▼ ヒメゴト(上)/堀川国広
*濃いめの二次創作的・夢要素が多々含まれます。
*エロ注意。
薄暗い審神者部屋の中。
下手をすれば、誰に見られたっておかしくないようなこの場所で、彼女は目の前の刀剣男士…堀川国広と、触れるだけの幼い接吻を交わしていた。
彼と一緒にいる和泉守を始めとした新選組の面々は、何かを察しているかのように都合良く席を外しており、今は堀川と二人きりだ。
堀川がいつも身に着けている上着やピアスは部屋の隅に転がり、彼の腰に差されていたはずの刀は、審神者の近くに置かれたままになっている。
急いて事に及んだような雰囲気の中、両者共に緩く抱き合い、そっと唇を重ね合わせる様は、付き合ってまだ日が浅い恋人のような初々しさがあった。
時間の区分的には夜に分類出来るけれど、まだまだ眠るには早い時刻と言える。
刀剣男士によっては、湯浴みをしていたり、酒を飲みながら談笑していたり、厨で後片付けをしていたりと、各々、自身の用事を片付けている頃であろう。
まだ日も沈みきらぬ内に何をしているのか、と言われればどうにも弱いが。
…彼女には『誰かに見られるかもしれない』というリスクを犯してでも、今の時間に堀川との行為を続けねばならない理由があった。
単純に説明すれば、審神者をしている者であればいつか必ず直面する『霊力の枯渇』が、彼女の場合、思いの外早く来てしまった事が大きい。
彼女自身、他の審神者と比べれば霊力はごく少ない方であり、短刀脇差は何とか連続で降ろす事が出来るのだが、打刀や太刀、大太刀ともなってくると、一日に一人顕現させるのがやっとであり、三日月宗近を呼び寄せた日には冗談抜きでその場で倒れた。
それから先はまるで思い出せないが、気が付けば自身の部屋に寝かせられ、初期刀や他の男士に手厚く世話をされながら一週間近く寝込んだ。
───とにかく、新しい刀を顕現する度に倒れたり、体調を崩す等していたため、早い段階で霊力の補給を習慣化するよう政府から奨められていたが、件の『霊力の補給』とは、どういう事を指すのか。
図らずも、彼女は他の審神者からそういった生々しい体験の一端をよく聞いていたために、書面や口頭での勧めを頑なに断ってきた。
もちろん、いくら同じような境遇であると言っても、同期の審神者から伝わってきた情報が全てではないし、多少の脚色が入っているというのは想定内である。
…正直なところ『霊力の補給』のためとは言え、恋仲でもない不特定多数の刀剣男士とそういった行為をする、というのは、気持ちの面でも世間一般的な規範からしてもかなり抵抗があった。
多くの人がそうであるように、彼女がこれまで育ってきた環境は当然ながら一夫一妻が基本であり、一夫多妻等のハレ婚を推奨していたわけではない。
むしろ彼女の感覚からしてみれば、許されるべきで無いもの、何処か遠い場所の話、というような程度の認識であった。
政府の方はと言えば、そういった諸所の問題を横に置き、あくまで刀剣男士はそういった事を気にしない質の者も多い上に、自身の持ち主たる審神者の一大事となれば喜んで協力するというデータを盾にして一歩も譲ろうとしなかったが。
もし仮に、刀剣男士が本当に気にしないのだとしても、彼女からしてみればとんでもない事に違いないのだから、軽々しく打線は組んで欲しくない。
彼女としては、出来ることなら『霊力の補給』をする日なぞ来ないようにと願っていたのだが、それはつい最近、叶わぬ願いと成り果てた。
先日の健診で、自身の霊力が基準値を下回っている事が分かった時。
落ち込む猶予も命令を拒む隙も与えず、政府から早速封筒が届いたのだ。
退職勧告でも同封されているのかと思いきや、中に入れられていたのは、彼女の霊力と波長の合う神気を持つ男士の名前の一覧表だった。
また、ご丁寧な事に、霊力の補給を必ず定期的に行うように、との但し書きも付いていた。
それはともかく、こんな物いつ作ったんだろう。
若干引き気味になりながらも、見るだけなら見てみようとリストを上から順に辿ってみて、言葉を失う。
…驚くべき事に、彼女と波長の合う神気を持つ男士というのは、揃いも揃って短刀ばかりだったのである。
厚、薬研、信濃、後藤…と粟田口の短刀達の名が続き、更には小夜や今剣だけでなく、最近本丸に来たばかりの太鼓鐘の名前まで入っていて泣きそうになった。
刀剣男士はどの刀種であろうと、基本的に自分より半世紀以上歳上だというのは理屈として分かる。
…よく分かっているのだが、あんな可愛らしい見た目の男士と定期的に交わって霊力の補給をしろ、というのは狂気の沙汰ではないだろうか。
何も知らない人から見れば、自分は立派な犯罪者として非難を受ける事となるだろう。
ともあれ、ただの偶然にしては質が悪すぎる。
他に誰か居ないのかと必死になって名簿を探した結果、太刀は大包平か膝丸、大太刀は太郎、打刀は村正か大倶利伽羅。
そんな具合に、睦みあっていても視覚的に犯罪の匂いがしなさそうな域の男士も居ないことはないが、これも狙ったようにあまり懇意に話すことの無いような面子ばかりであり、いよいよ追い詰められたような気分になる。
もうどうしていいか分からないような状況の中、ふと目に留まったのが、最後の方に記されていた“堀川国広”の四文字だった。
ここに来て何故彼の名が、とは思ったが、堀川とはそれなりに長い付き合いである事も手伝って『脇差』という表記の横に唯一あったその名を見るだけで何とか心を落ち着ける事が出来た。
───そこから先はお察しの通り。
迷いに迷った挙げ句、政府からの圧力や、他に頼める男士がいない、という理由で堀川とこのような関係を結ぶに至ったのだ。
最後の一押し、と言わんばかりに一際長い接吻が済んでホッとしたのもつかの間。
やはり僅かに触れ合っただけであるからか、霊力は思うように貯まってくれなかった。
彼もそれをよく心得ているようで、少々間をおいてから、未だ躊躇いを隠せない審神者の頬にそっと触れる。
恥ずかしさと極度の緊張から、やや俯きがちだった彼女は、突如もたらされた頬への愛撫に誘われるようにして顔を上げ。
直後、雄弁に自らの思いを語る青い瞳と視線がかち合い、やっと静まりかけた心臓がまた激しく早鐘を打ち始めた。
ぼんやりと見つめ合っているうち、男性の物にしては細い指が緩く動いて、まだしっとりと濡れている彼女の唇に辿り着く。
「……主さん。ちょっとだけで良いから、口開けて。」
簡素な一言に反応し、抵抗せず小さく口を開けば、口の端から口内へと堀川の親指が控え目に進入し。
そのまま、蓋をするかのように口付けが施された。
…それも、先程と同じような触れるだけの物ではなく、熱く柔らかな舌まで一緒に入って来るものだから、驚きの度合いも大きい。
普段は滅多にない積極的な口付けに戸惑い、口を閉じようとしても、つっかえ棒よろしく入れられたままの彼の指と、探るような動きで歯列や上顎を撫でる彼の舌を退ける術はない。
───いっそ彼の舌を軽く噛んで体ごと押し退けてしまえば、この恥ずかしい接吻から逃れられるのではないか。
そのような考えも頭に浮かぶが、実行には移せそうもないし、移す気もない。
あまつさえ、こちらは堀川に時間を割いてもらい、定期的に霊力の補充をさせてもらっている立場で、彼の取る行動を強く拒否したり、嫌がる素振りを見せるというのはいくらなんでも失礼すぎる。
彼だって思うところはあるのだろうに。
それでも、自身の神気をこうして分け与えてくれているのだから、事が済んだら後腐れ無く速やかに離れられるようにするのは最低限のマナーだ。
こうしてみると、必然的に堀川よりも彼女の方が特をしているという構図になってしまうし、彼は何か得をしている部分があるのか、と問われれば、黙るしかなくなってしまう。
以前は『申し訳ない、』『彼に少しでも利益を得て欲しい。』という思いが募り、行為が終わる度に、幾らかの金銭や、彼が好きそうな菓子を心付けとして用意しておき、何とか持たせて帰そうと努力していた時期もあった。
しかし、いくら努力したとて、堀川はどれ一つとして受け取ってくれた試しがない。
それも、ぶっきらぼうに『いらない』と強く突き返してくれた方がいっそ気が楽なのに。
彼は毎度のように『気にしないで、』『僕なら大丈夫だよ。』と優しく言い置き、心付けを持つ彼女の手をそっと制すのだ。
彼は神気だけでなく、自らの優しさを余すことなくこちらへ向けてくれるものだから、このやり取りが続く度に余計いたたまれない気分になった。
───同時に、堀川の優しさに強く惹かれて思わず勘違いをしそうになる自分が居る事に気が付き、激しく動揺した。
堀川がいくら優しく接してくれても、彼と自分は恋仲ではない。
体を繋げる事は出来ても、心を繋げるのは容易ではない。
ましてや、事が済んだら後腐れ無く速やかに離れられるようにするのは最低限のマナー、と自分で線引きしたからには、堀川に体を繋げて神気を分けてもらう事より上を望んではいけないのだ。
こうして、特に大きな理由も無しに堀川の優しさだけでなく、心までも欲しがる自分の気持ちを放置して知らないふりをするまでに至った。
…結局、物的な所では、気にするなと言う彼に無理矢理心付けを渡そうとするのはどうかと思い、目に見える形でのお礼は諦めたのだが。
いつか何かで。
彼が納得し、喜んでくれる形で返すことが出来たら……。
日々そんな思いを抱き、彼女は堀川に霊力の補給をさせてもらっている次第であった。
───苦しくなり、鼻に掛かった音が口から漏れ出たのを最後に、始まりよりもややゆっくりとした動きで口付けが終わる。
直接的な…互いの粘液を絡ませるような形での接触を行ったからか、幾らか霊力が貯まったのを直感的に感じはしたが、常日頃から運動不足で。
かつ、体力の無い彼女は、息も荒いまま堀川の胸に倒れ込んだ。
浅く息をする度に、生温い空気が肺へ出入りするのが分かる。
力無く目を閉じ、じんわりと温かい彼の神気が体の中を巡っていくのを認めるのと同時に堀川の手が膝の下に入り、軽々と抱き上げられた。
しっかりと支えられながらも、いつもより少し高い位置から眺めた部屋の隅には、既に布団が敷かれている。
これから何が始まるのか。
知れたことではあるけれど、無意識のうちに空気を吸い込みすぎたようで、意図せずひゅ、と喉が鳴った。
数はこなしているから、今更恥ずかしいとは言わないが、布団に近くなるほど気後れするのは確かで、彼女は堀川の腕の中で身動ぎした。
すると、彼はいつものような微笑を浮かべて額に触れるだけの口付けを落とし、抱えたままだった審神者の体をひどく丁寧に布団の上へ寝かせる。
…いよいよ事が始まるらしい。
シャツのボタンを幾つか外し、より動きやすいよう仕度をする彼の動作を眺めながら、彼女は僅かばかりに眉根を寄せる。
今回は、堀川の眼前でどんな痴態をさらしてしまうのかと考えると、気持が落ち着かない。
行為の最中、妙な事を口走ったり、優しい彼を困らせる事の無いように。
この僅かな時間に毎度心の中で祈るが、残念ながらそれが聞き届けられた試しはなかった。
体を繋げている時はとにかく夢中で。
最後にはほぼ気をやってしまうため、自身が何を言ったのかさっぱり覚えていない。
…かといって、自分が何かおかしな事を言わなかったかどうか確認しようにも、全てが終わって再び目を覚ます頃には既に堀川の姿はなく、何事も無かったかのように完璧な事後処理をされた後だった、という場合が圧倒的に多いのだ。
いっその事、部屋に録音機でも置いてどんな会話をしているものか記録に残しておこうかとも思ったが、例え数分であったとしても、一人でそんな生々しい物を聞いていられる自信が無い。
そうしている間に彼の仕度は済んだようで、ごく優しく。
こちらを驚かせないよう細心の注意を払いながら、彼の手がゆっくりと頬を撫でる。
「そろそろ始めるけど、いいかな?」
…もちろん、主さんの心の準備がまだなら、ちゃんと待ってるから大丈夫だよ。
こんなに優しい言葉をくれる彼を困らせたくなくて。
まだと言いそうになるのを必死に呑み込み、何とか頷くと、控え目に指が絡められ、コツンと額がぶつかる。
「…じゃあ、途中で怖くなったり、痛かったりしたら、我慢しないで教えてね。」
………約束だよ?
甘やかな響きを伴って囁かれた言葉を受け止めはしたが、これではまるで本物の恋仲であるかのようだ。
勘違いしそうになる自分に辟易しながら、彼女はそっと目を閉じ、返事を返す。
「うん……わかった。」
暗い目蓋の裏側で、堀川が微笑む気配を感じる。
きっと今の自分は、とても可愛くない…目をぎゅっと瞑って、口を引き結ぶ、というような小難しい顔をしているに違いない。
せめて、もう少しそれらしい表情が出来たらよかったのに。
しょうもない事を考えていると、不意に口付けが降ってくる。
拒むでもなく、柔らかくくすぐったいような感じを味わっていると、堀川の片手がするすると下りて、着物の袷へ辿り着いた。
そのまま、慎ましやかで弾力のある膨らみを薄い布越しに幾度か撫でたり揉んだりしているうち、立ち上がってきた小さな突起をゆるく摘まむ。
…痛みはないが、何となくむず痒い。
それを左右交互に。
一定の間隔を空けてされると、気持ち良さが勝り、鼻に掛かるような甘えた声が上がった。
自分で出しているにしても、その声はあまりに生々しく、まだ理性が居座る脳内には少しばかり刺激が強すぎる。
ほとんど無意識の内に、声を呑み込むようにして抑えるという行動を取ってしまうのはごく自然な事だろう。
「ぅ……んっ…く、ぁあっ!」
弱々しく喘ぎ、ぎゅっと瞑った目の端には涙が滲む。
しかし、ほんの少しの水滴が目の縁を濡らしているだけ。
たったそれだけだというのに、彼はそれを目ざとく見付けたのか、胸を触る手を止めた。
胸元から手の感触や温かさが消えるのを感じ、少々間が空く。
ふっ、ふ…と、乱れた息もそのままに、ひとまずは刺激が過ぎ去った事に気が付きはしたが、同時にはっとした。
どれだけ待っても、彼の手がこちらに触れてこようとする気配は無く、いつもなら彼女を心配する言葉が寄越される所なのだが、周囲は妙に静かで、自身の荒い呼吸が耳に入ってくるだけだ。
…もしかしたら。
いや、もしかしなくても、自分は堀川に対して失礼な事をしてしまったのではないか。
そういえば、いつものように流れで『途中で怖くなったり、痛かったりしたら、我慢しないで教えて』と言われた事を思い出す。
自分的には痛くも怖くもなかったから、行為を止めてほしいと声を上げることはなかったのだが、彼からしてみればそのどちらかに見えた、ということだろうか…。
嫌な予感に体を震わせ、恐る恐る目蓋を上げて彼の方を見やると。
−−−彼は、今まで見たことがないような顔をしてこちらを見下ろしていた。
覆い被さるような体勢も相まってか、どこにも逃げ場がない。
正直に言うと、閉じ込められている…そんな心地がするのは、気のせいだろうか。
堀川と自分は、身長も体格もさして変わらないはずなのに。
いつもなら手に届く範囲にある見た目相応のあどけなさや可愛らしさは見る影もなく、今はただただ男性的な面影が色濃く出ていた。
今の彼は、嬉しそうではあるが、同時に危険な仄暗さも持ち得ているような…。
とにかく、何とも形容しがたい曖昧な表情をしながらも、瞳に狂喜的な色を浮かべてこちらを見据えていた。
一瞬だけ、何かを予感するように自らの体がびくりと跳ねる。
布団の上で縮こまるような主の姿を認めた堀川は、すうと目を細め、その動きを諫めるように柔く白い頬へと指を這わせた。
自分の行動を咎められるのだろうか。
物言わずにこちらを眺め下ろす青に囚われ、体は勿論、唇さえ動かせずにいると、ずっと閉ざされていた彼の口がついに開く。
「主さん。僕は……、」
ごく真剣な色を帯びた声ではあったが、そこから先は部屋を満たす湿った空気に吸われ、聞く事がかなわなかった。
どうやら、彼女を咎めてはいないらしいが、如何せん声が小さすぎて何を言っているかは分からない。
「………?」
首を傾げ、堀川を見上げていると、自分の言ったことが何一つ伝わっていないらしいことを悟ったのか、彼は深く溜息をつき、ばつが悪そうに目を逸らす。
「………ごめん、いきなり。」
びっくりしたよね…?
ほんの少し自嘲気味に笑って、彼は脱力した。
依然として瞳の奥に仄暗さはあるものの、自分が良く知る堀川が戻ってきた気がして、ひとまず安堵する。
ただ、彼は気が回る分、細々とした事まで気にする質であるから、今も例に漏れず、先程の事を気にして俯いていた。
それが、あまりにしおらしいものだったから───。
彼女はほとんど無意識のまま口の端を吊り上げ、上目で彼を見やる。
「大丈夫、だよ…?」
私なら、大丈夫だから。
…一体、何を根拠にそんな事を言ってしまったのかは分からないが、気が付いたら、自らの内側にだけ止めていた言葉が外に出ていた。
対して、そんな事を言われるとは思ってもみなかったのか、彼は面食らったような顔をしてこちらを眺め、溜息をつく。
「もう…かなわないな、」
しごく小さな呟きの後、掬うようにして手を繋がれ、当然であるかのように優しく指先が絡められた。
その細やかな動きにすら心が震え、頬や耳に熱が散って、薄く紅を付けたかのように色付く。
…どうして堀川はこんなに優しくしてくれるんだろう。
考えているうちに、堀川の声が耳朶で揺れる。
「続き…しよっか?」
恋人が褥で囁くような声音に縋ってしまいたい気持を押さえ、彼女は小さく頷く。
雰囲気はそのままに、再び始まった愛撫を全て受け取り、夢でもみているかのような心地のまま彼に体を委ねた。
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