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▼ 目指せ、一番乗り/秋田藤四郎

「よいしょ…、」


洗濯物がいっぱいに入った籠を腕に抱くようにして持ち上げ、秋田は縁側に置いてある『サンダル』という靴に恐る恐る片足を突っ込む。

籠のせいで下が全然見えないからやたら緊張するし、彼の身の丈には大きすぎるそれは、履いて歩く度に、ぺったんぺったんと音を立てるから困りものだ。


上の兄達…例えば、一期一振や鯰尾がこれを履いて歩く時はこんなおかしな音はしない。
むしろ音なんか立てないで、足に突っ掛けたと思いきや、ごく自然にすたすたと歩いていくのだ。

自分もそうできればいいのに、と、何度か練習してみたものの、なかなか兄達のようにはいかない。


兄弟達は『それを無理に直す必要はないし、気にすることもないよ』と言ってくれるが、自分の中では、なかなかに重大な問題である。

毎度毎度、それなりに工夫をして歩いているつもりなのだが、サンダルは無情にもいつものようにぺったんぺったんと子供っぽい音を立てて土踏まずの下から存在を知らせてくるものだから、ちょっと恥ずかしいような気持になった。


幸いな事に、彼の主も、一軍や二軍の刀剣男士も各々の理由で今は出払っている。
そのため、今日この本丸には自分を含め『お留守番』を言いつかった短刀しかいない。

だから、サンダルが変な音を立てていようが、洗濯物を全部土の上に落として洗い直しをするような事になろうが、そしらぬふりをしていれば誰にも知られたりしない…ただ、秋田から言わせれば、誰にも知られないからこそコツコツと着実に仕事を片付けていくのが大切なのだが。


本丸に来て間もない頃は、勝手が分からないのと、受肉したばかりの体に慣れていないのとで、割り当てられた仕事をことごとく失敗し、よく落ち込んでいたけれど。

その度に、秋田の今の主は『結果よりも過程が大事なのだ』と教え、励ましてくれた後につきっきりで仕事を教えてくれたのである。

それ以来、秋田の中で彼女は『今の自分の持ち主』というだけでなく『大好きな人』になった。


今では一人で色々な事が出来るようになったから、彼女が自分に何かを教えてくれるというのは少なくなったが、決して接触が無くなったわけではない。

時々、他の刀剣男士達には内緒で、甘くて美味しい飴玉をくれるし、夜に、怖い夢をみたと言って主の部屋に行くと『男の子なんだから一人で寝なさい』と追い払うのではなく、秋田を床に招き入れて一緒に寝てくれるのだ。

−−−よく分からないが、こんなふうに優しく接してくれる女の人の事を“お母さん”と言うのかもしれない。


そんな事を考えながら、彼女から教わったばかりの歌を口ずさみ、秋田はちょっと背伸びして洗濯物を干し始める。

高くて手が届かない所には、大倶利伽羅が作ってくれた踏み台の上に登って、洗濯物を手際良く物干し竿に引っ掛ければ問題ない。
その最中にも、気持ちの良い風がぱたぱたと大小様々な大きさの着物を揺らして、良い香りを攫った。


これだけ風が強いと、乾くのも早そうだ。

縁側に腰掛け、羽全体に紅を塗ってめかし込んだような鮮やかな色の蝶々が洗濯物の間を縫うようにして飛んでいくのを眺めていると、不意に聞き慣れた声が耳に届く。


「ただいま。」


…これだけ遠い場所にいても分かる。

待ちわびていた主の声に頬を紅潮させ、秋田は立ち上がるが早いか、全速力で廊下を駆けた。


そうしているうちに、大好きな人は自分達を探してまた声を張り上げる。


「あきたくーんっ、いまのつるぎちゃーんっ、ひらのくーんっ……みんなーっ、どこにいるの?」


「ここ、ここです、主君!…今参ります!!」


薄い胸にめいっぱい空気を吸い込み、大きくそう返事を返すと、とたとた、と別の所からも誰かが主のいる場所を目指して懸命に走っていくる音が聞こえるし、見えもする。

庭を見れば、馬当番だったらしい愛染が池を横切って盛大に近道をしようとしているし、前方には、ずり落ちてくる眼鏡をうるさそうに掴み、白衣のポケットに放り込んで必死に走る薬研の姿があった。


一度呼ばれれば『我先に!』と主の元に短刀勢が走って駆け付けようとするこれは、最早この本丸の名物と化している。


…というのも、最初に駆けつける事が出来れば、主の隣でおやつを食べられるばかりか、もれなく撫でてもらえたり、飛び付くとそのまま抱き留めてもらえるのだ。

たまに脇差勢や打刀勢が乱入してくる際には、争いは熾烈を極める。

いつ頃からそんなルールが出来たかは定かでないが、自分達からしてみれば、一番乗りになったら、大好きな主から人間の子どものように甘やかしてもらえる、というのはたまらなく魅力的なご褒美なのだ。


もしも一番になり損ねたとしても、後でこっそりと彼女に頼めば喜んで甘やかしてくれるのは分かっているが、日頃から多忙な主にわがままを言うのは気が引けるから…。

そんな理由で、秋田を含めた短刀達は、お呼びがかかるとここぞとばかりに一番乗りを狙う。


そうこうしている間に薬研を抜かし、秋田は最後の直線でスパートをかける。

まだ草履を脱いでもいない状態でこちらに向かって腕を広げる主の姿をしっかりと捉え、そのままの勢いてやわく温かな腕の中に飛び込んですぐ、彼は元気よく声を上げた。


「………お帰りなさい、主君!!!!」


直後『ただいま』という優しい声と共に、自分の頭に彼女の手が乗るのが分かった。

求めていた物が惜しみなく与えられ、彼は幸せそうに頬を染めてそれを享受する。


やられた…、と、後からやってきた短刀達が羨ましそうにこちらを眺める中、秋田は、大好きな主を独り占めできるという贅沢な一時に浸っていた。

ああ───これだから、一番乗りは止められない。


悔しそうな顔をしつつも、ここにいる短刀達は全員そう思っているに違いなかった。



end

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