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▼ *短夜/〃(下)

まだ直接的な行為には及んでいないものの、場の空気と、目の前で艶やかな表情をして見せる男の纏う色香に当てられ、彼女はすっかり参っていた。


口で息はしているものの、呼吸自体が非常に浅いものであるために、上手く体に酸素を取り込めない。

こんな事をするのは久し振りだから…というのは言い訳に過ぎないかもしれないが、どうやら自分の体は、一月の間に、キスの後の息の吸い方も忘れてしまったらしかった。


何とか息を整えようとしている隙に、彼の手はするりするりと彼女の肢体を撫で回し。
気が付いた頃には、腕に寝間着の袖が申し訳程度に引っかかっているくらいで、他は全て脱がされてしまっていた。


「相変わらず、私の指や手に、ぴったりと吸い付いてくるような素晴らしい体をしていらっしゃる…。」


彼の口から感嘆とも取れるような言葉が転がり落ち、剥き出しの肌に手や指で触れていくのと同時に、彼女はほとんど動かせない体を僅かばかり捩って赤面する。


「あ、あんまり、いろんな所触らないで…。」


恥ずかしいの、と言おうとしたが、それはすぐさま喉の奥に沈んでいった。


未だ手袋をしたままの一期の手が、つう…と腹の辺りを滑り、彼女の白く柔らかな双丘の片方に辿り着く。

そうかと思えば、彼の手は、丘の頂にちょこんと立ち上がって存在を主張する小さな桃色にそっと触れた後、弄くるようにゆるく引っ掻いたのだ。


手袋越しのために痛みはないけれど、爪が。
それに加え、指の先が、胸の先の突起を確かめるかのようにそこを弄くりまわしているのが分かる。

むず痒いような感覚が走り、そこを何度も苛められる度に、感度が増していくような気がした。


まるで春画の一コマのような光景に羞恥を覚え、咄嗟に目を逸らしたはいいが、次の瞬間。

ぬるり、と。
胸の先を、熱い何かが掠めた。
続いて、控えめながらもそこを緩く食み、吸い上げるような動きが加わる。


突然の刺激に、布団に横たえた体がびくりと跳ね上がった。


「………っ!?」


大きな声が出そうになり、両の手で口を塞げば、くぐもった喘ぎ声が指の間から小さく漏れ出す。

涙で潤んだ瞳を自らの胸元に向ければ、女性の体の中でも、かなり柔い箇所として認識されているそこに顔を埋め、僅かに揺れる浅葱色が見えた。


ちぅ、と。

赤子が乳を吸う際に聞こえるような高い音が耳に届くと同時に、彼女は、何とも形容しがたい心地に襲われる。


痛いわけではない。
むしろ気持ち良ささえ感じるが、もっと根本的な所を述べるとすると、今までは何度か胸を弄くられる事はあったのだが、こんなふうにされるのは初めてかもしれない。

加えて、恥ずかしいと感じれば感じる程、自分の体の奥が甘く疼き出すのがはっきりと分かってしまい、頬や耳の辺りが熱くなった。


『それは嫌、』ときっぱり言えるのならばまだ救われる余地があるが、状況が状況なだけに、声を出せないのが何より辛い。


いっそ、もっと乱暴に体を暴かれた方がどれだけ楽だろう、等と、とんでもない事を考え出す頃になってから、一期はやっと胸元から顔を上げた。

口元が唾液でわずかに濡れ、艶めく様や、それを無造作に拭う姿。
そのどれを見ても、目眩がしそうなくらいに扇情的で…。


そんな具合に翻弄され、開始早々すっかり息が上がっている自分とは対照的に、彼には余裕があった。

先を軽く噛んで抜き取った手袋を後ろに放り、豪奢な作りの上着を脱ぎ捨てる。
そうして、灰色のシャツの袖口を捲り、黒いネクタイを緩める姿は、何だか新鮮だ。


よくよく考えてみると、一期と事に至る際は、大抵、非番の日や、内番が終わった後等、比較的堅い格好をしていない時に限定されていたような感じがする。

今まで気にしたことは無かったが、実際に彼が正装を崩す所を見たのはこれが始めてであり、どうりで見慣れないわけだと自分でも納得してしまう。

まじまじと観察をされている事を分かってか否か。
一期は、やけにゆっくりと身支度を行い、時々こちらに視線を戻しては、いつもと何ら変わらぬ優しい笑みを向けるのだ。


「…申し訳ございません。」


今しばらくお待ちを。

そう告げられてすぐ、蜜のような色の瞳にしっかりと捉えられ、全て一期に見られているのだと思うほどに、体中がまた熱を持ち始めた。


「(あんまりっ…見ないでって、言ったのに…!)」


久々だというのに容赦の無い視線を浴びせられ続けて火照り、肌に浮いた汗でしっとりと湿った体を目の当たりにし、彼はクスリと笑う。

そうして、奥の方から蜜をしとどに溢れさせる秘所へと指を滑らせた。


「〜っ、うっ……!?!?」


一生懸命に口を塞いでも、押さえきれなかった分の喘ぎ声が漏れる。

再度そこを撫でられると、また新たに流れ出た物が彼の指を濡らし、卑猥にてらついた。


嫌、だめ…と。
口で言う代わりに何度か首を振ると、彼は一度手を止め、焦らすような言葉を並べて彼女を叱る。


「…そうは言っても、本当はお嫌ではないのでしょう?」


嘘はいけません、と静かに告げられると共に、彼女の要求はあえなく却下された事を意味していた。

彼の指は、依然蜜でぐしょぐしょに濡れている割れ目にピッタリ添えられたままゆるゆると往き来を繰り返し、時偶、ごく浅く内側の方を擦っていく。


気持ち良くなれそうで、なれない。

一期は、そのギリギリの所をよく心得ているようで、ただの戯れと呼ぶにはあまりに意地の悪い触れ方を止めようともしなかった。


ひんやりとした指がふやけて、いやらしい蜜越しに自分の体温が一期の方へと移っていくのを感じる。

熱く湿った息を吐き、縋るような目線を送ると同時に、秘所を弄くっていない方の手が伸びてきて、彼女の頭や頬をごく触れる程度にそっと愛撫していく。


…動作は極めて優しくはある。
気持ちいいとも思うけれど、やはり決定的な物は貰えない。

昇りつめる前に引いていく生温い快感に浮かされ、再度いやいやをすると、彼は待っていたと言わんばかりに、ほんの少し口を開け始めていた秘所に指を差し入れて一息に押し広げた。


途端に、くちゃっ…とひどく粘着質な音がして、奥の方から何か熱いものが滑り落ちてきて、欲しい物をはしたなく強請るのが分かる。


自分の意識よりも遙かに強く彼を求める体に戸惑いを隠せず、頬や耳まで赤く染め上げ、彼女はただ震えた。

その間にも、痙攣でもしているかのように、びくんと体が跳ねる。
息が弾んで苦しい、体中が熱い…まだ一度も達していないというのに、情事の際特有の纏わり付くような疲労感から、彼女は自らの口を覆っていた両の手を外して一期に伸ばし、助けを請う。


「いち、ご……おねがい…!」


助けて、と。

か細い声で懇願し、懸命に伸ばした手は、優しく握られる。


先程より、彼の手はほんのりと暖かい。

それだけだというのに、何だか安心してしまって目を閉じると、彼が覆い被さってくる気配がして、ぎゅう、と強く抱きしめられた。


その行為に対して、痛いと抗議するより前に、彼の呟きが耳を擽る。


「参りましたな…、主殿があまりに可愛らしくお強請りをされるものですから、これから先は優しく出来そうにありません。」


御容赦を。

最後の忠告とばかりに寄越された謝罪を受け容れるように彼の背中へ手を回せば、長い前戯の終わりを知らせるかのような荒々しい口吻が、そこかしこへ施された。


***


高く腰を上げ、枕に顔を押し付けるような状態で、彼女は荒い息を整えようと四苦八苦する。

陸に居ながらにして溺れる心地とは、まさに今のような事を言うのかもしれない。


大きな物を何度も銜え込み、酷使された秘所からは、ぐずぐずに溶けきって混ざり、最早どちらの物とも見分けが付かなくなった液が垂れて敷き布団に染み込んでいく。

しかしながら彼女は、そんな事すら気に留めないくらいに、一期と過ごす今の時間を大事に思っていた。


誰かにこんな姿を見られたら、という羞恥の念やら、どう誤魔化して汚れた寝具を丸洗いしようか…というような考えは既に消え失せており、代わりに脳内に居座っているのは、彼と付き合い始めた頃に抱いていたような純粋な恋慕である。

すき、好き…と。
言葉にならない気持ちを吐き出すかのように、奥が切なく疼いた。


そのうち、ぐちゅ…と生々しい音を立てて。
自らのそこが、熱くそそり立つ魔羅を押し付けられてすぐ、従順に奥へと引きずり込んでいく光景を、一期はどんな想いで見ているのだろう?

刀の付喪神に抱かれ、一時の快楽を貪るだけの哀れでふしだらな主と見るのか。
それとも、純粋に恋人として見るのか。

残念ながら、体勢が体勢なだけに、ここの場所から彼の表情を窺い知る事は不可能だが、せめて後者に近い見方をしていてほしい…。


少女漫画のようだ、とからかわれそうな事を考えている時、何の前触れもなく、めいっぱいに押し込まれ、彼女は弱々しい悲鳴を上げた。


───直後、何とか枕を強く抱いて顔を埋めたため、漏れ出した声は最小限に押さえられたはずだが。

強い快感に押し流されそうになりつつ横目で信濃を見やると、未だすやすやと寝息を立てて眠っている姿が目に留まる。


「(ほんとに、寝てるんだよね…?)」


いくら耳栓をしているとはいえ、完全に外界の音を遮断出来ないという事は重々分かっているつもりだ。

だからこそ『信濃は途中で目が覚めているものの、場面が場面であるだけに起きる事も出来ず、実の兄と主の一月ぶりの睦み合いを邪魔するまい、と気を遣って寝たふりをしている』等という気まずい展開になっている事もありえなくはない。


信濃にこんな姿を見られたら、本当に、何と説明しよう………。

こちらの不安を知ってか知らずか、一期は小声で『主殿、』と彼女を呼ぶ。


枕に埋めていた顔をほんの少しだけ上げて振り返ると、彼は薄らと笑みを浮かべて、背中の辺りに、つうと指を滑らせた。


「んっ……、」


肌の上を羽が滑り落ちるような僅かばかりの刺激では
あったが、いつもより長く様々な所を弄くり回されたせいか、彼女の体は過敏に反応してしまう。

その様を眺め、彼は嬉しそうに頬を緩める。


「ほんの少し触れただけでそんな声を上げて−−−私は太刀ですから、薄ぼんやりとしか主殿の姿が見えないのですが…今はさぞかし可愛らしいお顔をしていらっしゃるのでしょうな。」


見えない、と言う割には、的確に今の自分の姿を言い当てられてしまっており、それが恥ずかしくてそっぽを向くと、大きな手が伸びてきて、くしゃりと頭を撫でた。


「これまでは、たった一月の間、あなたに触れられないくらいどうという事は無いと自身に言い聞かせていたのですが…今、こうしていると、もっとあなたに触れていたい、と。他の男には、触れさせたくないと思ってしまう。」


…存外、私は嫉妬深く、強欲で小さな男のようです。


自嘲気味に呟くものの、一期の手は、彼女の体の輪郭を確かめるようにゆっくりと動いていく。

それだけではなく、入れたままだった魔羅でぐしゅぐしゅと内側を擦る動きも加えられてしまい、たまらず喉で声を上げた。


「あうっ…ぅ、」


息が跳ね、枕を抱く腕にも力が入る。

そんな中、自らの胎内に埋め込まれたそれは、一度動きを止めて、ずるずる…と、ゆっくり引き抜かれていくのかと思いきや。

油断して息を着いたその隙に、最奥までガツンと押し込められた。


目の前が白く塗り潰されたかのようにチカチカする。

鼻に掛かった甘い声が漏れ出て、薄い布に包まれた綿の中へと沈み込んでいくのと同じように、理性が深い所に引きずり込まれていくようだ。


相変わらず淫猥な音を撒き散らしながら絶えず与えられる快感は、彼女の思考を食い千切って行為に溺れさせるには十分すぎるくらいだった。

激しく腰を打ちつけられ、自らの内側も、それに応えるかのように波打っているのがまざまざと感じ取れた。


「主殿…っ、あまり、力まれますな、」


苦しげな一期の声が耳に届くも、今はそれどころではない。
呂律が回らぬまま、彼女は涙ながらに訴えかける。


「むりっ、むり…なの………んっ、う…あ
ぁあっ、」


後ろを振り返る事もままならず、されるがままに揺さぶられ、もう何をすれば良いのか分からない。
むちゃくちゃに後ろから突かれているというのに、気持ち良くてたまらないのだ。

そうして、彼女は一際甲高い声を上げ、絶頂を迎える。


乱れた息と、体から力が抜けていく感じ。

一期が何かを言っているのをどこか遠くで聞きながら、彼女はゆっくりと重い目蓋を閉じた。


***


次に目が覚めた時、周囲は明るく、鳥の声が聞こえていた。

美味しそうな匂いが鼻先を擽り、胃が空腹であることを訴えて小さく唸る。


そして、寝惚けたままの彼女の視界の端には、何故か明るい栗色がちらめく。


酷く怠い体を動かして目を擦り、よく見てみると、そこに居たのは前田だった。

彼はこちらに背を向けていたが、じゃぶじゃぶ、と水音がするところから察するに、何かを洗っているところらしい。


何でここに前田が居るんだろう…。

ぼんやりと考えているうち、彼は不意にこちらを向いて髪とお揃いの色の瞳を丸くした。


「起きていらっしゃったんですね。おはようございます、主君。」


「…おはよう、前田君。」


聞きたい事は多々あったが、前田が心配そうな顔をして『お加減はいかかですか?』と、遠回しながら体の調子を問うてきたものだから、彼女はほんのりと顔を赤くする。

まさか、一期と久々に寝てどうのこうの…という昨夜のいきさつを知っているが故にこんな事を聞くのではないか。


いや、待て。
そもそも、昨日の夜警は前田だった気がする。
自分としては、声は最低限に抑えたつもりだったが、まさか全部聞かれていた、という事は…。


冷や汗をかきながら、彼女はごく小さく返事をした。


「う…ん、ちょっと、全体的に怠いかも。」


そう答えただけなのに、彼は可愛らしい顔をみるみるうちに歪め『腰の辺りは痛みませんか?』『何かお持ちしましょうか?』と、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

気持ちは嬉しいが、目は口ほどに物を言うというのは本当らしい。

その証拠として、彼の瞳はどこか悟りきったような色を浮かべ、昨日はさぞかし大変だったでしょう、とでも言いたげにこちらを見下ろしていた。


前田は、前の持ち主の関係上、女性の寝床に居た事もあるらしく、艶事には少々耐性があるのかもしれないが、こんな可愛らしい見た目の少年の口から、大人も恥じらうような知識やら言葉が飛び出してくるとなれば卒倒しかねない。

彼が紳士で。
尚且つ、全て分かっているからこそ間接的な言い回しで、端から聞いてもそれ程怪しくないような会話にしてくれるのが唯一の救いだが。


「そ、そういえば…信濃は今どこにいるの?」


場の空気を変えるべく、咄嗟にそう聞けば、彼はにっこりと微笑みながら答えてくれた。


「はい。丁度夜警が終わる頃に厠へ向かった所を見たので、帰りに粟田口部屋の方へ誘導しておきました。」


続く言葉こそ無いものの、尻尾の方に隠れている物がどんな言い回しかは何となく察しがついてしまう。


「…じゃあ、一期は?」


「先程、遠征へ。出掛ける間際まで、主君の傍について手を握っていましたよ。」


お二人の仲が悪くなったわけではないと分かったので、少し安心しました。

一期と自分の仲を心配していたらしい前田の言葉が胸に染みる。


それと同時に、相も変わらずどこぞの御伽話のような事をさらりとやってのける一期の行動に、頬が緩む。

…さて。
出来れば、疲れて帰ってくるであろう想い人を玄関先で出迎えたいのだが、問題は、それまでに腰の痛みが引くかどうかにかかっているのだ。


「近侍の方は近侍の方で動いて下さるそうですが、僕は一兄が帰ってくるまで主君のお世話いたしますので、何でもおっしゃって下さいね。」


早々に、何とも有難い事を言ってくれる前田に『ごめん、起こしてくれる?』と頼み、昨日の無茶のせいで軋む体を起こすついでに支えて貰う。

そうして、近場に置かれていた膳から、まだほこほこと湯気を立てる椀を持ち上げ、彼女はいつもより遅めの朝食を静かに取り始めた。


end

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