▼ 夜長/浦島虎徹
*短い。
*『寝かせない』がお題。
景観を変えるなり、早々に出したホットカーペットの温もりを足下に感じながら、文机に突っ伏す。
先程から幾度となく繰り返した動作を咎めるかのように、のそのそと書類の間を往き来していた小さな亀が、まるで菩薩のような表情のままボールペンの上に前脚を乗せた。
どうやら『仕事を続けろ』と言いたいらしいが、生憎、こちらはもう頑張れる限界値を超えている。
いくらのほほんとした表情で諭されたって、自分にしては十分すぎるくらい仕事を頑張っている方なのだから、むしろ褒めちぎって貰ってもまだ足りないくらいだ。
「かめきちー…、主さんね、今すっごく眠いんだ…。10分だけ、ねえ。5分でいいから寝かせてくれない?」
浦島の口調を真似てそう言ってみるが、亀吉は先程と変わらぬ顔のまま、前脚で再度ボールペンをたしたしと軽く叩くのみで、頑として譲らない。
間髪を入れず、背後からはやけにはつらつとした声が若干嬉しそうに『主さーん、そっちどう?進んでる?』と、仕事の進度を確認してくる。
…この刀剣男士は、何でこんなに元気でいられるんだか。
「あの…もしかして、たのしい?」
まさかと思ってそう問えば、何の躊躇いもなく『うん!』と元気な声が返ってくる。
こっちは眠くてたまらないというのに、羨ましい限りだ。
先日から始まった大阪城の各階の調査並びに、新しい刀剣男士『包丁藤四郎』の入手状況等々、普通こんな事まで細かく聞くヤツがあるか、と思うくらいに大量の報告書やアンケートをやっつけねばならないのは今に始まった事ではないと言ったって、限度があると思う。
欲しくなくてもひとりでにやって来て仕事部屋に居座るこれらのせいで、ここ数日纏まった睡眠が取れないのはお分かりだろうが、自分の黒髪に白髪が混じり始めたのは解せない。
今や気力だけで何とか開けることが出来ている目をゆっくりと動かし、文机の上を再度見渡すと、亀吉がのたのたと書類の上を歩いて行き、とある一点で止まる。
何事か、と仕方なく起き上がって亀吉のいる場所をよく見てみると、明らかな誤字が目に留まり、本格的に嫌になった。
「もうやだ…、眠い。」
寝かせて下さい、お願いします。
誰を拝むでもなくポロリと漏れた一言に、浦島は横から大きめのマグカップを差し出した。
中になみなみと注がれていたのは、これでもかというくらいに濃いコーヒーだ。
「俺も飲むからさ、主さんも頑張ろうよ。」
苦い物はあまり好きではない、という彼も同じくらいの大きさのマグカップにコーヒーを注ぎ入れ、目の前でがぶがぶと気丈に飲み干す。
やだ、かっこいい───なんて思う間もなく、彼女はまた文机の上に潰れる。
…こうしてまた振り出しに戻るわけだが。
end
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