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▼ こんなはずじゃなかった/小烏丸

*かなり夢小説味の強い描写があるため注意。
*審神者が『刀』自体を好む描写があるため、苦手な方は閲覧をお控え下さい。


恥ずかしい話だが、自分は随分と前から小烏丸に対して強い憧れを持っていた。

刀剣男士は皆美形揃いだけれども、小烏丸にだけは、初めて目にしたその時から、他には無い格別な魅力を感じて、ずっと眺めていたくて堪らなくなった。


…他の男士から石を投げられるかもしれないが、これが正直な印象だ。


しかも、彼に対して格好いいだの好きだのと思うわけではなく、かなり早い段階から崇拝に近いような意識があったから尚悪い。

ちなみに、この事はこんのすけに言った事がないし、勿論初期刀にすら喋った事がない程の機密事項だ。


…むしろ正常な感覚として『私は小烏丸を崇拝してる、』だの何だのと言えば変人扱いされるオチがばっちり見えていたから、話さない方が無難だと判断しただけの事であったが。


とにかく、他の刀剣男士と同じように接していく中でも、心の中ではいつでも小烏丸を崇拝するような気持ちでいたし、内番中の彼を審神者部屋の窓から人知れず眺め、その姿を溜息をつきながら目で追い掛けるなぞという事も数え切れないくらいにやってきた。



『この手で触れる事が出来なくとも、その姿を遠くから眺めているだけでいい。』

『直接話をせずとも、襖越しにその声を聞いているだけでいい。』


こんな具合に、ひどく拗らせた考え方をいつまでも持ち続けつつ、これからも、この先も。

小さな子どもが、大好きな先生や親に対して抱くのと同じような気持ちを、焦げようが蒸発しようがお構いなしに煮詰めつつ仕事を片付け、相手に対する憧れを勝手に膨らませては身悶えし、眠る。


───そんな切なくも楽しい日常がいつまでも続けばいいと思っていた。

否。
正直な所、これからもずっとこの状況が続くものと信じ込んで一辺も疑わなかった。


…そもそも、他の刀剣男士には自分が小烏丸に憧れている事など知られるはずが無いと高をくくっていたし、当の小烏丸本人にも、自分から彼への重たすぎる思いは絶対に届く事のないものと思い込んでいたのだ。

少なくとも、先程までは確かにそう信じていた。

…それが、今はどうだろうか。


何の前触れもなく反転した視界。

あらん限り見開かれた自身の瞳は、普段眠る時くらいしかお目にかかる事の無い天井をバックに、半ばのし掛かるような体制でこちらを眺め下ろす優雅な烏の姿を確と捉える。


日々遠巻きに眺め、憧れていた小烏丸が。
それも、こちらから手を伸ばせば容易く届く範囲に居て。

涼しげに小首を傾げ、挑戦的にも見える笑顔でこちらを見据える様の、何と絵になる事か。


この神様は、なんて綺麗なんだろう…。


ほう、と。

自分でも知らぬ間に溜息をつき、彼もそんなこちらの様子を見て静かに微笑する。


思ってもみないような幸運にすっかり舞い上がってしまって、彼女は体を震わせていた。

…ついでに言うと、涙が溢れ出て止まらなくなりそうなくらいの感情の昂ぶりがあった。


しかし、いつまでも感動に浸っていられるわけではない。

次の瞬間。


小烏丸はその滑らかでいて、白く冷たい手を彼女の頬に添え、とびきり艶のある笑みを浮かべた。

どんな表情でも、やっぱり小烏丸は綺麗だ。


改めて納得しているうち、もう片方の白い手が彼女の黒髪の上を這い回り、時折遊ぶようにさらさらと指に通す。

そうかと思えば、易々とその丸い頭と畳の隙間へ入り込んで後頭部を思いの外力強く持ち上げられて。


ただでさえ近かったのに、もっと顔を近付けるような格好になり、心拍数が跳ね上がった。


どくん、どくん…と煩いくらいに脈打つ心の臓をやや疎ましく思いつつ、そういえば刀剣男士に心の臓はあるのだろうかと妙ちきりんな事が頭に思い浮かぶ。

彼等は、人に似たあの姿を『肉の器』と呼び、大層苦労しながら、日夜自分に与えられたそれを使いこなしているわけだが、実の所、刀剣男士の体内事情はさっぱり解明されていないというのだから不思議だ。


もっと近付けば、小烏丸の心の臓の音が聞こえるだろうか。

小烏丸の瞳を見つめながらそこまで考えた所で、彼女はようやく違和感を覚え始めた。


こちらが相手側に視線を送れば、向こうも視線を返してくる。

ここまではごくごく普通であるが、彼からの視線には、どこか絡み付くような熱っぽさがある。


自分がいつも目にしている小烏丸は、誰かと話をしている時や、何か気になる物を注視している時、対象となっている相手や物へ、こんな目線を送った事があったろうか。

完全にないとは言い切れぬものの、少なくとも、こんな熱っぽい見つめ方をする小烏丸は初めて見た。


そうしているうち、何故だか顔がどんどん近くなって。

気が付いた時には、彼の艶やかな唇が自身の少しかさついた唇へ重ねられ、食むような接吻をされていた。


温く妙に柔い感触と、乾いた箇所が相手の唾液によってじんわりと湿っていく心地。

初めての接吻だというのに、何故だか悪寒が止まらない。

それどころか、失礼極まりないが、うっすらとした気持ち悪ささえ感じていた。


今の状況を把握した途端に、止まっていた彼女の頭は物凄い早さで思考を始める。


これは一体何だ、何がどうしてこうなる。
そもそも、なぜ小烏丸は私にこんな事を…私は、別に小烏丸からこんな事をしてもらいたいわけじゃなかったのに。

そう、綺麗な小烏丸に。
綺麗で神様で…潔白な小烏丸に、こんな事をして欲しくない。


ああ、嫌だ嫌だ嫌だ、こんな事…。


「………これ、」


離れた唇から零れ落ちた言に反応し、彼女は虚ろな目で小烏丸を見上げる。

そのあまりに虚ろな表情を眺め下ろし、何をどのように曲解したのかは知れないが、彼は笑みを浮かべ、彼女の着物の袷にそっと手を置き、幼子に語り掛けるような口調で話し出す。


「心配は要らぬぞ。今のように大人しくしておれば、悪いようにはせぬ、」


「………………。」


着物を乱し始めた小烏丸を冷めた目で眺めながら、彼女は確信する。


…私は、別に小烏丸の事を好きなわけじゃなかった。

だから、姿を一目見るだけで良いと思ったし、直接話をせずとも満足していられた。


私が好きだったのは、ただ何もせずにそこに居て、気怠げな視線を一点に送る。

───どこか人間離れしていて『物』としてそこにある小烏丸だったのだ。


人によっては『どうかしている、』と思われるかもしれない。

しかし、今まで崇拝に近いような気持ちを持ったまま小烏丸を眺めていられたのは、きっと彼の人間のような言動を見ていなかったから。

いや。
見て見ぬ振りをしていたからかもしれない。


「(…出来ることなら、)」


ずっと、綺麗なままの貴方を。

物としてそこに兀座する貴方を見ていたかった。


大事に扱われれば、何百年という途方もない時間を越えて存在し続けられる貴方を床の間に飾って。
時々、その鞘の下に隠れ、己を覗き込む者を嘲り、鏡のように映し出す刀身を、溜息を漏らしながら愛でていたかった。


…それが、どうだろう。

肉の器を得た君は、日を追うごとに、私とそう変わらないような生活習慣を身に着けていったし、物も食べれば、怒りもするし、笑いもする。

自分の自由になる足があるから、大変な苦労を要して獲得した人間らしい部分を引っ提げ、度々私の視界のうちに躍り出るようになってしまった。


今だって、まるで本物の男であるかのように熱の籠もった瞳で私を眺め回し、これから私の体を契のために使い、これからある未来を自分だけの物にしようと企んでいる。

それらは皆、綺麗な笑顔の下へ隠されているから、あくまで想像の域を出ないのだけれども。


───ただ、密室でいい歳の男女が二人、こんなに近い距離にいて。
それも、相手側に完全に主導権を握られているような状況で何をされるか分からない、なんて程子どもではない。

乱暴な事はされないとしても、彼は私を抱く気でここに来たのだな、という事は確かに感じ取れた。


剥き出しになり、外気に触れたまま冷たくなり始めていた自身の鎖骨の辺りへ、ちう、と小烏丸が吸い付くのが見える。

赤子のようなその仕草を、やっぱり冷めた目で見つめ、彼女はすぐ傍に置かれた彼の本体にそっと手を伸ばす。


綺麗な色の鞘が懸命に伸ばした指先へ触れ、持て余す程の熱をゆっくりと吸い取っていく。

ああ、なんて…。


「………なんて美しい、」


確かにそう言ったはずなのに、その言葉はどちらの小烏丸にも届くことはなく、ただ温い部屋の中へ解けていった。

体を好き放題にされながらぼんやり眺めた窓からは、白い月が見える。


月は何も言わず。
そして彼女も特に逆らうことはなく、血を流し、痛みに悶えながらも、小烏丸と契りを結ぶ運びとなった。


空が薄らとしろむ頃。
隣に横になった小烏丸が、手を握りながら何か言った気がしたが、それが耳に入る前に、部屋の中は異様に静かになった。

薄く目を開いて、横にいる彼を見つめると、静かに薄い胸が上下している。


───やはり、物言わずそこに居るだけの彼は、溜息が出る程美しい。

私はやはり、どうかしていた。


end

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