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▼ 倍返し(上)/鶴丸国永

*いやらしい



ついに来た…!

目の前の段ボール箱を眺め、瑠音は一人だけで悪い笑みを浮かべる。


厳重になされた包装をゆっくり丁寧に解いていくと、下の方から片手にすっぽりと収まるサイズの可愛らしい小箱が姿を現した。


付属の説明書をよく見もせずにぐしゃぐしゃっと丸めてしまってから、彼女は小箱からほのかに漂ってくる甘い香りに、うっとりと目を細めた。

彼女が今回某ネット通販サイトで取り寄せたのは、いわゆる『高級チョコレート』。
しかしながら、これをただの美味しいお菓子と侮ってもらっては困る。


何とこのチョコレート、中にはけっこうな強さの怪しい薬…媚薬というやつがたっぷりと入っているのだそうだ。

最初これを見つけた時には、もちろん嘘っぱちだと思った。
けれど、実際に買ってみた人の意見を見聞きする限り、どうやらこれは本物らしい。

悩みに悩んだ末、中に含まれている薬が体に副作用を及ぼさない事や、この商品を出している会社が十分に信用できる所である、というのを確認してから購入に踏み切った次第である。


ただ、これを食べるのは自分ではない。
媚薬入りチョコレートの餌食になるのは鶴丸である。

ここではっきり言っておくが、恥を偲び、大枚を叩いてまでこんな物を買ったのは、他でもない彼への仕返しのためであった。


昼夜を問わず。
時には洒落にならないくらいの大騒ぎをしでかして本丸中を驚かしにかかる彼に専らターゲットにされているのは、言わずもがな瑠音である。

彼の熱烈な求愛に答え、めでたく恋仲となったはいいものの…。
風呂に入っている最中に『サプライズだ!!』と言いながら湯殿から素っ裸で飛び出してきたり、こちらが眠い時に限って『寂しい』だの『冷える』だのと様々な理由を付けて布団の中に入ってきて、しっかりと艶事を済ませた後に着物も着ないで隣で寝息を立てている始末である。


鶴丸が嫌いだとか、そういう事では無いけれど。
こんな具合に平常時から好き放題にされているからこそ、そろそろきつめのお灸を据えてやるべきだと思うのだ。

上手くいけば、調子に乗って舞に舞いまくっているあの鶴にひと泡吹かせられるどころか、多少なりと反省させる事も出来るかも知れない。


こんなに痛快な事があろうか?

きっと、自分を驚かす直前の彼の心境も、こんな風にワクワクしたものに違いない。


さて、これを食べさせた後はどうしてやろうか…?

ふんふん、と鼻歌混じりにそんな事を考えつつ、彼女はすぐ近くで内番に勤しんでいるであろう鶴丸を呼んだ。



***



「何だ?君から俺に用事なんて珍しいな、」


程なくしてやってきた鶴丸に手招きし、すぐ近くに座るよう促す。

さて、どう引っ掛けてやろうか。
色々と思う所はあるが、何をするにも重要なのは一番最初である。


そんなわけで、瑠音はにっこりと笑いながら件のお菓子が入った小箱を鶴丸に手渡した。

彼は差し出されたそれを何の疑いもなく受け取ってくれたが、首を傾げて不思議そうな顔をしている。
早く早く…と焦る心を宥め、彼女はどうにかこうにか理由を説明した。


「この中にはね、“チョコレート”っていうとっても美味しいお菓子が入ってるの。だけど、これだけしかないから、いつも頑張ってくれてる鶴丸に食べて欲しいなって………。」


皆には内緒、と付け加えると、こじつけの理由とは言え、少々甘酸っぱいような気分になる。

この人の事だから、いつものように大袈裟なくらいの喜び方をするのかな、と思いきや、意外にもそうではない。


珍しく、彼は赤面していた。


「参ったな………。」


驚いた。

いやに大人しくそう言った彼に対して少々罪悪の念を感じたが、本番はこれからである。


食べてみて、と声をかけると、鶴丸はやけに素直に頷き、箱の蓋に手をかけた。

パカ…と小さな音を立てて開かれた箱の底には、サンプル画像で見たのと同じように、丸い形状のチョコレートが品良く四つ並んでいる。


それにしても。
箱越しでも十分にいい香りがしたが、蓋を開けると更に甘い匂いが鼻につく。

中にいかがわしい薬が入っている、だなんて微塵も思わせないような高級な作りに感銘を受けていると、横から鶴丸の細く長い指が伸びてきて、チョコレートを一つ摘まみ取った。


固形のそれを物珍しそうに眺め、口に含む。
たったそれだけだというのに、彼の一連の仕草は驚くほど美しく、艶めいているように見えた。

彼はこういう所がとても狡い。故意にやっているのであれば腹立たしいのだが、これで無意識だというのだから、ついつい見入ってしまう。


「どう、美味しい?」


苦し紛れにそう問えば、彼は何度か頷く。


「確かに美味いな。洒落た味だ。」


こんな菓子、初めてだ。

上機嫌にそう言って、彼はまたチョコに手を伸ばす。


しかしながら、二つ、三つ…と順調に無くなっていくそれと反比例するかのように、鶴丸の表情には全くと言っていいほど変化が見られない。

どうしてだろう…。
薬は即効性でないようだから、すぐに効き目が現れないのは分かるが、平均的にいくとこの辺りで何かしらの変化が起こってもいいはずである。


焦りつつ、もう一度彼の方を見やるが、やはり変化は無し。

まさか『神様だからそんな物効きません』とか、そういう事………?


しかしながら、考え込んでいる矢先に事は起こった。

瑠音…と。
いつになく切なげに呟かれた自分の名前に反応してそちらを向いた途端、唇に何かやわらかい物が乗る。


しまった、と思うより先に彼の舌が唇を割り開いて口内に侵入し、彼女の口の中に溶けかけのチョコレートを届けた。

しかし、それだけでは済まない。
呆気に取られているうちに、彼は瑠音の舌を絡め取り、呼吸さえ奪うかのように深くキスをしてくる。


「んぅ……んんんっ!?」


こんなに深いキスは初めてで苦しいし、食べるまいと心に決めていたチョコはもう口の中。

吐き出すに吐き出せないそれは、流れてくる鶴丸の甘くてトロトロした唾液と一緒に嚥下してしまうしかなかった。


ところが、混ざり合う甘い唾液を飲んでも飲んでも、彼はちっともキスを止めようとしない。

むしろ貪るかの如く。
もっと深く、もっと奥まで、というように夢中で口内を犯してくるから、いつの間にか彼女は鶴丸に抱きかかえられるようにしてどちらの物ともつかぬ唾液を口の端から垂らしていた。


「なんて、事を………。」


ついそう呟けば、彼はそれに過剰に反応する。


「何だ、やっぱりあの菓子の中には何かおかしな物が入ってたのか?」


『やっぱり』とは。

ああ、きっと彼はチョコレートの中に入っていた薬に気が付いていたに違いない。


よく考えてみれば、鶴丸国永という男は、タダで“はいはい”と騙されてくれるほど甘くはなかった。

特に怒る事もなく、優しい手つきで髪を撫でてくれる彼に観念し、瑠音は素直に白状する。


「ごめんなさい、そのお菓子の中には………くすり、が、」


ああ、駄目だ。
まるで呂律が回らない。

食べさせられた媚薬入りのチョコレートのせいで、早くも体中にむず痒いような疼きが現れる。


ほんの少しでこんなに辛いのだから、三つも食べた彼はもっと辛いはずだ。

その証拠に、彼の繰り返す呼吸はいつもよりずっと早く、それでいて熱く色っぽい。


情欲に濡れた蜂蜜色の瞳に見つめられるだけでひどく腰の辺りが疼くのは、きっと媚薬が効き過ぎているせいだろう。

甘えるように彼に擦り寄れば、何処までも優しい口吻が施される。


それを皮切りにして、いつものように甘やかな秘め事が始まった。



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