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▼ 手取り足取り/にっかり青江(上)

*本丸引き継ぎ要素注意。



“『ブラック本丸』という言葉をご存知だろうか?

ブラックと聞いて誰もが想像する範疇で極端な例を挙げるとすれば『重傷のまま刀剣男士を放置、もしくは進軍させる』というものがメジャーであろう。


しかしながら、最近は一口に『ブラック本丸』と言ってみても、一括りに出来ない場合が多いのが常である。

本丸の主たる神審者がブラックである場合。
本丸にいる刀剣男士がブラックな場合。
そもそも、上がブラックなために、本丸がブラックにならざるをえない場合…等々………”


事前に手渡された資料を読みながら、彼女はとある場所を目指して歩みを進めていた。


彼女の一歩先に広がっているのは、舗装なんて一切されていない土埃の煙る一本道と、抜けるような青空。

その両脇を固めているのは、稲刈りが済んですっかり丸裸になった田んぼばかり…というような具合に、秋口の田舎ので見られるような光景に酷似している。

そんな彼女の後ろからお供よろしくついてくるのは、ガラガラガラ…と、いかにも重い物が入っていそうなスーツケース。

そこだけを見ればただの旅行者のように見えなくもないが、彼女が身に纏っている物は、かの時代に女性用の旅装束として広く知られていた市女傘と壺装束である。
ともすれば『時代錯誤も良いところだ』と鼻で笑われてしまいかねないような物だから、何とも言えない気持だ。


この服は、新米の神審者として本丸に配属されるにあたり、政府から支給されたものであるが。
上が言わんとしている事は大体分かったため、彼女は特に反論する事もなくこの装束を身に付け、今に至る。

恐らく『形から入れ』という事になるんだろうが……。


そんな事を思いながら、彼女は遥か遠くに見える自分の住処を眺めた。

近寄れば近寄るほどに、想像していたよりも、よっぽど大きく立派な建物である事が分かってしまい、何だか恐ろしいような気さえしてくる。


本当に、あんな所でやっていけるんだろうか…。

あれだけ広いと、掃除をするのもかなりの手間だろう。
刀剣男士がそれなりに揃うまでは、初期刀と一緒にどうにか本丸を維持していこうとは思っているけれど…やはり様々な事を考慮すればするほど心配になった。


ふと足元を見れば、歩き始めて一時間も経っていないのに、草履と足袋は土埃で物凄い事になっている。

これは本丸に着いて早々、風呂に入る事になるかもしれない。

ああ、でも、万が一お風呂が五右衛門風呂とかだったらどうしよう?
それこそ、最初に火を起こす所から始めるべきか、薪を確保するのが先か…。


「…ちょっとだけ、休憩していこうかな。」


まだ本丸に着いてすらいないというのに、この疲労感は何なんだろうか。

とりあえず、道の端に避けてスーツケースの上に腰を下ろし、政府から配布された資料を広げて、彼女は小さく溜息をついた。



***



歩き続けること三十分。
やっと辿り着いた本丸は、自分が来るほんの少し前まで人が暮らしていたかのような生活感が漂っていた。

ここに来る前に上の人から聞いた話によると、自分が派遣される事になったこの本丸は、前の神審者が病を理由に辞めて行ってから、半年以上人の出入りがないはずだったのだが…?


訝しみながらも門から中に入ってすぐ、よく手入れされて雑草らしき物が一本も生えていない庭や、瑞々しい作物がこれでもかというほど育てられている畑が目に留まり、彼女はさらに首を傾げた。

おまけに本丸の玄関の戸は半開きであるばかりか施錠もされていないらしく、ここで『すみません』と声を掛けようものなら、すぐさま人が出て来そうな雰囲気を醸し出している。


大体、本丸の維持管理担当の政府関係者が先に入っているなんて聞いていないし、いつの間にやら泥棒が居着いたとも考えられない。
そもそも、この空間に入ってこられる者は限られてくるはずなのに………。

薄気味悪さを感じつつ、もう少し様子を見てからどうするか決めよう、という事で、彼女はスーツケースを引きながら本丸の敷地を散策し始めた。


洗濯物が干してあるのやら、台所で粥が煮えているのやら、明らかに洗いたてと思われる洗濯物が干してある、等々…。

歩きながら本丸の内部を覗く度に、人がいないにしては不可解な生活の痕跡が次々に見付かり、本当に怖くなってくる。


それに加えて気になるのは、これだけ歩き回っているというのに、この本丸に現時点で住まっているらしき者と鉢合わせない事である。

ここはひとまず、下手にこの妙な現象を自分一人で暴くよりか、政府に電話を入れて状況を確認した方が良さそうだ。
そう考えて、元のように本丸の玄関まで帰ってきた時だった。


玄関先に、何か細長い物、というか。
厳密に言えば、日本刀の鞘らしき物が転がっているのを見付けた。

さっき来た時には無かったのに……。


怖い話によくありそうな展開に怯えつつ、恐る恐る近付いて見てみると、割と長い鞘だ。
まだ刀の種類も大雑把にしか分からないが、この刀が短刀でない事くらいは分かる。

大きさは、大体打刀くらいだろうか?

肝心の本体はというと、そのすぐ傍に抜かれたまま直に置かれていた。


「誰がこんな事を…、」


本体と鞘がバラバラだなんて、何だか可哀想だ。

そんな思いから、彼女は本体を辿々しい手つきで持ち上げ、少しずつ鞘の中に押し込んでみる。


もしかしたら、しまい方が間違っているかもしれない。

やけに緊張しながら、そろそろと刀を奥に進めていくと、特にどこかで引っかかるような事も無く、最後には『かちん』と子気味のいい音がして、何とか普通の状態になる。

きちんと収まったという事は、入れ方が正しい証拠だ。
とりあえず一安心して、あるべき姿を取り戻した刀を腕に抱き、立ち上がろうとした瞬間。
彼女は、突如として体中から力が抜けるような感覚に襲われた。

続いて視界が歪み、指先や足先が冷たくなっていく。


どうすることも出来ずにその場に座り込み、次に目を開けた瞬間に腕の中にあったのは………。
先程、刀身を鞘に収めてやったあの刀ではなく、見ず知らずの男性だった。

彼は険しい表情を貼り付けたまましばらくこちらを頭の上から足先まで舐めるように見回していたが、やがて幾分か優しい表情を浮かべる。


一方、彼女はというと。
この男について、髪が綺麗な緑色というのと、いやに色が白いな…というのは分かるものの、目が霞んで細部までは分からない上、何しろすこぶる体の具合が悪くなっている今、細部まで視線を向ける余裕がない。

そのために、いきなりパッと現れて見せたこの人が悪人であるのか、もしくは善人であるかだなんて、今の彼女にはまともに判断出来るはずもなかった。


しかしながら、この際贅沢は言っていられない。

具合がよくないので、助けて欲しい。
それを訴えかけるために、目の前の男に手を伸ばす…までは良かったが、彼には握手を求められたと思われたらしく、差し出した冷たい手をぎゅっと握り返されてしまう。


『違います、お兄さん。フレンドリーなのは非常にありがたいですし、むしろ好感が持てますけど、今はそうじゃなくて…。』

そんな否定の言葉を喉の奥から絞り出すよりも先に、目の前のお兄さんはやわらかな笑みを口元に浮かべながら話し出した。


「やあ、助かったよ、僕はにっかり青江…ところで君は新しく来た子かな?」


意味ありげな質問をされたものの、唇からは言葉にならない音が漏れ出すばかり。

そこでようやく状況を察してくれたのか、今しがた自らを『青江』と名乗った彼は、心配そうな表情を浮かべて顔を覗き込んでくる。


「顔色が良くないね。君…大丈夫かい?」


優しくなった声のトーンに力無く頷けば、彼は困ったように眉根を寄せ、控えめに背中を擦ってくれたり、脈を取るためなのか、やけに頻繁に首筋や手首に触れてきた。

何だか必要以上に体に触られたり、ギリギリまで顔を近付けられているような気がするが、心配してやってくれている事なのだろうから、それを嫌がるのはいけない事なのだろう。


それくらいに思って、彼女はただされるがままに彼の好意を受け止める。


「薬研君か燭台切君は…これじゃ顕現させるのは無理そうだね。すぐ奥の部屋に寝かせてあげたいところだけど、前の主の物を片付けきってないし、」


どうしたらいいかな、

青江の一人言を聞きながら、彼女は静かに目を閉じた。
それとほぼ同時に強烈な眠気が襲いかかってきて、彼女の意識を食い潰す。


くらり。

完全に意識を手放す前に耳が拾ったのは、ひどく場違いな『君は女の子で良かったよ』という低く艶のある声だった。



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