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▼ §宿命/石切丸

*捏造あり、シリアスありにつき注意。


今現在石切丸が仕えている主は、どちらかといえば過去を振り返らないタイプの女である。

それが良い意味かどうか、というのは抜きにして、彼女は現在や未来を大切にしたいという意識の方が強い人間らしく、誰もが呆れを通り越して感心するレベルには前向きな性格なのであった。


最近では『前向き』というよりかはむしろ『前のめり』の方が適切なのではないかと疑い始める勢いではあるが、類は友を呼ぶと言うのは本当らしい。

事実、彼女は気性も物の考え方も似ている鯰尾藤四郎ととても馬が合うようで、よく二人で一緒にいる所を見掛ける。


尚、彼女は楽しい事も大好きなようで、ほぼ毎日のように短刀達に混ざって遊び回っている他、ある時は驚きを求めて鶴丸国永と一緒に本丸を奔走してみたり、かと思えば歌仙兼定のとこへ行って活花や茶の湯を習ってみたりと、とにかく自身の興味の及ぶ分野には何にでも手を出す。

一度挙げ始めればキリがないが、それ程までにいつもの彼女は元気で、子どものように活発で無邪気な。


…そんな彼女が、今日に限って異様に静かなのには何か特別な訳があるようにしか思われなかった。

短刀達の遊びに混ざる事もなく、鯰尾に話しかけられても生返事を返してばかり。
誰に何と誘われても、のらりくらりと話を逸らし、何も手に付けようとしない。


こんな事は今まで一度だってなかったし、初期刀の陸奥守に、何かあるのかとこっそり問うてみても、こんな事は初めてだ、と首を傾げたところで話が終わってしまう。


朝餉の時間から今の今までずっとその調子だから、皆彼女を心配しているのだが…当の本人は余程何かを思い悩んでいるのか、何を聞かれても適当にはぐらかすばかりであった。


***


結局、主は出された昼餉にもほとんど手を着けなかった。

どんな時でも、出された物はしっかり胃に収めるはずの主が、朝餉のみならず昼餉も口にしない。


これは、石切丸だけで無く、他の刀剣男士にも大きな衝撃を与えたらしい。


『主は、もしかしたら何処か具合が悪いんじゃないか、』

『もしかしたら政府から何か変な書状が来て、主は思い悩んでいるのではないか、』

…等と、各々で勝手な推測を立て、にわかに騒ぎ始めた刀剣男士達によって白羽の矢を立てられたのは、例に漏れず石切丸であった。


選出の理由も様々であったが、大まかに纏めると、病気治癒の専門が彼である事と、万一、主に何か憑いてああなってしまっている場合でも、石切丸ならば難なく斬り伏せられるだろう、という事らしい。


自身からしてみると、主の様子は気になっていたが、それは彼女と親しい間柄の男士が何とかするだろうとばかり思っていたから、今回の急な指命には、驚き半分嬉しさ半分といったところである。

───もっとも、真剣な顔をした短刀達や鯰尾に詰め寄られ、何とかしてやってほしいと頭を下げられてしまったのでは、どうにも断れなかったというのもあるが。


そんな経緯もあり、やるだけやってみようという心持ちの下、彼女が浮かない顔をしてもぶらぶらと廊下を行ったり来たりしているのを捕まえて自分の部屋に招き入れてはみた。

しかし、彼女は部屋に入るなり、行儀良く正座をしたきりぼんやりと庭を眺め出すものから、少々困ってしまう。


彼女が庭先に咲いたツツジの花や全体的な景観を楽しんでいるのならば、やたらに声をかけるのは不粋というものだろう。

こちらに興味を引かせるという名目で茶と茶菓子を出してはみたが、彼女は僅かな笑みを浮かべて『ありがとう』と言ったきり、朝餉や昼餉の時と同様、どちらにも手を付けようともしない。


いつもなら、ちょっとオーバーなくらい喜んですぐに手を付けるはずなのに。

これは大分重傷である。


冷え始めた茶を尻目に、少しおおげさなくらい音を立てて隣りに躙り寄っても、やはり彼女は微動だにしない。

しかも、よくよく気をつけて見ていると、彼女はただ庭の風景を眺めているのではないようだった。


もっと言えば、確かに庭を見ているには違いないのだろうが、ここではない、どこかもっと遠い所を眺めているような…。

そんな感じがする。


このまま放っておくと、自分の知っている彼女が何処かへ掻き消えてしまうような。
そんな空恐ろしい考えが頭を過ぎり、石切丸は堪らず主に声をかけた。


「───何か、あったのかい?」


朝からずっとその調子だね、と。

極力柔らかな声音で投げかけた問いに反応し、彼女は緩く首をひねってこちらを見る。

その隙を逃さぬようにして、石切丸は彼女の思い悩みの核心を突こうと試みた。


「悪い夢を見ただとか、体の具合が悪いとか…そういった類の事なら、何か力になれるかもしれない。だから、主さえよければ、話してくれないかな?」


…その他に『皆も心配している』という旨を伝えると、当の心配されている本人はじっとこちらを見つめて。

かと思えばすぐに目を逸らし、また庭の方を眺めだしまった。


「(…これは失敗してしまったかな、)」


石切丸の今居る位置からでは、彼女の表情を読み取る事は出来ず、見えるものと言えば、長い黒髪を無造作に結んだ小さな後ろ姿くらいである。

それでも、主の数少ない露出箇所である耳元から首筋にかけてが赤くなっている様は目に留まるから、もしかしたら怒らせてしまっただろうか、という疑念が石切丸の中で渦を巻く。


そうなのだとすれば、気に障った言い回しはどこだったのだろうか。

流石に困ってしまって軽く頬を掻いていると、突然『石切丸』と自分を呼ぶ声がする。


ごく小さく。

雨音がもう少し強ければ、掻き消されてしまうほどの微かな声だったが、それは確かに、前方に座る彼女の口から発せられているものだった。


「あの………ね、石切丸。」


相変わらず、こちらに背を向けたままではあるが、ようやく何かを話してくれる気になったらしい事に喜びを感じ、石切丸は、その薄桃色の唇からこぼれ落ちる思いを聞き漏らさんとして、静かに彼女の近くへ移動した。

それを待ってか、審神者はたっぷりと間を取って。
やはり、やっと聞き取れるかどうかという程度の声量で話し始める。


「これから私が言う事、怒ったりしないで聞いてくれる…?」


「ああ、怒ったりしないよ。話してごらん。」


即答を得られた事に安心したのか、彼女はいくらか落ち着いたようだった。


「…昨日の夜ね、政府から私宛に手紙が来たの。これからの事で、どうしてもすぐに返事をしてもらわなきゃいけないことがあるって。」


…何だったと思う?

その問いに答えるべく、石切丸は少々考えた後に言葉を発する。


「………縁談かい?」


もっともらしい事を言ってはみたが、彼女の落胆したような様子から察するに、どうやら外れてしまったらしい。

そうだったらまだ良かったのにね、と首を振り、彼女は言葉を紡ぎ続ける。


「石切丸は、審神者の任期が平均で何年かは知ってる?」


「さあね…人によって違うとは聞いたけれど、基本的には三十年ではなかったかな。」


「うん、そう。皆、大体そのくらい。私は今年で三年目だから、残りの任期は二十七年のはずなんだけど………。」


そこで彼女は言い淀み、俯く。

巫女装束を纏ったその体は微かに震え、何かに怯えているようで痛ましい。
また『これから口にすることは、果たして良いことなのか、悪いことなのか…、』と迷っているようでもあった。


彼女があまりに苦しそうなもので、こちらの心臓まで鷲掴みにされているような気分になってくる。


それにしても。

『怒らないで聞いて、』等と前置いて話し出したからには、何か並ならぬ理由があるならだろうとは覚悟していたが、ここまで言うに困るとは。


余程のことなのだろうな、と思って、石切丸はいつまでも結末を言い出せない彼女に助け船を出す。


「…………審神者の任期が伸びたのかい?」


苦い確信を持ってこちらから問いかければ、彼女は弾かれたようにこちらを振り向いた。

見開かれた瞳には仄暗い絶望が宿り、今にもこぼれ落ちてその頬を濡らしてしまいそうな熱い涙の膜が張っている。


「なんで…、分かるの。」


恨めしそうに向けられる言の葉を優しく受け止め、石切丸は脱力した笑みを浮かべる。


「分かるさ…、主の話を聞いているのが私でなくとも、大抵者は途中でそれに気が付くと思うよ。」


「………………。」


「主、政府の方は何と言っているんだい?」


差し支えない範囲で教えて欲しいと頼めば、彼女は青い顔をして、審神者の人数は相変わらず少ないままで、今現在前線に立つ審神者に負荷をかけざるをえない現状の説明と同時に、一生をかけて歴史修正主義者との戦いに身を捧げるよう文面での同意を求められた、という旨を話してくれた。

刀剣男士に拒否権がないように、当然ながら自分達の主である彼女にも拒否権は無い。


もし仮に、雇い主の政府に刃向かえば何が起きるか…。

そういった諸々の事を心配するよりかは、どんなに理不尽な内容であろうと頷いて従う方が賢いに決まっている。


つまり、これで彼女は一生この本丸の主として戦い続けなければならなくなったわけだ。

ある程度の年齢であるならば自然と諦めもつく事だろうが、彼女はまだ若い。
故に、その知らせは非常に酷であった。


「かわいそうに、辛いだろうね…。」


自然と漏れ出した言葉に対し、彼女は慌てて反論する。


「わ、私は…皆と一緒にいる事が嫌なわけじゃないよ。皆のことは、大好き…だし、このままずっと本丸に居ても、現世に帰れなくても、いつか戦いが終わるなら、私はそれだけで………。」


「『それだけで充分』とでも言うつもりかな?」


「…うん。嘘じゃないよ?ほんと、だから。」


「言う割には、泣いているじゃないか。」


「……………。」


指摘した直後に、彼女は着物の袖で乱暴に涙を拭う。

それでも、涙は止まるどころか、溢れ出る一方だ。


「主、」


幼子のように涙をポロポロと零す審神者の手を握り、始めにしたのと同じように極力優しく語りかける。


「本当は、どうなんだい?」


「ど、どうって………。」


「『主の気持ち』だよ。このままだと、主はずっと私達と暮らし続ける事になる。それは嫌なんじゃないかい?君自身の家族や友達にも会わせて貰えなくなるかもしれない。現世にだって、出て行けなくなるかもしれない───それでも、ずっと後の。来るかどうかも分からない日の為に、自分の一生を犠牲にするのが平気だと言える?」


…彼の言葉を全て聞き終わる前に、彼女は涙を拭くのを止めていた。

しゃくりあげ、悔しそうに唇を噛み、目を赤くして泣き続ける。


幼子の精一杯の抵抗のように大泣きし始めた彼女の背中を優しく撫で、嗚咽に混じった声を拾い上げて聞いてみると、やっと苦しい心の内が見えてくる。


『任期が伸びるのが嫌だと思ってしまった、』

『ここにいて自分を慕ってくれる皆がいるのに、時々どうしてか、現世の家に帰りたくなる時がある。』

『皆のことは本当に大事に思っている反面、今回の処遇が悲しくて仕方が無い、』

『こんなふうに思ってしまう自分が、本当に情けない。』


これと似たような事を何度も繰り返し聞きながら、石切丸は幾度も相槌を打つ。

…出来ることなら、この素直で可愛らしい人の子を、今すぐ元居た場所に返してやりたいとは思うが、それはどう足掻いたところで叶わない。


今や、彼女は政府の所有する審神者の一人であり、自分達は彼女の所有する一刀剣男士である。

逆立ちしたって変わりはしない現実にはいつだって辟易させられるが、それも仕方の無いこと。

審神者には『歴史修正主義者との戦いに一生を捧げねばならない』という宿命があるように、刀剣男士にも『折れるまで戦い続けなければならない』という、物である故の宿命があるのだから。


ともあれ、これから先は途方もなく長い。

だから、審神者が自身で醜いと思い、溜めてしまう思いを自分達が上手く聞き出して受け止めてやることが必要だろう。

…それがどれだけ悲しく、傷付く作業であっても。


自分達が彼女の物で。

彼女が泣いている時に優しい言葉をかけるための声があり、彼女が寂しい時に抱き締めたり宥めたり出来る腕があり、彼女がどこへ行こうと後をついて歩ける足がある限り、どんな思いや願いも受け止め、優しく見つめ続ける事が出来るのだろう。

どんなに時代が移り変わっても、それが物の持つ宿命なのだから。


end

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