▼ 剋轤チてあげる/堀川国広
*グロ注意
受肉してから最初に言葉を交わしたのは、もちろん彼女だった。
見た目が可愛らしいのと、何だか妙に細いな、というのが最初の印象で。
自分が何でそういう思考に至ったのかは分からない。
けど、その時から『この人は弱いだろうから、僕がずっと守ってあげなきゃ、』って。
そう思ったんだ。
***
「何でいつもこうなっちゃうかなぁ…。」
まめにやっていればこんなに溜まる事も無いだろうに。
自分がわずか数時間の遠征に出かけただけでこの有様だ。
この本丸に住んでいるのは最早数名どころではない。
大所帯、と言えるのだから、これほど洗濯物が溜まるのが、むしろ普通と言えるだろう。
でも、これはさすがにないよね…。
堀川は再度部屋いっぱいの洗濯物の山を眺め、手近な山の一番上に乗っていた可愛らしい柄のハンカチを畳み始める。
正直な所、アイロンをかけながらきっちりやりたいところだが、この量では、相当な時間がかかってしまうだろう。
幸いにもそれほど皺は目立たないし、手で伸ばせばそれなりになる。
今回は大目に見てもらうことにしよう、と。
他の洗濯物に手を伸ばし、山を崩した瞬間に、だらり、と何かが彼の膝の上に垂れた。
ぱっと見、マネキンの体の一部のようも見えなくはないが、そうではない。
まだ生暖いそれは、ついさっきまで生きていた人間と一緒に、雑務やら職務を一生懸命こなしていた物であろう物…正しく言えば、成人男性の腕である。
これを本体ごと斬って、この状態にしてしまったのは他でもない自分なのだけれど。
遠征が終わったら、今までと同じように庭の桜の木の下にでも埋めておこうと思って隠しておいたのだが、どうやらがその一つが出てきてしまったらしい。
ボロボロの服の袖口からは、生々しい刀傷が覗き、赤く汚い。それでいて鉄臭い液体がボタボタ垂れてきて、洗いたての洗濯物を汚す。
「あちゃー…これはまた洗い直しかな。」
物騒な雰囲気に似付かわしくない暢気な台詞を口にし、堀川は何食わぬ顔で腕を掴み、元のように洗濯物の山の奥底に突っ込んで隠してしまう。
こんな汚い物は、主の目の前に晒すわけにはいかない。
それに、洗濯物の匂いで鉄臭い匂いが隠しきれると思ったけれど、そうでもなかったようだ。
もうどこだっていいから、早く片付けてこなきゃ。
風呂敷を持ってこようと腰を上げた途端、近くでパタパタという可愛らしい足音がした。
これは、彼女の足音に違いない。恐らく、自分を捜しているのだろう。
先程までの暗い顔とは打って変わり、堀川は何時ものような優しい笑みを浮かべて襖を開け『主さん、こっちですよ!!』と、手を振る。
すると、案の定。
キョロキョロしながら廊下を歩き回っていた彼女は、ぱあっと顔を輝かせてこちらに走ってきた。
年齢的にはそうでもないらしいが、見た目も言動も幼く、何とも可愛らしい限りである。
「堀川、お帰りなさい!!」
勢い良く飛び付いてきた彼女を抱き留めると、ふんわりと優しい匂いがした。
あの切り落とした片腕から漂う鉄臭い匂いとは違う、安心する匂い。
そうだ。
彼女が生きているのは、毎度のように血が流れる危険な戦場ではない。
一応は平和が約束されているこの本丸なのだ。
平和な場所にいる者からは、生に満ち溢れた香りがする。
願わくば、ずっとそのままで。
自分の主である彼女には、怖い事も嫌な事も…何も知らないままでいてほしい。
「もう…遠征から帰ってきた後は何もしなくていいって言ってるのに。」
「ありがとう、主さん。ああ、そうだ…今剣にはもう会いました?」
『えんせいからかえってきたら、あるじさまといっしょにあそぶんですよ!!』って、張り切ってましたよ。
そう告げると、彼女はハッとしたように堀川から離れ、焦り始めた。
「どうしよう…忙しくてすっかり忘れてた。今剣、怒ってるかな?」
「そんな事ありませんよ。今から行けば間に合います。」
ほら、と中庭の方を指してやると、先程の彼女と同じようにキョロキョロと辺りを見回す今剣の姿がある。
「私、行かなきゃ…本当はお手伝いに来たんだけど、ごめんね、堀川。」
「僕は大丈夫。洗濯は得意だし、すぐに終わるよ。主さんは遊んでおいで。」
この部屋から遠ざけるよう少し背中を押してやると、何も知らない彼女は草履を取りに廊下を走っていく。
その様があまりにも可愛らしくて、思わず笑顔が零れた。
…やっぱり、主さんはこうでなきゃ。
「さてと、」
再び襖を開け、洗濯物の山だらけの部屋を一瞥した。
実は、これは無造作に洗濯物を置いているわけではない。
全て意図して配置したものだ。
ばさりと洗濯物を退ければ、下からは、冷たくなった男の体と、ものの見事に真ん中から折られた短刀が一口出て来る…。
この男は、主が演習相手として懇意にしていた審神者だった。
彼女はこの男をとても信頼していたようだが、男の方はというと、元からやましい下心を持って彼女に近付いてきたのである。
今までは彼女の顔に泥を塗るわけにもいかず、ずっと我慢してきたが…。
早朝、この男が押し入るようにして尋ねて来た事により、事態は急変した。
門の辺りで押し問答をしたのが鮮明に思い出される。
あの時、堀川は確かに、
『主さんは、まだ眠っているんです。昨日はたくさんの刀剣男士の手入れをして大分霊力を消耗してしまったみたいで…何か用事があるならお伝えしておきますから、今日はお引き取りいただけませんか?』
…そう言ったのに。
あの男は『そっちの方が都合が良いから、早くお前の主の所に案内しろ、』と、そう宣ったのだ。
聞こえなかったのかもしれない、と。
もう一度説明をし直したのだが、途中で胸倉を掴まれ、話は断絶してしまった。
そこからは、お供として連れてきたらしい短刀−−−秋田藤四郎をけしかけられたため、応戦。
結果として、男審神者を一人と短刀を一口葬り去る次第となったのである。
短刀には罪が無いとしても、男の方に悪い事をしたとは思っていない。
むしろ、自分は誉められるべき事をやってのけているとすら思う。
今まで何度か同じ事があったけれど、彼女の平穏と操を脅かそうとする輩は、全て自分が斬り捨ててきた。
きっとこれからもそれは続いていくのだろうし、いつか自分の行いが政府に嗅ぎ付けられる時が来て、制裁を受けるかもしれない。
…しかし、不思議と恐ろしい気はしなかった。
僕は、闇討ちも暗殺もそつなくこなせる…そんな刀剣なんだから。
自分でもそれをよく自負していて、謳い文句のようにして言っている。
だから、下心丸出しの男審神者をどれだけ切り刻んでも、そのお供として付いてきた罪の無い刀剣男士をどれだけ折っても、今まで誰にもバレた試しが無いのだ。
全ては、大好きな彼女を守るため。
…ずっと、一緒にいるために。
堀川は、洗濯物の中に紛れ込んでいた彼女の羽織を拾い上げ、そっと自らの頬を擦り寄せる。
「主さん…これから先も、ずっと僕が守ってあげます。だから……、」
だから……今みたいに、何にも知らないままで。
ずっと、僕を好きでいて下さいね?
ちゃんと洗濯をしたはずなのに、羽織からは仄かに彼女の香りが漂う。
それすら愛おしくて、彼は余計に強く羽織を抱きしめた。
「ずっと、僕だけの主さん……。」
精一杯の愛を言葉で吐き出し、堀川は幸せそうに頬を緩める。
ああ、来年の桜は、きっととても綺麗に咲くだろうに。
それは何故かって?
だって、あの下には……。
end
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