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▼ 藤紫/薬研藤四郎

『闇討ち』という表現がぴったり合うような。

端から見れば、明らかに誤解を招くような体位で、彼女は今しがた部屋に音もなく忍び込んできたそれに組み敷かれていた。


背中には畳の固さがあり、手首は両方とも、逃げられないようにするためか痛いくらいに握られ、文字通りがっしりと固定されている。

加えて薄暗い部屋の中でも爛々と光り、こちらを見下ろしているのは、よく見知った藤紫色の双眼だ。


「……………やげん、」


やっとの事で自分の体に覆い被さる者の名前を口にすると、猫のように大きく見開かれていた瞳が、途端にすぅ…と細くなる。

先程まであった行燈の灯りは掻き消えており、余りにも部屋が暗いために、彼がどんな顔をしているのかは分からない。


笑っているのか、怒っているのか。
はたまた、何も考えていないのか。

薬研や他の刀剣男士達と同じ屋根の下に暮らし、かれこれ一年程経つが、未だに分からない事の方が多い…いや。

むしろ表立って見えない部分が次々と出て来るもので、彼等を知っても知っても知り尽くせないような気さえしてくるのだ。


───それにしたって、薬研がこんな夜中にこっそり訪ねてくるのは珍しい。

彼に何をしたというわけじゃないけれど、万が一彼の本体で物理的に柄まで通されたらどうしよう、という考えが先行する。


ごめん、そろそろ退いてもらえない?

言葉を発するために口を開こうとすると、右手首を強く押さえていた彼の手はすかさず着物の袷に伸び、しっかりと掴んで一息に寛げてしまった。


「あ…ぇ?」


あんまり勢い良く生地を引っ張られたために、薄い寝間着は、ギチリと苦しそうな悲鳴を上げた。

強制的に開けさせられた胸元からは、自分の下着と、夜の寒い空気に晒されて泡立つ素肌が見える。


一瞬の出来事に頭が付いていかないながらも薬研を見上げると、暗闇に目が慣れてきたせいか、やっと彼の姿が見えた。

彼はまだ内番の時の服装をしていたが、緩く結ばれたネクタイと第二ボタンまで開けられた黒いシャツの隙間から見える鎖骨が、まだあどけなさを残す少年とは思えぬほどの濃い色香を放って直視できないほどで、目のやり場に困ってしまう。


そんな彼が、綺麗な藤紫の瞳でこちらを眺め、見たことのないような表情をして。

例えるならその様は、やっと捕らえた獲物を地面に転がし、さてこれからどうしてやろうか…と舌舐めずりをする肉食獣に酷似していた。


「たーいしょ、」


形の良い唇からいきなり腹の底に響くような声音でそう呼ばれ、びくりと肩が跳ねる。

ああ、私は一体何をされてしまうんだろう…?


無意識のうちに体を震わせていると、薬研はいつもと何ら変わらぬ調子で微笑を浮かべ。

その途端に、彼女の耳元に口を寄せて呟く。


「……数珠丸恒次、不動行吉。」


「!?」


「髭切、膝丸、物吉貞宗…………さあ、大将が今一番欲しい刀はどれだ?なんなら、全部まとめて連れてくるか?」


今しがた薬研に呼ばれた名は、全て政府から探索令の出されている刀ばかりであったため、彼女は元々青かった顔を更に真っ青にする。


自分の運営するこの本丸には、明石国行はもちろん、日本号も居ない。

刀の収集を怠っていたわけではないのだが、大分前から、今後何かしらの動きが無い場合は政府からの援助金が減額される、との通達が来ており、悩みの種の一つとなっていた。


ここニ、三ヶ月は、長曽根を鍛刀出来たからまだセーフだったとして。

今回の指令のうち最低一口の刀は手に入れられなければ、今後、家計が苦しくなるのは想像に難くない。


でも、この事はまだ誰にも言っていないはずなのに。
彼は、どこでこれを嗅ぎ付けたのだろう。

それ程自分は不甲斐ない主なのか、頼りないのか、とがっくり来るのと同事に、彼の目は『正直に言ってくれ』と訴えかけてくるものだから、どうにもいたたまれない気持ちになる。


「私は…。」


正直な所、膝丸と髭切辺りがペアで手に入ればそれだけで大きな成果と言えるだろうが、どう考えても、そこまで皆に頼むわけにはいかない。

それならば。


「私は、その中のどれか一口が…ほしい、です。」


「そりゃ本当か?大将。随分と可愛い強請り方だが…大分控えめに出たもんだな。」


「ほんとうよ、一口でいい。一口でも手に入れば、とりあえずそれでやり過ごせるから…。」


探るように顔を覗き込んでくる藤紫から逃げるように顔を逸らしてすぐ『分かった。』という薬研の声が降ってくる。


「まさか…本当に持ってきてくれるつもり?」


「ああ、勿論だ。政府が出してる期限内には、指定されてる内の刀を必ず一口は連れてきてやる。ただ、」


言い淀んで、彼は何やら考え込んだ後に、再び藤紫色の瞳で私の姿を捉えた。


「大将のそれと交換条件…というよりかは、ただの頼み事なんだが、聞いて貰えるか?」


「うん、私に出来る範囲の事なら良いよ。」


「はは…、こりゃありがたいな。そんなら一つだけ。」


次の瞬間、薬研の表情が真剣なものに変わった。


「…もし、俺っちが怪我をして帰って来るような事があれば、出来るだけ大将が手入れしてくれ。」


まるで、これから大怪我をして帰って来る予定があるかのような口振りに、彼女は反射的に顔をしかめる。


「ちょっと待って…薬研。それ、」


どういう意味なの?

そう問いかけようとしたところで、彼の小指がぴたりと唇に付き、言葉を遮られてしまう。


「ああ、もちろん手伝い札はなしで…な。」


出来るか?

小首を傾げた彼に渋々頷くと、薬研はとびきり妖しく笑う。


「よし、成立だな。」


約束だぜ、大将。

唇から離され、今度は目の前に差し出された小指に自分の小指を絡めた際に、いやにしっかりと指切りをされてしまったのが気がかりだが、あまり勘ぐるのは良くないだろう。


『それじゃ、明日に備えてゆっくり休んでくれ。』と、去り際に頬に貰った軽い口吻の感触が、いやに生々しく残っているのも、きっと気のせいに違いない。

それとも私は、何かとんでもない約束をしてしまったんだろうか?

胸元をかき合わせて寝床に入り込む彼女には、これから起こる出来事など知る由も無かった。


end

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