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▼ 平等とは時に残酷である

※加州の遅刻バレンタインネタ。


バレンタインから二日過ぎたの日の朝。

すれ違いざまに『ちょっと良い?』とこちらを呼び止めた彼女の着物の袂は、両側共にふっくらと膨れていた。


袂は現代の洋服で言うところのポケットに該当する部分であるから、ちょっとした物…所謂、小さな化粧ポーチやらハンカチ、ちり紙等を入れておくのが正しいのだが。


「(それにしても、この膨らみ様…。)」


…例えば、動物とか。
妙な物が入ってなければ良いけど。

主はいつだって、想像の斜め上を行く事を平気でやってのけてしまうから。


そんな心配を他所に、彼女はゴソゴソと袂を探り。
…目当ての物をようやっと探り当てたのか、ぱっと顔を輝かせる。


一応前振りとして『何かくれるの?』と聞いてみるが、彼女は特にどうとも答えず、ばかに勿体をつけて物品を取り出した。


「…じゃじゃーん!」


腑抜けた効果音と共に『これどうぞ、』と加州の目の前に差し出されたのは、水玉模様のワックスペーパーでラッピングされ、おまけにリボンまで結んである小包である。

───ある意味過剰な包装のため、ぱっと見、中身が何なのかは分からなかったけれども。


まぁ、どうも『くれる』という事らしいから、貰っておこうか。

変なものじゃなさそうだし、とか思ったのは絶対言わないけど。


「…ありがと、」


礼を述べ、丁度片手にすっぽり収まる小さなそれをひょいと摘んで受け取れば、彼女は満足そうな笑みを浮かべ、用は済んだとばかりに踵を返して歩き出す。


一応、去って行く背中に『大事に食べるね。』とは言ったものの、答えは返ってこなかった。

多分聞こえていないんだろう。


───やけに淡泊でこざっぱりしたその様を眺め、清光は苦笑した。

最初の頃は、それこそ顔だけでなく耳まで真っ赤にしながらチョコレートを渡し、いつまで経ってもその場から離れられなかった彼女が、こんな風にナチュラルに物だけを渡し、颯爽とその場を去るようになるなんて。


嫌みとか、寂しさとかは一切無しに『主も随分逞しくなったもんだ、』なんて純粋に思って、ちょっぴり感心した。

手元に残った小袋からは、装飾品を解いて口を開けずとも甘い香りが漂って、何とも言えない気分になる。


彼女から初めてチョコレートを貰った時も、箱越しにこんな香りがして。

いざ包装を解いて一つ口に入れたら、甘すぎてむせそうになったんだっけ。


それから、それから…。


「……………。」


数年前の出来事をなぞるように、一人でリボンを解いて、中のチョコレートを摘まみ上げる。

彼女が唯一持っているという型に当て嵌められて幾度も形成されたであろう星形のチョコレートは、去年や一昨年の物よりずっと上手に出来ていて。


「………あまい。」


やっぱり、一口かじっただけで、とてつもなく甘くて。

去年、一昨年と変わらない。
もはやここの本丸伝統の味となった、彼女の手作りチョコレートだった。


もう随分前の話だけれど、昨日の事のように思い出されるそれらを閉じ込めるように、加州は溶けかけのチョコレートを口に放り込み、飽きっぱなしだった包装紙にリボンを結び直して封をした。


主は今頃、新参古参を問わず、刀剣男士一人ひとりの元を尋ね歩き、自分にくれた物と同じ物を配り歩いているのであろう。

こういった行事にあまり気合いを入れすぎないのは良いことだし、誰に対しても平等に物を配り、平等に接する彼女は、さながら審神者の鏡というやつか。


彼女もいっそ、誰か一人。

気に入りの刀剣男士に、皆の前であからさまなプレゼントでも渡してくれれば、こちらも妙にやきもきせず諦めがつくというものだが、やはり彼女はそれを良しとしない。

そういう所はとても立派だ。


…そこで唯一問題になるのは、彼女が『誰にでも平等でありすぎる。』点であるのだが。


だからといって、別に主に自分達古参と同じような扱われ方をしている新参の刀剣男士を憎いと思ったりしているわけではないし、彼女からの特別扱いが欲しかったり、というわけではない。

そういうわけではないんだけれども『初期刀として、彼女の一番でいたい。』と願ってしまうのは、いけない事にあたるんだろうか。


───要は『くれる物は皆と一緒でもいいから、一日の中で少しだけでも俺のことを考えてくれてる時間があればいいな。』なんて事を思っている次第である。

多分、皆同じ事考えてるんだろうけど。


「(…でも、もし主が俺の事ちょっとでも気に留めてくれてたら、それだけでかなり幸せかも。)」


なんて。

ささやかに思いながら、手元にあるのは皆と同じ、極めて平等な量産チョコレートなわけだ。


…やっぱり、こういった行事の時の『平等』程残酷な物は存在しない。

ようやく溶け出した舌の上のチョコレートを噛み砕いた途端、急速に押し寄せてきた甘さに目眩を感じた。


本当に、主はどれだけ砂糖と牛乳をチョコレートに突っ込んだのか、と思うくらい。

『もしかしたら、彼女と口付けをしているんじゃないか。』と錯覚するくらいに、くらりと来る甘さだった。


end.

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