倉庫 | ナノ


▼ 独房友情論/ティトス

・前回と今回のマギの内容をフル活用。
※名前未入力の場合、表記は全て「ルネ」で統一。


〜マグノシュタット学院、独房〜


「やっほー…、起きてるかな?」


ひどく気怠そうな声で分厚い独房の扉の外から声をかけてきたのは、昨日知り合ったばかりの女魔導師…ルネだった。

出身国であるレームのあの人との交信を慌てて切り、昼に行われた実戦の時のように自分の目的をバラすようなドジを踏んでしまわぬよう、平静を装ってその間の抜けた声に答える。


「僕に何の用だ…?」


「いや?何の用かって言われても…実は特に用事はないの。あ、強いて言うなら、あんたの監視役で来たんだけど。」


「…何なんだ、お前。」


「えー?私“ルネ”だよ、“ルネ”。ま、覚えてようが覚えてなかろうが別に関係ないけどね。」


場に似合わないクスクスという笑い声が響き、その異様なまでの反響の具合を聞く限りでは、彼女は音波系の魔法を使っているらしい。

その証拠に、小さな玉の飾りがついた彼女の杖の先が、独房の扉に慰め程度に空いている鉄格子付きの窓から、蛍のように淡く光っているのが見えた。


何の目的があってこんな小細工を使っているのか分からないが…。

とりあえず、今は変に構わないでそっとしておいてほしい。

これから考えなければならない事…例えば、アラジンの事やら自分に課せられた義務等といった類いの問題が山積みなのだから。


―――にも関わらず、ルネは勝手に話を始めて、それをティトスに振ってくる。


「ところでさ、あんたがアラジンに向けて『調律魔法を撃った』って話を聞いたんだけど…そんなにマジになっちゃって、本当は何が目的だったの?」


「!?」


この女はわりに痛い所を突いてくる。
学長や教師の指示か…あるいは単なる好奇心によるものなのか。

どっちであろうと、彼女の質問に答えるには、自分の受けた密命に関わる事―――いわゆる、絶対口外してはならない『トップシークレット』の類に入る内容が多量に含まれるのだから、迂闊に答えるわけにはいかなかった。


それならば、ここはどう答えればいいものか…?

いつものティトスであったなら、適当に誤魔化してそれっぽく答えるなんて事は当たり前に出来るのだが、一度うっかり秘密を漏らしてしまいそうになって自信がなくなったせいか、今はどんな事を言おうと、その言葉の裏の裏側までルネに見透かされてしまいそうで…。

それが怖くて、いつの間にか口をつぐみ、女々しくカタカタと体を震わせてしまっていた。


「…ねえ、ちょっと。私の話、ちゃんと聞いてる?」


分厚い扉を一枚隔てているから相手の姿なんて見えやしないのに、彼女が顔をしかめている様がはっきりと分かる。

ちらちらと見え隠れする黒い三角帽の端やら、杖の玉飾りやら…そんな些細な視覚的情報でも、妙に脅迫的な色を伴い、ひどくティトスを混乱させていく。


こんな状況にさらされたのは生まれて初めてだから、対処方法がまったく分からなかった。

ここでまたあの人に交信をすればどうするべきなのか一から十まで教えてもらえるのだろうが、相手はマグノシュタットの学生だ。

ちょっとでも奇妙な行動を取れば、いつ何処から情報を漏らされるか分かったもんじゃない。


そこを考えると、やはりティトスが現時点で取れる最良の方法は、『貝のように口を閉ざす』事だけだった。


「ちょっと、ねえってば!!…返事くらいしてくれたっていいでしょ!?」


「……。」


「もしかして寝ちゃってる?おーーーい!!」


「………。」


あくまで黙秘を貫くと、彼女は大きくため息をついて『もういい』とだけ呟いた。

彼女は独房の扉に凭れかかって、後頭部をごつんとぶつける。


しばらく沈黙が続き、互いの呼吸の音すらはっきり聞こえるくらいに恐ろしく静かな時間が流れていく。
何かを考えるという余力すらも先程の会話で使い果たしてしまったため、改めて自分が置かれている独房の壁や扉をぼんやりと見つめてみた。

壁際の小さな窓から射し込み、部屋中が月の青白い光で満たされて、ただでさえ無機質な物達がより一層陰鬱で卑屈な表情を表していくような気がした。


「…これから質問するから。」


消え入りそうなほど小さく、扉の向こうの彼女が何の前置きもなしに再び言葉を発したのは、それから間もなくだった。

大分落ち着いた気持ちでその声に耳を傾けると、怠そうだった声音が急に真剣味を帯びて鼓膜を揺らす。


「正直に答えて。あんた、アラジンの事殺すつもりだったの?」


「…!」


びくり、と肩が跳ねた。


「違う、そんなんじゃない…!僕は……。」


咄嗟に口をついて出たのは、自分を弁解するための言葉。

それを見逃さずに、彼女はもっと深い所を抉ってくる。


「へえ?そうなんだ…口では何とでも言えるから、それが本当かどうか分からないけど。でもね、これだけは言っておくから。
今度アラジンに何かしたら、私が許さない…!!!!」


強い意思のこもった言葉をぶつけられ、どうしょうもないくらいに動揺して、今彼女の口から吐き出された単語が頭の中をぐるぐる回った。

それと同時に、生まれて初めて向けられたあからさまな敵意に戸惑う。


「…あ、」


ぐちゃぐちゃしたものがドロリと流れ出るような気持ち悪さが付き纏い、胸中では自分を弁護するための言い訳と、それを責めて厳しく追求する言葉がいくつも飛び交う。

気が付けば、ティトスの脳内では、大きな会議並みの討論が始まっていた。


どちらの言い分も正しく、間違いだらけで。
もうどうしょうもない。

それら全てから気持ちを引き剥がすために双眼を閉じれば、ポロリと面白いくらいにわけの分からない涙が溢れる。


それが罪の意識によるものなのかどうかは確定出来ないが、口からは小さな嗚咽が漏れた。


「泣いてるの?」


ルネがまた突然声をかけてきて、今度はご丁寧に鉄格子のついた扉の端からこちらを見ていて。

彼女の口調が先程のものより、いくらか柔らかくなっている事が救いだった。


「泣いてなんか…!」


弱々しくやっとの事で吐き出したのが強がりとは、我ながら傑作だ。

自分への嫌悪感を抱きながら彼女の目にふれないような方へと思い切り顔を背けると、ルネは苛立ちを隠さずに扉を一蹴りし、独房の中へ足を踏み入れてきた。


暗がりから現れた彼女は、昼間見るよりも何だかさらに華奢なように見える。


「ごめんなさい…言いすぎた。」


ぶっきらぼうにそう述べると、ルネはローブの袂から白いハンカチを取り出して乱暴にティトスの顔に押し付け、ボロボロと流れ出ていた涙を拭う。

その動作が思いの外優しくて、すごく意外に感じた。


「ところであんた…アラジンに謝る気、ある?」


「ある…でも、今は行けない。」


独房に朝まで籠っていないといけないから、と言えば、彼女はソレを鼻で笑った。


「馬鹿だなぁ…、男だったらここから抜け出してでも謝りに行くのが当然なんじゃないの?」


「抜け出す!?」


「そ、『善は急げ』って言うじゃない?先生には黙っといてあげるから、さっさと行ってくれば?」


ホレホレ、と杖の先を開けっぱなしの出口に向けて出るように促すルネが何だか少し“いい人”に思える。

実際話してみればそんなに変わり者と言うわけでもないのかもしれない。


「ありがとう、ルネ。」


「何だ、名前覚えててくれたの?…どういたしまして、ティトス君。お礼なんて別にいいから、バレないうちにさっさと行ってきて。」


気怠げに先程まで自分の座っていた椅子にドカリと腰かけてヒラヒラ手を振る彼女に手を振り返し、ティトスは薄暗い独房の廊下を歩き出した。

…アラジンの元へ行くために。


絶対に友達になれなさそうな二人がちょっと仲良くなっていくのは、もう少し先の話。


end

prev / next

[ back to top ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -