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▼ 棚からぼた餅/明石国行

※主(女審神者)に全力で甘えたい明石注意。



夜も更けてきた頃。

審神者部屋でいつものように書類の作成に勤しんでいた彼女は、すぐ傍に置いていたキッチンタイマーが鳴り響く音を聞いてすぐ、弾かれたように顔を上げ、携帯端末を見やる。


時刻は既に夜中の十二時を回っており、このまま行けば、自分が確実に朝まで仕事をやっていたであろう事は想像に難くない。

キッチンタイマーをかけ忘れていたら、どうなっていた事か。
…仕事を開始してから、実に五時間程経過していたようだ。


いやはや。

昔から一つのことに集中すると、時間も何もお構いなしにそれをやり続けてしまう、というのが、自分の悪い癖である。


…それだけならまだしも、彼女は『〆切』と名の付く物に異様なほど敏感で、何でも早めに終わらせてしまわねば安心できない質であったから、今もこうして。

提出期限が一ヶ月も先の書類にまで手を伸ばし、明日にはもう発送できるようにまでしてしまっていた。


それが幸いしてか、今までに一度だって政府の役人に叱られた事はなかったし、むしろ『仕事が早くて助かる』と誉められていて、彼女の居るこの本丸は特に目立った戦績こそ無いにしろ、中々に評判が高い部類に入る。


ただし、彼女自身はお世辞にも要領が良い方とは言えない。

机の上に散らばった大量の資料やら、過去の書類をぼんやり眺めていると、もう溜息すら出て来なかった。


どうして書類を何部か作成するだけで、毎度毎度、泥棒に入られた後のような有様になってしまうのか。

これでは、寝ることすらままならない。
どうにか部屋を片し、布団を敷く場所くらいは確保しようとするが…面倒になってしまって、伸ばしかけた手を引っ込めた。


ああ、何だか苛々する。
根を詰めすぎたのが悪かったのだろうか…。

こんな時は、甘い物を食べれば多少気持ちも落ち着くかもしれない。
沈んだ気持のまま服の袂から小さな鍵を取り出し、化粧台の二番目の引き出しに着いた丸い穴へねじ込むと、中から、透明なパックに入った愛らしい形の上生菓子が姿を現す。


丁度二匹仲良く並んだそれは、片方が鶴、そしてもう片方は鶯を象っており、先日久々に現代に帰った際に和菓子屋で見つけた物である。

ちょこんと座ったような見た目が可愛らしいのと、二羽一組のセットが最後の一つだったということもあり、思わず即買いしてしまったのが記憶に新しい。

値段もそれなりにしたが、老舗の店のお菓子だから、見た目だけではなく、きっと美味しいだろう。


そんな予感が脳裏を過ぎり、彼女はやっと頬を緩めた。

こんなにも可愛らしいお菓子を食べてしまうのは何だか勿体ないような気もしたけれど、見ているだけでお腹が膨れないのも事実だ。


「(…賞味期限、今日までだし、)」


困ってお菓子を見やると、鶴と鶯は『食べてくれないの?』と、つぶらな瞳でこちらを見返してくる。

…やっぱり、このまま何もしないで置いておくよりも、美味しく食べた方がいいだろうか。


少々の迷いはあったが、とりあえず懐紙と菓子切りを用意しよう、と後ろを振り返り…………思わずギョッとした。

それもそのはず。
彼女の後ろに居たのは、仰向けに寝そべり、ずり落ちた眼鏡を直そうともせずにこちらを見上げる明石国行だったのである。


いつからここに居た。
いや、そもそも何でここに居る。

絶句したまま彼を見下ろしていると、当の本人は気怠げな表情を崩さぬままに『あ…、見つかってもうた。』と何食わぬ顔で述べる。


「あの………、」


「はいはい、何です?」


「ここ、私の部屋なんですけど。」


「知ってます。それがどうかしはりましたん?」


「そうじゃなくて…、明石さんはどうしてここに?」


本題に入るまで大分時間が掛かったような気がするが、まあ致し方ない。
彼と会話をすると、何故かいつも聞きたいことが遠回しになってしまうのが常だ。

しかしながら、彼はそんな事を気にする素振りもなく、自分のペースで話し出す。


「簡単に言うと、自分、主さんの茶の相手しに来たんですわ。」


「…嘘ですよね?それ。」


間が良すぎです。
ついでに言わせてもらうと、ちょっとどころじゃなくて大分怖いし迷惑です。

速やかに帰ってお休みになって下さい。


ただでさえ疲れているというのに、これ以上神経を摩耗させないでくれ、という意味合いを込めてそう言ってみたのだが、明石はぼんやりとこちらを見ているだけで、何も言わない。

聞こえていただろうかと心配になり、もう一度繰り返せば、呆れた事に『あかん。自分、背中と畳がくっついてもうたみたいや、動けへんわー…、どないしよ、』等と見え透いた嘘をつく。


この男、ある意味で、転げ回って自分の欲しい物を強請る駄々っ子並か、それ以上に質が悪いかもしれない。

彼の眼鏡を外に放り投げてやりたい衝動を必死に抑えつつ、彼女は客を早く帰したい時の最終手段に出る。


「お茶は出せませんよ。大体、この部屋にはお茶の道具なんか…。」


「へぇ、そりゃ残念やけど…あそこの角に置いてあるんは、主さんの初期刀様が見立ててくれはったゆう、茶碗と急須やありませんの?」


「ど、道具はあっても、お湯と茶葉がありませんし、」


「そうやなぁ…でも、本当にそうなら、急須の隣にお茶の缶はあらへんはずやし、お湯の沸いとる音も聞こえんはずですけど。」


「お、お茶は、出せても、お菓子…ない、ですし…。」


「まだ言いはりますか…あるでっしゃろ?主さんの後ろに、えらい可愛らしい鳥さんのお菓子が。」


「………………。」


負けた。
完全に負けた。

見ていないようで、部屋の中の物の観察がしっかり出来ている辺り、流石は刀剣男士と言うべきなのか。


ここまでしっかりと証拠を突き付けられてしまっては、茶を出さずにいることは出来なかった。

多少なりと悔しくはあったが、渋々茶を入れ、菓子を出せば、彼は『おおきに』とは言うものの、何故か手を付けようとしない。

今度は何なのだろうか?


「食べないんですか?」


試しにそう問えば、彼は緩く笑みを浮かべてとんでもない事を言い出す。


「そうやなぁ…主さんが食べさせてくれるんやったら食べます。」


「はぁ!?」


「おお、怖っ…、そんなに怒らんでもええやないですか、」


自分、こんなに可愛い鳥さんに菓子切り入れて食べるなんて嫌や。

好き勝手に述べ、彼は『食べさせてくれへんの?』とでも言いたげにこちらを見上げている。


まったく。
この男、どこまで他人に頼る気なんだ…と、ほとほと呆れるが、ここまで来たら断る気も失せる。

もう、さっさと満足させて、彼の居るべき所に戻って欲しいという意識が先行し、彼女は言われるがままに鳥の尻尾の方に菓子切りを当てて切り取り、どーぞ、と口元まで持っていく。


そうすれば、独特な口調で『おおきに』と怠そうに礼を言われ、上生菓子は、彼の口に収まる…はずだった。

しかし、想像の斜め上を行ってくれるのが彼である。


「…主さん、もう少し自分の近くに寄ってくれへん?遠くて敵わんわ。」


傍に寄ってくれと言うから、膝を繰って彼の方に体を寄せるのに、まだ遠い、まだ遠いと言われ、終いには腰の辺りを掴まれて引きずり寄せられた。

その拍子に、何故か明石の頭は彼女の膝の上に乗り、腰元には彼の腕が絡む。


「何や、思ってたより軟らかいしあったかいもんやな…それに、ええ香りがしはります。」


こりゃ、白檀やな。
と、明石に自分が使っている香の匂いまで当てられてしまってから、彼女はようやく事の重大さに気がついた。


「ちょ、ちょっと、何してるの…!」


今が夜中である事も忘れて声を上げるものの、彼は『何を今更、』とでも言いたげに薄く笑っている。


「そんなに慌てて…可愛らしい人やな、」


「………。」


「ま、根詰めてばかりはあきませんから、適度に肩の力抜いた方がええと思いますけど。」


ま、やる気ないんは自分が専売特許やから、主さんはこのままの方がええのかもしれんし。

一人言のように呟き、見上げる。


一方、彼女はというと、頬を赤く染めてそっぽを向いていた。

懸命に顔をしかめながらも耳まで紅くなっている様は、見ていて中々気分の良いものである。


「やっぱり、可愛えぇ人やな…。」


棚ぼたや、という仄かな呟きと共に、自分に愛しみの目が向けられていた事に、彼女はまだ気が付かない。


end

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