▼ 神獣と鬼女/白澤(鬼徹)
・白澤様と真面目な夢主(鬼灯様の部下)の会話。
・溺愛要素を含みます。
※名前未入力の場合、表記は全て『瑠音』で統一。
〜天国〜
木製のやや古風な外観を持つ薬屋の出入口に立ち、外側に見えるように下げられた小さな看板を眺める。
『close』
つまり、閉まっている。
もしくは、休業日か開店前、という意味。
そう捉えるのが一般的な感覚なのだろうけど、ここの店に至っては、休みと言っておきながらも開いているという事は既に学習済みだ。
こんな時、彼女の上司である鬼灯なら問答無用で扉を蹴破ったり、機嫌が悪ければあの金棒に物を言わせて目の前の障害物の除去に取りかかるのだろうが、仮にも人の家兼店に対して力技をかけるのは気が引ける。
「ごめんください、」
鍵がかかっているかも、という事を念頭に置いて一応声をかけながら戸を引くが、やはり施錠はされておらず、扉は簡単に開いてしまう。
何て無用心な…、いや、ここは天国だから鍵は元々必要ないのか。
一人で勝手に納得し、勢い良く押し開けた扉の内側からは、草を磨り潰した時のような独特な芳香が漂う。
店内に足を踏み入れれば、ちょうど店の端の方でテレビを見ながら鍋をかき混ぜているこの店の店主と目が合った。
「やあ、瑠音ちゃん。いらっしゃい!」
「…御無沙汰しておりました。」
相変わらずな彼の軽い口調にうっかり乗せられてしまわぬように極めて堅い挨拶を返し、深々と頭を下げると、白澤は少し顔を歪める。
おそらく、こちらがいつまでたっても堅苦しい態度を崩さぬのが面白くないのだろう。
「瑠音ちゃん、ここにあの鬼は居ないんだから、そんなにお利口さんにしてなくても良いんだよ?」
「これが私の普通です。外でも内でも礼儀正しくするのは当たり前の事だと思いますけれど…。」
本当に、普通です。普通。
表情を変えずにそう返して後ろ手に扉を閉めると、彼はまた渋い顔をしたが、そんな表情は瞬く間に薄い笑みの下に隠されてしまった。
「そういえば、最近全然こっちに遊びに来てくれなかったけど。」
物凄く寂しかったよ?君に嫌われちゃったのかと思った。
歯の浮くどころではすまないくらいの言葉を自然に口に出し、悪意なく笑う彼はある意味で本当にすごいと思う。
この人は、これまでどれくらいの女の子を甘い言葉で引っ掛けてきたんだろう?
生きている年数が途方もないくらい長い彼だから、きっと天国の仙桃の木の数全部と同じくらい。
いや、もしかしたら、本当に星の数と同じくらいの女性経験があるのかもしれない。
…そのわりには、白澤が相手の女性から結婚を迫られたり、多額のお金を支払って解決しなければならないような問題に直面しているのを見た事がないから不思議である。
一体、どんな方法を使ってそれらを回避しているのだか…。
その時、ちょうど足元に寄ってきた兎がいたから、何となく抱き上げて撫でていると、『僕も瑠音ちゃんに撫でてほしいなぁ』と甘えたような声を出して白澤が引っ付いてくる。
「止めてください。」
「やだよ。だって僕、瑠音ちゃんの事大好きなんだもん。あったかくてやわらかくて良い匂いがするし。ああ、でも。着物の上からじゃ分かんないなぁ…、」
やっぱり、直に触れて確かめないと…ねえ?
腕の中の兎を取り上げたと思えば、次に彼の手は着物の帯へと向かう。
その手を反射的に叩き、メールの着信音を響かせるスマホを取り出しながら、話題を別のものにすり替えた。
「ところで、頼んでいたお薬は?」
「もちろん。ちゃんと準備してあるよ?」
ほら、と促されるままにカウンターの方を眺めると、丁度レジの隣に紙袋が置いてあるのを確認できた。
その最中にもちゃっかりとスマホを覗き込みながら、彼はいやらしい手つきで肩を撫でてくる。
「変な触り方しないで下さい。セクハラです。」
「えー?そんな触り方してないもん。これは『愛』だよ?『愛』。」
「じゃあ、公務執行妨害ですね。」
「またまた…あんまり難しい言葉使わないでよ。あ、そうだ。これからデートしない?僕楽しいところたくさん知ってるからさぁ!」
遊びに行こうよ。
そう誘う彼の言葉をことごとく弾き返しながら、私はスマホから目を離し、彼を睨みつけた。
「この際ですからきっちり忠告しておきますけど。あまりにも色好みが過ぎると、そのうち桃太郎さんか一寸法師さんに退治されてしまうかもしれませんよ?」
「ひっどいなぁ…僕、一応神獣なんだよ?神様は退治されないからいいんだもん。」
まるで動じずにさらりと言ってのけた彼を睨みつつ、溜息をつく。
…今なら、上司の気持ちが分かる気がした。
「私、冗談は言ってません。そもそも、白澤様は自分が『神獣だから』という事にかまけて、何をしても罰が当たるはずがないと高をくくっているのでしょうが…誰だって、悪いことをすればそれ相応の報いを受けるんですよ───この間みたいに、いきなり地獄に落ちるかもしれませんし。」
もうお忘れになりました?
少しきつめの口調で問うても、彼は何食わぬ顔で『アレはアレだよ、』と開き直る。
おまけに、『今度地獄に行ったら、瑠音ちゃんの家に遊びに行っていい?』などと言いだすものだから、失笑するどころではない。
「(本当…どうしたらいいのかしら、この人。)」
いや、人じゃない。神獣か。
そんな事を思いながら、彼女はある電話番号を呼び出し、たったの1コールで電話に出てくれたその人物に現状を報告する。
「申します申します…………鬼灯様ですか?瑠音です。お忙しいところ申し訳ないのですが、白澤様に絡まれてしまって、仕事に戻れそうにありません。よろしければ迎えに来ていただけないでしょうか?」
しかしながら、全て言い終わるまでもなく、店の扉が荒々しく蹴り空けられる。
そこには、今しがた通話していた上司…鬼灯が、泣く子も黙るような恐ろしい形相のまま金棒を担いで立っていた。
***
…それから数秒後。
瑠音は、ぐったりした白澤を引きずる鬼灯の後ろを、薬の入った袋を抱えてチョコチョコ付いて歩く。
彼女達が帰るのは、もちろん地獄。
今日はある意味特別な客も一緒だが、もてなしと言う名の『呵責』は、一切手抜きをしないつもりである。
end
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