▼ 勤労感謝の日/へしきり長谷部
*勤労感謝の日ネタで短く。
*刀剣男士に『ありがとう』を伝えたい人向け。
今日はいつもと違って、出陣も遠征も無い。
どちらかというと、主の元へ参上し、どんなに申し出ても『たまには体を休めて』『自分の好きな事をして過ごして』と言われるばかりで丸一日が過ぎようとしていた。
やる事といえば、おおまかに分けられている主要な内番くらいであったが、突然降り出した雪のせいでそれらも取りやめとなってしまった。
明日からはまた新しい戦場に赴かねばならないというのに、正月の如く全員が本丸に揃い、どんちゃんと騒いでいるせいで空気が緩い。
かくゆう自分も先程から鶴丸や日本号に酒を勧められるままに飲み干しているのだが。
−−−先程から何故か数分単位で酒を飲む席から一人、あるいは数名の刀剣男士が立ち上がり、部屋を抜け出していっては綺麗に包装された何かを持って嬉しそうに戻ってくるのである。
クリスマスにはまだ早い気がするが、今日は何か特別な行事があるのだろうか。
そうこうしているうちに、ついさっき愛染と一緒に席を立った蛍丸が、水玉模様の紙でしっかり包まれた何かを大事そうに抱えながら、とてとてとこちらに近付いてくるのが見えた。
「長谷部。主が呼んでるよ、」
「主が…?」
「うん。何か急いでるみたいだから、早く行った方がいいかも………って。」
かたん、と物音がした直後。
こちらを注視していた薄緑色の瞳はいきなり音がした方向を眺め始め、それに倣って視線を移した先には、今まさに部屋へ入らんとする主の姿があった。
その胸には、皆が手にしているような包みが抱かれており、彼女のそんな様子を見ているだけでドクドクと脈が速くなる。
しばらくぼうっと眺めていると、とある拍子に彼女と目が合う。
柔らかそうな唇の動きからして、恐らく『はせべ』と、自分の事を呼んでいるらしいのは分かるのだが、何分周囲が煩いために後に何と言っているのかは聞こえない。
立ち上がり、彼女の方へ足を進めると、嬉しそうな笑みを浮かべて、ひょいと廊下に出てしまわれた。
小動物のような挙動に頬を緩めながら廊下に出てすぐ、待ち構えていたかのように横から包みを差し出された。
「主、これは…?皆、似たような物を持っていたようですが。」
…俺に下さるのですか?
そう問えば、主はどことなく嬉しそうに笑う。
「もちろん。実は、さっきから何人かずつ呼んで渡してたの。そしたらね。ほら、ここは結構な大所帯でしょ?だから、長谷部が最後になっちゃった…ごめんね。」
「いいえ。滅相もございません。しかし、主から物を頂いたからには何かお返しを…、」
そう言い掛けた途端、彼女は困ったように『そうじゃなくて、』と話を遮る。
「これは…その。お返しが欲しくてあげたわけじゃないから。気にしないで。」
「しかし、それでは主に申し訳が…。」
「……あのね、長谷部。今日は『勤労感謝の日』っていって、いつも働いてる人に感謝を伝える日なの。だから、頑張ってくれる皆にお礼をしたくて準備した物なんだ。」
だから、あの…。
「………いつも、ありがとう。長谷部。」
頬をほんの少し赤くし、はにかむような笑みを浮かべてそう言う彼女は年相応に見えて微笑ましい。
刀であった頃にはかけられる事の無かった言葉が自分にかけられているのだと思うと、どうにも嬉しくてたまらなかった。
俺はこれからも、この方に仕えよう。
日頃の労苦を、こんな形で労って下さる心優しいこの方を支えよう、と。
そこまで思った所でじわりと視界が潤んだ。
「…長谷部、大丈夫?な、何で泣いてるの!?あ、もしかして嬉しくなかった?」
「いいえ、そんな事はありません。ただ、主のお気持ちが嬉しすぎて………!」
「待って、待って。どうしてまた泣くの!?ちょっと、誰か−!ハンカチ…ううん、何でも良いから拭くもの持ってきてあげて!!」
慌てて部屋の中に叫ぶ彼女を見てつくづく思う。
人で言う所の『幸せ』というのは、こういった事を言うのだろう、と。
end
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