『たくさんほしい、』といっていたから、はこごともってきたんだ。」


もともとおきばもすくないし、やはり、そっくりそのままというのは、じゃまだったろうか。

大きな体躯に似合わず、しょんぼりとした調子でそう言う彼が何だかとても可愛らしくて。


「ううん、これくらい欲しかったの。ほら、甘い物を沢山食べる時は、これで後味をすっきりさせたいから…持ってきてくれて、どうもありがとう。」


「───それなら、よかった。」


一瞬、ふわりと笑みを浮かべたかと思いきや、小豆はチョコレートの山を一瞥して、こちらへ気遣わしげな視線を向けてくる。


「あるじは、ここのところ、ずっとちょこれーとをたべつづけているのかい?」


「あー…うん。まあ、皆から貰った物だし。チョコレート欲しい、なんて言っちゃったの私だし…何より、賞味期限近いのも多いから、早く食べきっちゃいたいというか。あ、今はね、ちょっと休憩?みたいな…。」


何とも歯切れの悪い答えがぼろぼろと出てくる。

何しろ、彼だって、今回彼女にチョコレートを贈ってくれた男士の一人なのだ。


そんな男士を目の前にして『チョコレートを食べるのが辛くなってきた、』だなんて、口が裂けても言えない。

しかし、それも見透かして、なのか。
彼は、烏龍茶が入った段ボールを部屋の隅に置くが早いか、ぐっと距離を詰めて、真剣に問うてくる。


「すこし、かおいろがわるいようにみえる…もしかして『みんなからもらったものだから、』と、むりをしてたべているんじゃないかい?」


「───そ、そんなこと、」


『そんなことないよ、』
言いかけて、小豆にぎゅっと手を握られた。


「むりにがまんをしたり、うそをついたりするのは、いけないことだ…ほんとうのところは、どうなのかな?」


わたしは、あるじのほんとうのきもちをきいても、おこったりしないよ。

優しく。
子どもに接するかのように優しく問われ、彼女は白旗を揚げるしかなかった。


「…ごめんなさい。さっき、嘘つきました……本当は、チョコレート食べるの、辛くなってきてて。今も、お腹いっぱいで『チョコレートどうしよう、』って、考えてました………。」


何故か敬語で。

けれど、促された通り本当の気持ちを吐き出すと、胸やけよろしくわだかまっていた気持ちが、鎮まっていくのが分かる。


「そうか…よく、おしえてくれたね。」


そこで、彼は一際眩しい笑みを浮かべながら、握っていた手をそっと解き。

その代わり、近くに転がっていた一つの箱を手に取る。


「もしも、あるじさえよければ…このちょこれーとをぜんぶつかって、あしたのおやつに『ちょこれーとふぉんでゅ』を、みなにふるまうのはどうだろう?」


あるじから、みなに。

すこしはやめの『ほわいとでーちょこ』としておけば、みなもよろこぶし、あるじがくるしいおもいをしてちょこれーとをたいらげるひつようもなくなる。

これなら、いっせきにちょう、というものがなりたつとおもうんだが。


ゆっくり、優しく。

けれど、確実な解決方法を提示して、彼はようやっといつものような笑みを浮かべる。


確かに、バレンタインデーはもらってばかりで、皆にチョコを配る暇が無かったので、お返しを兼ねてそんな催しをするのも良いかもしれない。

それこそ、浴びる程チョコがあるのだから、これを全部使って…となると、さぞかし豪勢なチョコレートフォンデュになるだろう。


そんな風に思いながら『ぜひ、それでお願い。』と言えば、彼は笑顔で頷いてくれる。


───とにもかくにも、こんな頭の良い提案をしてくれるなんて。

事実として、彼は他の刀剣男士同様、神様であるのだが。
この時に限って言えば、救世主味が強い気がする。

チョコレートの沼で溺れかかっていた所に助け船を出してくれた事だけでも相当有難いと思わなければならないんだが、更に上を行く彼の気遣いには目を見張るものがあった。


「(案外、厨や畑だけじゃなくて、近侍とか、事務仕事なんかも得意だったりして…。)」


今度困った事があれば、彼に相談してみると何とかなるのかもしれない。

ただし、頼りすぎは禁物なので、本当にたまに。
もしくは、本当に困っているとき限定で、だが。


───こんな事ばかり考えていたもので、彼女は目の前の小豆の様子に気が付かない。

いや、正確には、見えているけれど、そこへ留める意識を裂く余裕すらない、が適切だろうか。


「(よくかんがえてみれば、みなわかりそうなものなのにな…。)」


こんなりょうのちょこれーとをおくったところで、あるじひとりきりでたべきれるはずがない、と。

…やはり『あるじに、』となると、わたしをふくめ、みな、うまいぐあいにかげんができなくなるらしい。


───小豆もまた、人知れずこんなふうに思いながら、彼女の目の前でやや赤面しながら座っているというのに。


end.

prev / next

[ back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -