▼ 隣の席のカシム君/カシム
・こういうのを書いてみたかった…。
・部活動はほぼ想像に任せて雰囲気で決めてみました。
・現パロ注意報。
※名前未入力の場合、表記は全て「瑠音」で統一。
〜学校〜
瑠音は、時計を見てやきもきしていた。
ああ…時計の長針が6まできたら、あの人が来てしまう。
全身をガタガタと震わせ、小柄な体をよりいっそう縮こまらせる彼女の様子は、何かに怯えている小動物を連想させる。
そして、担任の先生が入って来るか来ないか―――そんなギリギリの時間帯に、彼はいつも教室に滑り込むようにして登校してくるのだ。
案の定、その人物は今日もいつも通りに教室のドアを盛大な音をたてて開け放ち、瑠音の隣の席にドカリと腰を下ろした。
「(ひいっ…。)」
思わず息を飲み込み、呼吸を止めたままで体を硬直させた瑠音とは対称的に、教室の中にいたクラスメイト達はこれといって驚く様子もなく、自らのすべき事―――例えば、昨日やり残した課題や、メールで語り尽くせなかった会話をする事に没頭していて、特に彼を気にする様子もない。
かろうじて前の席の白龍と、斜め後ろの席のアリババが彼に挨拶をしているのみで、それを除けば、特になんともない日常が過ぎているだけである。
しかし、彼女だけはそういう訳にはいかない。
何せ隣の席にいる少年は、学校であろうと平気で煙草をふかし、ピアスも平気で着用。(その点ではアリババも同類なのだが…。)
それでいて、髪型もかなりパンチの効いたドレッドヘアーにしている。
それだけならまだしも、ここの学校の制服である紺色のブレザーは一応買っているはずなのに、それは決して身に着けず。
―――何故か黒い学ランを愛用しているという、彼は今時すっかり珍しくなった『筋金入りの不良』という部類の人なのだ。
ヤンキーの存在自体は現代において本当に希になってはいるが、昔ながらの対策は相変わらず続行されているようで…。
『不良の隣の席に頭のいい奴や、大人しい女の子を置いておけば多少は不良達の蛮行を押さえ付けられるであろう』
という先生の勝手な思い込みの元、それはしっかり実践されている。
…学年主任を含めた先生方のそんな思い込みにより、ひどいとばっちりを食っているのはほとんど瑠音だった。
・髪を染めていない。
・きちんと言うことを聞く。
・ピアス穴も開けていない。
…などなど、他にもこれは流石にないんじゃないかと思えるような項目がズラリと挙げられ、先生方の厳密な審査の果てに、何故かこの無茶苦茶な項目全てにぴったり当てはまるのが瑠音だったらしい。
これで動き出したのは、『瑠音をカシムの隣に据えつけよう!』プロジェクト。
初めて聞いた時には、思わず失笑した。
いささかパッとしないネーミングのプロジェクトではあったが、後々聞いてみると、これは職員会議で決定されたらしく。
これはなかなかに名誉な役目なんだぞ、だとか、頼めるのは瑠音しかいないなー…などと、わざとらしく様々な教科の先生が言ってくるものだから、鬱陶しくてたまらず『じゃあいいです、やりますよ!』なんて半ば自棄になって返事をしたのがそもそもの間違いだったと思う。
先生は『根はいい奴だから暴力は振って来ないよ…多分だけど。』とか言っていたから、それを鵜呑みにして安心していたのに。
まさかこんなバリバリの不良とこれから卒業までずっと一緒なんて…。
「(泣きそう…。)」
ちらりと隣を見ると、彼も偶然こちらを向いていたというタイミングの悪さ。
招きもしない悪運がやって来てしまったせいで、バッチリ彼と目が合ってしまった。
「…ぁ、」
何か、何か言わなければ…。
そうは思うものの、こういう時に限って言葉は出てこない。
代わりに開きっぱなしの口から漏れ出すのは、特に意味を成さないばかりか、単語として分類できるかすら分からないような場繋ぎのための『ええと…』『あの…』といった類いの物ばかりだ。
彼も彼で、さっさと目を逸らしてくれればいいものを、依然として瑠音と目を合わせたままで不思議そうに首を傾げている。
「あ…あの、あの…ね、……オハヨウ…、ゴザイマス?」
ぎこちない笑みを浮かべながらやっとの事で喉から絞り出したのは、ありきたりな挨拶。
しかも、何故か英語の疑問形のように語尾を上げてしまった挙げ句、日本人のくせにカタコトのような話し方になってしまった。
「(私、カシム君に殴られるかも…。)」
一瞬死亡フラグと思われる物が乱立した気がしたが…ここまで来たらもう後には引けない。
顔にはぎこちない笑みを浮かべ、季節は真冬だというのに、背中を汗だくにして彼の反応を待つ。
しかし、彼の顔をまともに見た途端、笑顔が崩れそうになった。
彼は瑠音が想像していたような苛々した顔はしておらず、何だか驚いたような表情をしていた。
そして、たっぷり間を取って返ってきたのは、怒りの籠った拳…ではなく、ごく普通の挨拶だった。
「ああ、おはよう。」
「!?」
そう返した後に、彼は黒板の方に顔を向けたが…瑠音はというと。
安堵のためか、全身に込められていた余計な力が抜け、ペタッと机に突っ伏していた。
数ヶ月前の席替えで彼の隣に半強制的に据え付けられて以来、一度も口をきいた事がなかったが、確かに彼は先生が言うとうり、根はいい人なのかもしれない。
本当に根から腐ってしまっているのなら、誰彼構わず殴りかかっているはずだし、こんな風に挨拶を返してはくれないだろう。
とにかく、瑠音はその時点で『少し彼に関わってみよう』と思った。
***
〜放課後〜
「遅くなっちゃった…。」
今日はコーチの先生が来て教えてくれる日だったから、ついみんなで話し込んで遅くなってしまった。
真っ暗な昇降口のドアの隙間から入り込む冷たい風と雪に体を震わせながら下駄箱の方へ向かうと、バッタリと彼に出くわす。
「カシム君…、」
「おう、お前か。」
冷たく返されはしなかったが、『お前』と呼ばれた事に関して少し腹が立った。
まさかこの人、隣の席に一ヶ月近く座っている私の名前を未だに覚えていないんじゃないだろうか?
「『お前』じゃないよ…。私の名前は、」
「『瑠音』だろ?」
「そうそう…私にはちゃんと瑠音って名前があるんだから。」
むー…と少しむくれながら彼を睨み付けると、彼はいたって軽く『悪い』と言っただけだった。
「お前今帰りか?」
「うん、そうだよ。部活が少し長引いちゃって。」
「そっか…最近物騒だから気を付けて帰れよ?」
「あ…、うん…ありがと。」
普通に会話をしていた中で、ハッとした。
あれ…?この人、本当はこんなに話しやすいのか。
首を傾げて悶々と考えていると、彼はフワリとマフラーを首に巻き付けて靴を履き、まさに帰らんとしている所だった。
「あの…カシム君!!またね…?」
朝にしたのに負けないくらいにぎこちない挨拶をすれば、後ろ手に手を振られる。
多分今のが彼なりの挨拶の一つなのだろう。
「(カシム君、思いの外いい人だなぁ…。)」
明日はもうちょっと仲良くなれるだろうか?
今まであまり居心地のよくなかった彼の隣の席は、これからは少しは楽しくなるかもしれない。
そうなればいいな、と淡く期待を抱きながら、瑠音は校舎の外に出た。
end
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