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▼ 花冠/膝丸

*膝丸が色んな意味で不器用設定につき、注意。


寝床から起き出してそっと障子を開けると…そこには、草花がしっかりと編み込まれた見事な花冠が置いてあった。

まだ薄暗い廊下を見回すが、やはり誰の姿も見えない。


今日も見られなかったな…と、ほんの少しがっかりしながら再度花冠を眺めると、編み方が甘いからか、運ぶ途中に解けてしまうのか…。

いつものように少々解れている所があるが、何だか微笑ましい。


しかしながら、こんなに手の込んだ物が、まさか偶然に。
それも、毎度部屋の前に落とされるはずはない。

もっと簡単に考えれば、何者かによって故意にここへ置かれた物だという事は明らかである。


苦心して編まれたのであろうそれを手に取れば、蜜の甘い香りが鼻孔をくすぐった。



***



「…そうか、今朝も届いたのか。」


せっかくもらったのだから…と、床の間に飾っておいた花冠を眺めながら、膝丸は小さく呟く。

普段は兄に振り回され、気を張っていなければならないためか。

ここ最近、額に皺を寄せて『兄者…!!』『兄者…!?』と注意ばかりしていた彼の口元には、久々に優しい笑みが浮かんでいた。


こんなふうに、ごく自然な表情の変化ですら綺麗に見えるのは、彼が源氏の重宝だった故か。

それとも、神様だからなのか。


その辺はさておき、彼はどことなく嬉しそうに花冠を眺めている。


「そのお花、綺麗ですよね。」


膝丸も、お花が好きなのですか?

何気なく問いかければ、彼はビクリと肩を震わせ、ぎこちなく言葉を繋ぎ出す。


「いや、その。嫌いというわけではないんだが…、今日のは何だか形が崩れすぎてはいやしないか?」


そう言うなり、膝丸は立ち上がり、花冠を手にとって彼女の目の前に突き出した。

今朝もじっくりと眺めたばかりのそれは、相変わらず瑞々しさを保ったまま、ほのかな香りを放っているのみで、彼が言うような欠点は見当たらない。


「そうかしら…?あんまり気にならないのだけど、」


こちらとしては思ったままの事を口にしたつもりだが、彼はやはり気に食わない所の方が目に付くのか、そうじゃない、と首を振って解説を始める。


「ほら…ここは、よく見ると解れがひどい上に、大分作りが雑だ。それに加えて、花と草のバランスがだな…ああ、そうだ。ここも、ここもか。まったく、いつにも増して脆い作りの、」

「ま、待って下さい…。」


矢継ぎ早にいくつも言葉を浴びせられ、流石にもう受けきれない…という所まで来てやっと話を遮れば、彼は明らかに不満そうな顔をした。


「何だ、主。俺はまだ言い足りない事がたくさんあるのだぞ!?」


尖った歯を剥き出しにして、何故か必死に花冠の出来に対して物申したいと主張する彼を押し止め、言い聞かせる。


「言われてみれば確かに、ちょっと気になる所もありますけど。どれだけ花冠を作るのが上手い方でも、毎度のように、絶対綺麗に作れる、とは限りませんから…。」


完璧を求めすぎない方がいいと思います、と告げれば、膝丸は兄の髭切と同じく、とろりとした蜂蜜色の瞳を見開いた。


「そ、そういうもの、なのか…!?」


「そういうもの、です。多分…。いまだに、毎朝誰が花冠を作って置いてくれるのかは分からないままですけど。」


そんなふうに言うのは、この花冠を一生懸命作ってくれた方に失礼ですし、よくないですよ…?

言い切ってから恐々彼の方を眺めると、膝丸は、叱られた後の子どものような顔をして俯いていた。


あまり強く言ったつもりはないのだが、予想以上のしょぼくれ具合に、こっちが驚いてしまう。


二人の間に気まずい空気が流れるが、わざわざ沈黙を破る気にもなれない。

その直後に、彼女は膝丸を部屋の中に招き入れた当初の目的を思い出し、近場に置いてあった裁縫道具を手繰り寄せ、逃げるように蓋を開けた。



───『審神者部屋の前に毎朝花冠が置かれる』という現象は、丁度一月程前から一日も途切れずに起こっているにも関わらず、先程言ったように、誰一人として花冠を置いていく瞬間を見た者はいない。

最近では、誰が花を置いていってくれるのかが一向に分からないので、特に何の捻りも無く『花の人』と呼ばれ、常に本丸内のどこかで噂されるくらいには有名な存在である。


ただ、少し前に。
『今日も見られなかった…』と、いつものように花冠を拾い上げようとした際に、廊下中に誉桜と思われる桜の花弁が多量に散らばっていた事実から、どうやらこの粋な贈り物をしてくれるのは刀剣男士のうちの誰かで間違いないらしい、という所までは憶測できた。

…憶測したのはいいが、依然として、誰が花をくれるのかは謎のままである。


大事な事なのでもう一度確認しておくが。

本当に。
誰一人として件の刀剣男士が審神者部屋の前に件の物を置いて立ち去っていく瞬間を見た者はいないのだ。

先日『花の人』が誰なのかが余程気になるのか、和泉守が夜警を買って出て、一晩寝ずに審神者部屋の前に陣取り、誰が花冠を置きに来るの見張っていた事があったが。


…なんと、その際には、花冠は和泉守の居た廊下側に置かれていたのではなく、彼女が寝ていた部屋の中に。
もっと詳しく言えば、書類の散らばる文机の上に置かれていたのである。

どこから上手い具合に忍び込んだのかは知らないが、和泉守曰く『誰が来るか見張ってる最中、部屋の中は静かなもんで、物音一つ聞こえて来なかったんだがな…。』と、眠そうに言うから驚きである。


しかし、これでようやっと『花の人』は確実にこの本丸に居るらしい、という所まで明らかになった。

まずもって、もし余所の本丸の刀剣男士が来ているならば、和泉守が部屋の前に居るとは分からないだろうし、ここに来るまでの間、絶対に他の者に姿を見られているはずなのだ。


根本的な所から言えば、『花の人』の正体を和泉守が寝ずの番をしてでも明かそういた事は、外部に漏れるはずもなし。

万が一漏れたとしても、ほんの少し話題に登るくらいで、すぐに忘れられてしまうくらいのものだろう。


とにかく、この二週間で手にした僅かばかりの情報と、自分なりの憶測を合わせ『花の人』が誰なのかを絞っていくと。

情報を把握する事に長け、尚且つ本丸の通路を隅々まで分かっている者…。
いわゆる、古株に当たる刀剣男士のうちの誰かが花を置いていってくれるのではないか、という考えに至るのは、ごく自然な流れだと思ってほしい。


いささか自分勝手な推測ではあったけれど、とりあえず聞いてみなければ分からない、ということで。

折を見て、心当たりのある刀剣男士にそれとなく花の話題を振ってはみるのだが『慎ましやかだし、触り心地も良いよねぇ…ああ、花のことだよ?』『あたしゃ花より酒の方が好きだねぇ。ところで、アンタも一杯どうだい?』というような肩透かしな答えが返ってくるばかりで、核心に迫るような話は聞けなかった。


それにしても、ここまでして当事者が名乗り出ない辺り、何か特殊な事情があるのかもしれない。

彼女としては、もう『花の人』を探すのは諦めようかと迷っているところなのだが、それでも気になる者にとっては余程美味しい話題のようで、飽きもせずに『花の人』に対する自分なりの見解を其処此処で話し、楽しんでいるようだった。


「主、それは…何をしているんだ?」


掛けられた声に反応し、反射的に顔を上げると、いつの間にか、膝丸がかなり近くに。

例えるなら、互いの息がかかってしまいそうなくらいの所まで距離を詰めてきていた。


あまりの至近距離に一瞬怯んだものの、彼が興味深そうに眺めているのは、今自分が手にしている針と糸のようだ。


「針の穴に糸を通しているんですよ。ほら、こうして…。」


針仕事の前準備なんか、見ていてそんなに面白いものだろうか?

あまりにも指先に視線を感じるもので。
試しにもう一本針を取り出し、黒い糸の先をつまみ上げて、その小さな穴に難なく通して見せれば、彼は心底感動したような声を上げる。


「主はすごいな…!!こんな小さな穴に、糸を通すことが出来るのか…。」


「いいえ、これくらい大したことじゃありませんよ…もし興味があるなら、膝丸もやってみます?」


どうせこれから繕い物をするのだから、使える針は多い方が後々楽だろうと考え、ごく軽い気持ちで針と糸を渡すと、彼は真剣に糸通しを始めた。

それから少しも間を置かぬうち、彼の周囲には誉桜が舞う。


ひらひら……と。

膝丸の綺麗な薄緑色の髪や、着ている黒い上着に桜の花弁が舞い落ちる様は何とも優美であり、いくら見ても見飽きないほどであるが。
そんな粋な演出をしてくれる誉桜すら、今の彼には邪魔な物にしかならないようだ。


尖った歯が己の唇に食い込むのも構わないらしく、口を真一文字に結び、蜂蜜色の瞳で針穴を鋭く見据えて。

…いざ糸を通す、と思いきや。
直前になって、彼の左手の指に摘ままれていた針がいきなり折れ、真っ二つになった針の半分がサクリと畳の上に突き刺さった。


「…………何故だ、」


「あの。怪我とか、してませんか…?」


とりあえずそれ、置きましょう。

そう諭しながら、どうしようもなく直角に刺さった針を引き抜き、折れた針を収納する用の小箱にさり気なく放り込むのは、ちょっとの優しさからである。


実のところ、受肉してから既に二月程経っているものの、膝丸はどうも力の加減が上手くいかないようだ。

本人のたゆまぬ努力により、初めの頃よりかは余程上達したのだが…。

この本丸に来た当初、夕餉の席で続けざまに三膳も箸を半分に折ってしまい、落ち込んでいたところを今剣と髭切に慰められていたのが記憶に新しい。


他の刀剣男士達は、自分も通ったことのある道だからか、余程大事な物で無い限り、何かの拍子に壊してまったとしても、特に怒ったりはしない。

それに加え、彼女も膝丸自身の努力が並ではないのを知っているため、何があっても彼を激しく叱咤する事はなかった。


「すまない、主…またやってしまったな、」


自嘲気味に。

それでいて、どこか哀愁漂うような雰囲気を漂わせながら頭を下げる彼の目尻に薄ら浮かんでいるのは、涙だろうか?


「だ、大丈夫ですよ?そんなに気に病まなくとも…。」


「……………。」


「そうだ。飴、食べませんか?今剣や小夜も『美味しい』って言ってくれた物ですから、口にあうと思うんですけど、」


ごそごそ、と着物の袂を探り、可愛らしいフィルムに包まれた飴玉を取り出して見せると、彼は渋い顔をして、小さく溜息をついた。


「主、気を遣ってくれるのはありがたいのだが、まさか俺を子ども扱いしているのではないだろうな…?」


「いいえ、そんなつもりは…もしかして、泣いてます?」


「なっ…そ、そんな事はない!!泣いてはない、泣いてはいないぞ…。」


お決まりの台詞を口にしながら、彼は自らの目元を服の袖で、ぐしぐしと乱暴に拭う。

…なんだ、やっぱり泣いてるじゃないの。

喉の奥から出かかった言葉をぐっと呑み込み、慌てて注意する。


「そんなに強く擦ったら、目に傷が付いてしまいますよ?」


それに、あんまり無茶な動きをすると、服が…。

しかしながら、皆まで言わぬうち、彼の右肩の方から、悲鳴の如くブチブチッ…と、糸が千切れる音が響く。


音のした方を恐々見やると、今の動きのせいで完全に解れが広がったそこは、最早立派な穴と化していた。

糸は生地をかろうじて繋ぎ止めてはいるが、ほとんどが千切れている。
使い物にならないであろうその箇所の糸を全て解き、縫い直しをしなければならないらしいのは、言わずとも分かった。

さらに、穴からは膝丸が着ているシャツが丸見えで、どうにもおかしな絵面になっているのだ。


「もう、だから言ったじゃないですか…。」


すぐ直しますから脱いで下さい、と、ほぼ強制的に彼の黒い上着をひったくると、膝丸は、右へ左へ…という具合に視線を彷徨わせる。


彼が本丸に来てから既に二月程経ったが、何か気まずい雰囲気になると、警戒心丸出しの野生動物のように縮こまり、黙りこくってしまうのが常で。

その度に、自分は膝丸に嫌われているのではないかと一人で勝手に悲しくなったりしているのだが、彼はこちらの胸中を察する暇もないくらいにそわそわしているだけだ。


一応、膝丸を所持する他本丸の審神者数名とコンタクトを取り、電子メールや手紙等を用いて個体差に関する聞き込みをしてみたところ、へしきり長谷部と同様。

特に大きな差は見られず、どこも同じらしい事を知ったのは、ごく最近である。


そういえば、先程廊下で膝丸と擦れ違いざまに服の解れを見付け、思わず呼び止めた際にもこんな反応をされたっけ。

…もっとも、指摘した途端に何故か慌てだし、早口でごにょごにょと言いだしたので、彼の背を押し、ひとまず審神者部屋に上げたわけだが。


「すぐ済ましますので、ちょっと待ってて下さいね。」


とりあえず声をかけてはみたものの、返答は無い。

…もしかして、独り言だと思われたのだろうか?


それはそれで悲しいな、と思いながら、千切れた糸の処理を済ませ、針で布を縫い合わせる作業に入った所で、膝丸は徐に口を開いた。


「主は随分器用だな。」


「…どうしたんです、いきなり。」


針仕事の手を止めてそちらを盗み見ると、頬こそ膨らませていないが、つんと口を尖らせ、彼は何やら不満そうな顔をしていた。

刀剣男士達は皆、基本的に隣に並びたくないほど容姿端麗であるのが殆どであるが、常時華やかな彼らが人と違わぬ表情をしている瞬間だけは、何故か決まって嬉しくなるのだ。


『膝丸』と、極力やわらかい声音で名前を呼び、彼の手を包み込むように握ると、膝丸は目を見開き、驚いたようにこちらを見つめる。

幼子のような挙動はなんとも愛らしいが、首を傾げる動作がどことなく髭切とよく似ていて、やはり兄弟なのだな、と思えた。


「手がすごく荒れているわ。あなたには、いつもいつも…つい色々頼んでしまって、」


苦労を掛けますね、

意図せずに零れ出た言葉の後、がさがさとした彼の手を擦ってすぐ、慌てたような声が追いかけてくる。


「こ、これくらい、大した事は…。」


「いいえ、大したことです。それにしても困ったわ…これも手入れ部屋で治してもらえるのかしら?でも、本体は傷付いていないようだし…。」


悩むより先に、ハンドクリームを塗った方がいいだろうか。

生傷の目立つ大きな手を眺め、直しかけの彼の上着を膝から退かそうとすると、着物に、何やら見覚えのある種子…いわゆる“ばか”や“ドロボウ”と呼ばれる類の物がたくさん引っ付いていたので、ぎょっとした。


…まさかと思ってよくよく上着を見てみると。
黒い色に同化していて全く気が付かなかったが、袖口や背中の辺りに、似たような種子が相当数くっついている。

洗濯をしている最中にも似たような事はままあるが、ここまでびっしり付いているのを見のは初めてだ。


加えて、赤い木の実の破片と思しき物や千切れた花びら、緑の葉っぱの断片等々、まるで野山を必死に駆け回ったかのような痕跡が、彼の体中に残っていた。

それにしても、今日は膝丸を草の生い茂る戦場や遠征先に出した覚えはないのだが…。


「この花びらの色…今朝届いた花冠に使われているのと同じですね。」


彼のシャツの袖口に着いていた花弁を摘まみ上げて何気なくそう言うと、膝丸は顔だけでなく、耳や首の辺りまで一息に赤くしてしまった。

直後、持ち前の機動を生かして立ち上がり、障子に近付くが早いか、勢いよく開け放つ。


「待って、膝丸!どこへ行くの?上着、まだ出来ていないのに…。」


逃げるように部屋の外へ出た背中に向かって言葉を投げかけると、辿々しく『後でッ…と、取りに…!!』という答えが返ってくる。

聞こえてくるのは、言葉になっていない彼の叫び声らしきものと、廊下をどたどたと駆ける音。


後に残ったのは、直しかけの上着と、草花の一部だけだった。



***



翌日の早朝。

いつものようにドキドキしながら障子を開けると、そこにはいつも通りに、花冠が一つ置いてある。


やっぱり今日も見られなかった…。

瑠璃唐草で編まれた花冠を拾い上げようとして屈むと、大分焦って置いていったためか、見慣れた金色のボタンが一つと、黒い手袋の片方が床に落ちていた。


これはきっと、あの人の物だろう。
探しているだろうから、後で届けに行かなくては…。

二つを着物の袂にしまい、いざ花冠を手に取ろうとすると、編み方が甘かったようで、端の方からほろほろ解けていく。


急いで片側を編み、何とか円形に戻してから改めて眺めてみると、やはりあちこち解れはあるものの、一生懸命作ってくれたのだという事が伝わってくる。

大分遠回しなやり方ではあるけれど、目視できる形で好意を表してくれるのが純粋に嬉しい。


自然と緩い孤を描いていた自分の口元を抑えながら、彼女は青々とした花冠を大事に胸に抱える。

ふと視線を下げると、散り始めた桜の花弁が舞い込んだのか、廊下を薄紅色に染めていた。


若葉の眩しい季節の訪れは、もうしばらく先。


end

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