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▼ 愛して欲しい/加州清光

「(大丈夫かな…?)」


仕事の手を休めながら、彼女はとある刀剣男士の事を考える。


きっと今頃、割り当てられた部屋の隅の方に座って落ち込んでいるであろう彼の名は『加州清光』。

彼女が審神者業を始めた際に、一番初めに選んだ刀であり、この本丸が始まって以来苦楽を共にしてきた刀剣男士である。


愛されたがりの彼は『愛して欲しい』と、直接口に出してそう言う事もままあるけれど。
彼の『愛されたい』という想いは行動に表れているのがほとんどである。


例えば、いつも必要以上に身綺麗にしていたり、丁寧に爪紅を付けていたり。

誉を取ってきては手入れも済まぬうちに部屋へ飛び込んで来て、『えらい?』『一番?』と問うてきたり。


彼のそういう所は素直に可愛らしいと思えるし、健気だな、とか、頑張ってきたんだな、と思えるけれど、新しく刀が来るとなれば話は別だ。

最初の頃はそうでもなかったのだが、近頃は他の刀が来ると分かった途端、彼は意気消沈してしまって、部屋に閉じ籠もるという癖が付いてしまっていた。


…相部屋の安定から聞いた話なのだが、部屋に閉じ籠もっている間、清光は枕を抱えて寝床をゴロゴロと転がりながら延々と一人言を言っていたり、部屋の隅に蹲ってしょんぼりしているのだそうだ。

そんなこんなで。
新しい刀が来た今日は、例に漏れることなく、彼はそのサイクルを繰り返しているのだろうと思われた。


それにしても心配だ…自棄を起こして酒を浴びるほど煽っていなければいいけど。

少々苦笑しながら、彼女はこの前の清光の行動を思い起こしてみる。


丁度、一月程前だったか。
あの時も、新しく本丸に来た刀剣男士−−−『宗三左文字』と親交を深めるため、一緒に談笑していた所。

後ろの襖が音も無くすうっと開き、暗がりからものすごい形相の加州清光が顔を覗かせたのだ。


瑠音と向かい合わせに座っていた宗三は言わずもがなビックリ仰天。
唖然として清光を眺める彼を尻目に、

『清光もこっちに来て、宗三さんとお話しない?』

と誘ってみたが、その瞬間に清光はしかめ面を崩し、わあっと子供のように泣きながら彼女の膝に縋り付いてきたのであった。


確かその時も、彼は状況の飲み込めていない宗三を余所に『捨てないで、』『やだやだ……寂しい!』と、泣きじゃくりながら繰り返していた。

清光がそれほどまでに自分を慕ってくれるのは嬉しいけれど、毎度毎度こうなのでちょっと困ってしまう。
しかも、一度彼がいじけると放っておくしかないので、こちらとしても心苦しい限りだ。


いつもは燭台切か一期一振あたりが彼を宥めてくれるのだが、今回の落ち込みようは並ではないらしく、誰が何と言ってもまるで聞こえていないらしかった…。


「悪いこと、しちゃったかな…?」


手中の筆ペンをぐるぐる回しながら独りごちてみたものの、この部屋には自分一人しかいないから、当然誰かの返答があるわけでもなし。

彼…清光のために結論を出すとすれば。
早い話、本丸に他の刀剣男士を迎えなければいいという考えに辿り着くのだが、それはなかなか難しい。


万年人手不足のここは、一人でも多くの刀剣男子が居た方がいいに決まっているし、上もそれを推奨している。

それに…自分も半強制的とは言え、上に雇われて働いている身。
独断で刀剣男士を置く、置かない、などは判断しかねるのだ。


さて、どうしたもんか…。

一向に進まない報告書の端に滲んだ墨をぼんやりと眺めていると、不意に誰かの声が耳に入る。


どうやら部屋の前で誰かが入室の許可を求めているらしい。

しかし、如何せん。
襖越しで、尚且つ弱々しく、やっとの事で聞き取れるくらいの小さな声だけでは誰が来たのか分からなかった。


「入っていいよ、」


特に何を考えるふうでもなく、軽い気持ちで許可を出したが、襖の向こうの人物はなかなか入ってこようとしない。

もしかして……と静かに襖を開け、暗がりの中によく見知った姿を探すと、案の定。
そこには、正座をしたまま廊下の隅っこで小さくなっている加州清光がいた。


「あ…えっと、あの……主。俺、安定に部屋追い出されちゃって……。」


行く所無いから、一晩だけ一緒にいてもいい?

そう言って俯く彼を、とりあえず部屋に上げたものの。


廊下は暗いので分からなかったが、明るい場所に出すと、彼の目元が赤く腫れているのがまざまざと見て取れる。


「泣いてたの?」


確認のためにそう問えば彼は一気に顔を赤くし…かと思えば、目を吊り上げて恨めしそうにこっちを睨んできた。


「聞かないでよ…、っていうか何で分かったの?」


今の俺、あんまり綺麗じゃないから見ないで。

目元を隠して、彼はふいとそっぽを向く。


子供っぽい仕草が何とも微笑ましく、可愛らしい。
…うっかり言ったりしたら彼はきっと怒ると思うから、あえて口に出したりはしないが。

目元を何度も擦る清光を何とも言えない気持ちで眺めていると、彼は唐突に妙な事を言い出した。


「………主は、俺よりも今日新しく来たあいつの方が好き?」


「そんな事ないよ、」


「本当に?」


「うん。」


揺らがぬ肯定の言葉に安心したのか、彼は脱力したような笑みを見せた。


「よかった…主があいつとあんまり楽しそうに話してたから、今度こそ飽きられちゃったのかと思った。」


擦り寄る彼を抱き留め、よく手入れのされた綺麗な手を握ると、また一段と嬉しそうに笑って『膝枕をして欲しい』とねだってきた。

特に断る理由もないし、ごく自然に膝を提供すると、彼はいよいよ幸せそうに顔を綻ばせ、ゴロリと横になる。


さらさらと流れる黒髪を軽く梳き、頭を撫でると、清光は猫のように目を細め、緩んだ口元からは少々色っぽいような息が漏れた。


「ねえ、主。俺の事好き?」


もう擦り切れるくらいに繰り返された問いかけに頷くと、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて手を伸ばし、ひたり、と頬に触れた。

思いの外冷たいそれはするすると顔の輪郭をなぞり、唇へと辿り着く。


「俺も主の事大好き…これからも可愛いままでいるし、一生懸命頑張るから、俺の事ずっと好きでいてね?」


甘えたような声音でそう告げ、彼はそのまま目蓋を下ろす。

程なくして聞こえてきた寝息に苦笑しつつ、瑠音は手近にあった膝掛けを引っ張り、彼の体にかけた。


「…ごめんね、何度も泣かせて。私、あんまり愛し方が上手じゃないのかも。」


彼の頬に未だ残る涙の跡をなぞり、再び『ごめんね、』と謝ってみるが、当然ながら返事はない。

それでも、彼の安らかな寝顔を眺めていると、少しずつ気持ちが軽くなっていくような気がした。


end

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