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▼ *少女/和泉守兼定

※微エロ要素につき注意。


話せば長くなる。

その日は、久々に任された夜警の途中で、何故だか異様に強い眠気に襲われていた。


いつもはもう床についている時間だったから眠くて仕方が無い、というのもあったとは思うが、その時は気を抜けばうっかり立ったまま眠ってしまいかねないほどで。

いっその事、誰か起きている者がいれば夜警を代わってもらいたいくらいであったが、生憎夜更かしをしている者もおらず、欠伸を噛み殺し、時に頬を抓り等しながら壁にもたれ掛かるようにして夜警を続けていた。


それでも眠気は強まるばかりで、丑三つ時の頃には、目を覚ますという名目で本丸中を歩き回る事となってしまった。


どこぞの本丸では、夜警は夜戦を得意とする面子だけで組まれているらしいが、ここの本丸では、短刀や脇差、打刀等以外にも、太刀に大太刀。

加えて槍というような野戦に向いていない面子にも夜警が回る。


以前は『何故こんなに効率の悪いやり方をしているのか』と主に問うたこともあったが、実のところ、真相は彼女にも分からないらしい。

誰かが夜警当番について不満を言ったために、便宜上夜目の効かない刀種にも均等に割り当てられるようになったという説が有力なようだが…。


そこまで頭を働かせた所で、いつの間にやら空き部屋の方まで来てしまっていた事に気が付く。

ふと顔を上げると、突き当たりの空き部屋の隙間から、ちろちろと暖かな光が漏れ出しているのが見えた。


あそこも確か、誰の部屋でもなかったはずだったが…。
疑いもなく、自身の足は吸い寄せられるかのように明かりの方へと向いていた。

今思えば、明かりが見えた時点で何故曲者かもしれない思わなかったかが不思議でならないが、とにかく、こんな時間に誰が何をしているのかが気になり、都合良く一つだけ空いていた障子の穴から、中の様子を覗き込んだ。



中には特に目立った埃も塵もなく、放置されたままの空き部屋にしては綺麗な方である。

使われていない家具には白い布がかけられ、誰の好みにも染まっていない部屋はいつ見ても新鮮なものだが───部屋の右端の方には、良く見知った者の姿があった。


部屋の中央に行燈を置いたままにし、こちらに背を向ける格好で椅子に座っていたのは、紛れもなく自分の主であった。


彼女は、小さな椅子に姿勢良く腰掛け、鏡台にかけられた布を半分ほど上げた状態で何かをしている。

…よくよく目をこらして何をしているのかを眺めていると、彼女は自分の唇に真っ赤な紅を塗っているのだった。


小指で紅を掬い取り、少量唇に乗せては馴染ませていく。

手間のかかる作業を何度も続けていくうち、その唇は熟れた桜桃のように艶めいた赤色になっていた。


白い肌に媚びぬ鮮烈なその色は、一見浮いているようでもあり、よく馴染んでいるようにも見える。


満足したのか、鏡に向かって微笑んでみせる彼女には、既に少女の面影はなく、全く別の。

例えるなら、酸いも甘いもかみ分けた女が纏うような匂い立つ色香がある。


はてさて。
女は化粧で何とでも化けると言うが、紅を引いただけでこれ程違うとは。

男にはあまり浸透していないない習慣であるだけに、食い入るように見てしまうのは大目に見て欲しい。


どちらにせよ、自分としては女の化粧の一部始終をまじまじと眺めてしまったという罪悪感と、なぜだから早鐘を打ち始める心の臓が妙だな、と思うくらいだが。

それでも尚彼女から目が離せず、障子に体をくっつけるようにして中の様子を覗っていると、鏡越しに視線がかち合う。


身を翻す暇も無かった。

彼女は別段怒る様子もなく、赤い唇の端をゆるりと吊り上げてこちらに話し掛けてくる。


「まぁ…嫌だわ、そこで覗いてるのは誰?」


平常とは違う女性らしい言い回しにどきまぎしながらもそっと障子を開けると、やはり彼女はそこに座っている。


「すまねぇ。つい気になって、」


さすがに悪いと思って頭を下げると、彼女は近くに寄ってきて小さく問う。


「…見てたのね?私が紅を差すところ。」


観念して頷くと『ねぇ、屈んでくれる?』等と言うからその通りにすると、彼女の白魚のような手がしっかりと首に回される。

途端に距離がぐっと近くなり、彼女の柔らかな黒髪が勢いに任せて揺れ、僅かに頬を擽った。


「………は、」


あまりに急な事に頭がついていかず、咄嗟に彼女から離れようとすると、それよりも早く唇に何やら柔らかい感触が乗り、薄く開いた口の隙間から僅かな紅の味が流れてきて舌先に転がった。


彼女から、口吸いをされている。

そう認識すると同時に、ささやかな衣擦れの音が耳に届き…今度は、視界の中央へ突如現れた物に目を奪われる。


白く、ふっくらとして。
滑らかで柔らかそうな曲線の。


「私の………女の裸を見るのは初めて?」


悪戯っぽく問われて、意図せず頬に熱が集まる。

主はいつの間にやら自身の寝間着の帯を解いて畳の上へ脱ぎ落とし、文字通り一糸纏わぬ姿でそこに佇んでいたのだ。


「お、おい…一体何するつもりだよ。」


そんな格好じゃ風邪引くぞ、と苦し紛れに言って、自身の肩に掛かっていた浅葱色の羽織を着せたところで何も変わりはしない。

彼女は妖艶に笑み、手を伸ばして抱きついてくる。


「………ねぇ、兼さん。私がこんな時間に化粧してた事、誰にも言わないでいてね?」


でないと、困っちゃうの。

凄まじい色気を纏い、彼女は鼻に掛かった甘い声音でそう語りかける。


おまけに鼻先には女の香りが纏わり付き、否応なしに和泉守を頷かせた。

直視するのが憚られる現実に困り、目を泳がせていると、今度は安心したようなしっとりした声音が鼓膜を震わせる。


「そう…よかった。じゃあ、お礼をするわ。」


───内緒よ?

確認のように細く呟いたかと思えば、彼女は大胆にも白い肢体をぴたりと重ね、上目でこちらを眺める。


その様につられるかのようにしておずおずと頬に手を添えてやると、彼女はクスリと笑みを零し、少々背伸びをして食むように唇を重ねてくる。

溶けるような熱と、甘く香る体。
今まで体感したことのないような事ばかりが続いて参ってしまう頃、空はようやく白み始めた。


夜明けと同時に化粧を落とし、何事も無かったかのように少女の面をして見せた彼女の変わり様を惜しく思いながらも、これで良いと言わんばかりに笑みを浮かべているのを止めることも出来まい。

こうして、春の宵口に夢を見ているような感覚が抜けないまま、和泉守の夜警は終わった。


思えば、主との関係はあの夜だけであり、互いに押しも引きもしなかったため、不埒な関係が続くことは無かったが。

…後にも先にも、女性らしい色香を纏ったを主を見たのはあれきりだった。


それ以降薄い紅の味と甘い香りは未だに自身の周りについて回るが、何度彼女に会いたいと願っても、あの夜の主には二度と会う事が無かった。


end

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