▼ *主に××を贈る刀剣男士
結構前に、メンズバレンタインデー(男性から女性に下着を贈る日)なるものがあったそうで…。
とにかく、便乗してやってみました。
以下:主に下着を贈る刀剣男士
折り入って話がある、なんて二人から言われたものだから、大切な話があると思って来たのに……。
「ええと、」
突如、目の前に出された二つの箱を見比べて、彼女は困惑する。
今日は自分の誕生日でもなければ、何かめでたい事があったわけでも無し。
…正直、自分はこの二人から贈り物をされるような事は何もしていない。
美麗な装飾が施された箱を男性から差し出されているのだから、勿論嬉しくないわけはないのだが…。
如何せん中身が何だか分からない上に、高級感漂うパッケージからして、必ずそれ相応の見返りが要求される…もしくは、要求されなかったとしても、社交辞令的にそれよりも少し高めの物を贈らなければならないであろう事は想像に難くない。
嬉しいけど、嬉しくないような。
そんな複雑な気持ちからどちらの箱にも手を伸ばせずにいると、見かねた燭台切が困ったような笑みを浮かべながら、片方の箱を少し前に押し出す。
「瑠音ちゃん…遠慮しなくてもいいんだよ?これは君のために用意したんだから。」
「……でも、」
「いいから、開けてごらん?」
優しい笑みを浮かべている燭台切とは対照的に、隣の長谷部はすこぶる機嫌が悪いらしく、無意識のうちなのだろうが、歯軋りをしていた。
どうやら、いつにも増して燭台切の言動が気に食わないために苛々しているようだ。
何ともしようが無くて、しばらく双方の箱を眺めていると、長谷部も自らが持って来た箱をこちらに向けてずい、と差し出してきた。
そうすると、すかさず燭台切がもっと近くまで箱を押し出す。
両者の視線が交わったほんの僅かな間。
バチ…、と、この二人の間で激しく火花が飛び散っているのが見えた気がした。
しかしながら、彼女の興味は、今しがた手が届く範囲にまで押し出された箱の方へと向けられる。
どちらを先に開けるかが問題だが、やはりここは近場にある物からか……。
そんな意識が働き、燭台切が差し出した方の箱を手に取る。
少し間を置いてから艶々としたリボンの端を軽く摘まんで引くと、ガッチリと包まれているような見た目に反して、あれほど見事だった包装は呆気なく解けてしまった。
綺麗だったのに、勿体ない。
なんなら、最初に写真でも撮っておけば良かったな…。
今更ながらにそんな事を思いつつ、特に何も考えないで箱の蓋を開けると。
……そこには我が目を疑うような物が、やけに綺麗に詰められていた。
一瞬、それから目を逸らして考えてみて。
再度箱の中に視線を戻しても、当然ながらそれが別の何かに変わるわけでもなし。
それの肩紐と思われる箇所を恐る恐る摘まみ、そっと引き上げてみると…やはり箱の中身は女性用の下着のセットだった。
しかも、生地には異様に光沢のある素材が使われていたり、レースやリボン等で過度な装飾が施されてある所を見る限り、素人目からしても、これはただの下着ではないのが分かる。
これはいわゆる、男性を床に誘う際等に用いる物…もっと直接的な表現をすると世間一般的に『勝負下着』と呼ばれているような代物であろう。
自分一人の時ならば下着を見ようと何とも思わないのだが、ここには自分のよく知る男性が二人もいるのだ、という意識も手伝って、恥ずかしさが込み上げてくる。
苦し紛れに長谷部の方を眺めると、彼は鬼のような形相で燭台切を睨みつけ、抜刀しかけていた。
ふと箱の底を眺めると、上とお揃いのデザインと思しきパンツが目に留まるが、ぱっと見、僅かな面積の布をかろうじて繋いでいる両側の紐をリボン結びにしたり、解いたりして着脱するタイプの物らしく、眺めているだけでも恥ずかしい。
過度な恥ずかしさで今にも泣きそうになりながら下着を箱の中に戻して俯くと、燭台切は不安そうな表情で声をかけてくる。
「どうしたの?…もしかして、気に入らなかった?」
「いや、あの。心配するところが違うんじゃない…?」
冗談は止してよ、という意味合いも込めて言ったつもりなのに、彼はほんの少し考える素振りをした後に、何を思ったのか、明るい笑みをこぼす。
「ごめん。せっかく買ったんだから、着せてあげなきゃ意味ないよね。」
「…………ちょっと待って、本当に待って。とりあえず落ち着こうよ!?」
しかしながら、燭台切はまったくもって話を聞いていないようで、笑みを崩さぬまま。
事もあろうに、彼はこちらが今しがた箱の中に戻したばかりの下着を手に取るが早いか、それを握り締めたままこちらに躙り寄って来るのだ。
本人がかなりの男前なだけに、それはそれで様になっているから余計に恐ろしい。
『待て待て待て、話せば分かる、』『今からでも遅くない…考え直して!』等々、思い付く限りの言葉を並べて迫り来る燭台切を押し止めようとしたが、それらは全て、彼の『格好良く着せ替えたいよね!』の一言で掻き消されてしまう。
しかしながら、ここで我慢の限界が来たのか。
今まで黙ったままだった長谷部が、地を這うような低い声で『待て』と言葉を発したことにより、肌を射すような怒りと共に、一気に氷点下の世界に来てしまったかのような不気味な静けさが部屋を支配した。
額に青筋を浮かべ、凄まじい形相で燭台切に近寄る彼は、さながら昔話に出て来る悪鬼並の迫力があり、みているこちらも縮み上がってしまうくらいに恐ろしい。
やっぱり、長谷部は頼りになる。
きっと、燭台切の悪ふざけはこれで終わりになるに違いない…。
薄らと涙を浮かべ、よかったよかった、と、ほっとしたのも束の間。
長谷部の口から出て来た説教を耳にした途端、別の意味で泣きたくなる。
「貴様…、よくも主にこんな破廉恥な物を………清廉潔白なこのお方が、そんな不純極まりない下着をお召しになるわけがなかろう!!主に相応しいのは、こういった物だ!!」
よく覚えておけ!と、声高に宣言し、彼が自分で持ってきた箱の包装を破り捨てて中から取り出したのは、やはり女物の下着である。
燭台切が持ってきたものとは型が違うものの、細かい刺繍が大量に入っているのやら、やけに凝った作りなのを見る限り、やはりこれも勝負下着の類なのだろう。
「(うわ………。)」
出し過ぎず、主張しすぎない慎ましやかなシルエットが云々…とまあ。
ここまでくそ真面目に勝負下着について熱弁されてしまうと、向こうがおかしいのか自分がおかしいのか、分からなくなってくるレベルである。
でも、本当に清廉潔白な人は、そんなにひらひらした派手な勝負下着など見向きもしないのではないだろうか………?
とりあえず、ちょっと引き気味になるのも無理は無いと思って欲しい。
その間にも、燭台切は、長谷部に襟首を片手でがっしりと掴まれ、ぐわんぐわんと揺さぶられて痛そうだ。
もう面倒くさい。
コイツらは一体何がしたいんだ。
少なくとも、ここまで勝負下着について言及できる異性は見たことがなかったし、わさわざお近づきになりたいとも思えないが。
そうだ。
…今のうちに逃げよう。
何か間違いが起こる前に、と、彼女はその場に燭台切と長谷部を残したまま、部屋をこっそりと抜け出した。
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