桃と鬼 | ナノ
 03:霞と焦燥

里の周囲を囲む森は、訪れた秋に飲まれるように色付き…日毎に華やかさを増して、まず見飽きるという事が無い。

こうして季節の深まりを肌で感じながら過ごすというのは、なかなかに趣深いものである。


自分が来てすぐの頃の里には、どちらかと言えばゆったりとした空気が流れていたが、近頃は刀の調整に訪れた隊士と話をしたり、知り合いの隊士が『退屈しているんじゃないか、』と心配して訪ねてきてくれたりと、なかなかに刺激の多い毎日を送っている。


ただ、こういった楽しみもたまには必要であるけど、ここには護衛として赴任しているのだから…遊んでばかりというのはいけない。

朝夕の見回りと鬼避けの罠の仕掛け直しを繰り返す中、頭の奥底へこんな考えが常にあるものだから、合間を縫ってきちんと鍛練も、という流れになるのは当然で。


今日も刀を何振りか持たせてもらい、練習場所として密かに確保していた空き地で前準備に精を出しているわけだが。

巻藁を全て並べ終わり、わざわざ蔵から出してもらった…様々な理由で持ち主が手放さざるを得なかったのだという日輪刀達を眺め下ろし、祈るような気持ちでその中の一つを手に取る。


これにしようか、やっぱりやめにしようか───。

自分にしては酷く迷いながらも鞘を抜くと、中から現れたのは白っぽい色をした刀身である。

一瞬呆けたものの、よくよく目を凝らして刀を見て…そこへ薄めに薄められた青を認め、眉間に皺が寄る。


青い色の乗った刀身は、大抵が水の呼吸を扱う者の持ち物である事を表しており、持ち主の技量によって刀に乗る色も多種多様で。

紺や群青といった具合に、鮮やかで濃い青色が出れば、呼吸の適正も技量もそこそこである証しになるのだが…一方で、青白磁や白藍というようにごく薄い色しか入らない場合は、技量が足りないのを表している。


ごく少ない情報から察せられるのは、元々この刀を所有していた者は水の呼吸の使い手であったものの、剣の技量には恵まれなかったという事くらいか。

彼…ないし彼女。
この刀の元の持ち主は、刀を手放したその後、どうしているんだろうか。


隠として活動しているのか。

鬼殺隊を抜けて幸せに暮らしているのが一番ではあるが、そうでないとしたら─────。


考えれば考える程暗い方へ気持ちが偏ってしまい、何も手につかなくなってしまいそうだったので…申し訳ないが、元の持ち主に対して思いを馳せるのは一旦保留しておく事とし。
再び目の前の白っぽい刀身に目を向ける。

何しろ、肝心なのはここからだ。


ひとまず鞘はベルトに挟み、何度か刀を振りながら動き回ってみる。

持った感じは、普通の刀よりかやや軽めで、長さはそこまででもなく取り回しのしやすい感じ。
変な癖も無いようだし、大体このあたりに技を当てたいと計算して相手に切りかかるには過不足の無い、良い刀である。


そこまで分かれば十分と利き手で刀を握り直し、並んだ巻藁のうち一つに狙いを定め、鋭く息を吸って。


「水の呼吸、激流___陸ノ型、懸河突き。」


ザアッと、川の近くにでもいるような音を引き連れて助走をつけ、飛び上がり……いつもの通り全力で刀を振り上げ。
表面を幾度か突いてやれば、程なくして。


何とも呆気なく、狙いをつけられた巻藁はばったりと後ろへ倒れてしまう。

それと同時に、利き手に妙な軽さを感じ、はっとして目を配れば。
刀は根本からポッキリと折れ、柄だけが自分の右手に握られているのが見える。

慌てて周囲を見渡すと、折れた…というよりか、砕けたとしか言い様のない白い金属片が方々へ飛び散っているのを認めた時、元々眉間へ寄っていた皺が更に酷くなったのが分かった。


力は、常々刀を振るっていたのとほぼ同じ乗り具合。

呼吸を使った時だって特別無茶な動きはしていないし、角度のせいで折れたにしたって砕ける所まで行くなんてあんまりに不自然すぎる。


今度は倒れた巻藁を眺め下ろし。
血の気が引いていくのを感じたのは決して気のせいではない───次いで、蜂の巣のような無数の穴を恐々覗けば、容易に向こう側を拝む事が出来た。

技を重ね掛けした時ならいざ知らず、単発でこの威力は異常だ。


「………。」


ここ数日間、絶えず続いている怪現象に頭を悩ませ。
また壊してしまったな、と申し訳なく思いながら刀の破片を集め始める。


里長に家宝の刀をどうにか使えるように直してもらった一件以降、より一層気をつけて刀を扱おうと意識を改めたまでは良かったのに。

それだけでは不便するだろう、と新たに打ってもらった二振り抜りの日輪刀を受け取り、自分の色を入れた直後…呼吸を使っての試し切りの時点でどちらの刀も粉々に砕け散り。

『こがな事もあるんやのぉ…、』と、大層驚いている里長に半泣きで謝り倒したのが記憶に新しい。


以降は、また新しく刀を打ってもらっている間の繋ぎとして。

元の持ち主が手放した刀を蔵出ししてもらい、元のように、どうにか日輪刀を粉々にせず。
呼吸を使って振るえるよう調整を重ねているのだが…どうしてなかなか。

毎日、それも意図せず。
平均で四振から五振の刀は必ず再起不能にしてしまうという具合に、決して少なくない犠牲を払いながらようやっと分かったのは、折れる刀と折れない刀には一定の法則があるらしい事くらいだった。


辺りを見回し、光る破片は一つも無い事を認め。
砕けた刀を柄と共に手拭いへ包んで…近場の切り株に乗せ、小さく合掌する。


「(ごめんなさい……そして、ありがとうございました。)」


謝ったところで刀から返事はなかったが。

大事に扱われた物には魂が宿る事がある、と聞いた覚えがあるから、最後に扱った者として謝罪と感謝を述べるのは悪い事ではない……と、思いたい。


また沈みそうになった気持ちを切り替えるべく、帳面を取り出し。

頁を捲って鉛筆で『一』を書き入れれば、横へ並んだ『正』がまた増え、何とも言えない物が込み上げた。


尚、連日増え続けるばかりで一向に減る気配のない『正』の先頭に立っているのは『水の呼吸を使っていた剣士の刀』という文字列で。

見れば見る程、納得がいくような。
でも、それを認めてしまえば後々大変な事になりそうなのが分かり、今度は憂鬱になってきて。


私はこれからどうすべき…いや、逆にどうしろというのか。

頭の中で考えをこねくり回したとて、いい案なんか到底浮かんで来やしない。


苦し紛れに、まだ使っていない刀を抜いては戻し。
また抜いて、戻して…を何度か繰り返し。

持ってきていた他の日輪刀の色に濃淡の差はあれど、その全てに確かな青を認め、いよいよお手上げの状態に追い込まれた。


「(…しょうがない、)」


やたらに犠牲を出したとて、これ以上の成果は得られぬだろうから。
今日の鍛練はこれにて終いだ。


次いで溜め息混じりに草原の上へ身を横たえるが早いか、すぐ近くへ帳面も鉛筆もほっぽり出してしまって…人が見ていないのをいいことに、大きく伸びを一つ。


見上げた空はやけに高く、それでいて青く。

実際そんなわけはないのだが、まるで、悩める自分を笑っているようで…少しむっとしてしまった。


***


休憩の時に食べようと持ってきていた饅頭を頬張り、その甘さをごく微かに感じながらゆっくり嚥下して。


「(さっきはどうかしていたかも……。)」


胃に食べ物を入れた為に、少し気持ちが落ち着いたので。

帳面と鉛筆を拾い上げ、再び頁を捲り…ここ数日で気付いた事を書き連ねている箇所を見つけたので、改めて読んでみる事にした。


『以前は一切そんな事はなかったが、青い色の入った刀を使うと、呼吸を使った際の技の威力が増し、刀は砕けてしまう』

『反対に、黒刃や緑刃等、水ではない呼吸を扱う剣士の刀であれば、技の威力はいつも通りに留まり、何度呼吸を使った技を繰り出しても刀が折れる事は無いようである』

『呼吸に合った日輪刀を使うと、どう頑張ってみても必ず刀が駄目になる』

『仁科の剣士が、自身の使う呼吸の…青い色の入った刀を使わず、頑なに代々家宝の黒刃を使っていたのは、もしかすると技の威力を多少落としてでも刀を折ってしまう頻度を下げ、戦いの際に不利な状況へ陥るのを避けようとしたからでは』


動かしようの無い事実から、あくまで勝手な域を出ぬ推測まで。

好き勝手に書き散らかされた文字列を何度もなぞり、さてどうしたものかと考えを巡らせる。


仮に、自分の気付きや推測が全て正しかったとしたら、今後は使う呼吸と合致する…青い色の入った刀以外で戦わねばならないのが確定してしまうわけだが。

ここで問題になるのが、どうやって水の呼吸の剣士以外の刀を手に入れるかである。


順当に行けば、里の蔵にある持ち主のいない刀の中から探すのが一番であり、この場合の最善なのだろうが。

事実として、鬼殺隊に所属する剣士のほとんどが水の呼吸の使い手であり。
それ以外の呼吸を使う者の割合が随分少ないのが知れているため、蔵の中の刀に過度な期待は持てないのであった。


「(うーん……、)」


こうなると、知り合いの中で頼りに出来そうな面子は随分限られてくるわけで。

同じ流派の出身である水柱は勿論除外するとして。
万一の事を考えると、派生の呼吸を使う剣士もあらかじめ除外しておいた方が安牌…となると。

事情を説明すれば助けてくれそうなのは、風柱か岩柱。
一般隊士の中では、炭治郎か善逸辺りだろう。


四人のうち誰かに頼み込んで、色の入った予備の刀を譲ってもらうか。

もしくは、自分の刀に触れてもらい、色を入れてもらうか。


どちらにせよ、基本的には他人の色の入った日輪刀は使わないし、使えないのが暗黙の了解というか、剣士として最低限の常識とされている中。

仁科家出身の剣士というだけで、常に少なからぬ異例を踏み倒している身からすると、更に他の隊士との溝が深まりそうな案件だけに、どういった手段を取るべきか悩ましいところだ。


他に何か。
もっと良い手立てがあれば、是非ともそちらの手段を取れるよう段取りしたいものだが。

考えながら鉛筆の先で頁をつついたせいで、白かったそこには次第に黒い点が増えていくが、それらしい物は浮かんでこない。


ならば、今考えた事をとりあえず帳面へ書き付け、まとめてみようかと鉛筆を握り直したその時。

不意に、頁へ黒々とした影が差し、ぱっと振り向くと。


「………。」


いつからそこに居たのか。

というか、誰にもこの場所の事を伝えていないのに、どうやってここへ辿り着いたものか───霞柱の時透無一郎が後ろに立ち、こちらをじっと眺めていたのと目が合った。


突然の事に驚きはしたものの、柱に礼を欠いてはならないという気持ちが先に立ち。
すぐそちらへ体を向け、立ち上がってお辞儀をする。

同時に、以前会った際には大体似たようなくらいだった背がいつの間にやら僅かに追い抜かれているのにぎょっとし…彼はまだ若いのだから、少し会わぬ内に大きくなるのも当たり前かと思い直してどうにか平静を保った。


それにしたって、今ですら十分すぎるくらい強いというのに。
体が完全に大人になった時、彼はどうなってしまうんだろう。

竹のような成長の早さを眩しく思いながらも、黒い点がひしめいていた頁を指でつまみ、先へ送ってやって。


『こんにちは、霞柱殿。背中を向けたまま気が付かず、大変失礼いたしました。里へいらしていたのですね』


いそいそと言葉を書き付けた新しい頁を差し出してはみたのだが。
彼は文字列を見ようともせず、じっとこちらの顔を眺めるばかりだ。

もしや帳面が見えていないのか、と位置をやや上にずらし。

自身の顔の辺りまで持ってきたところでようやく文字に気が付いたのか、大きな瞳が何度かそれをなぞって…不思議そうに小首を傾げた。


「───口、きけないんだっけ?」


『いえ、そういうわけではないのですが。少し前から、かなり聞き取にくい大きさの声しか出せなくなっておりまして』

『相手の方にご不便をおかけするのは重々承知の上ですが、こちらの思いや考えがなかなか伝わらないのも如何なものかと思い至り、話が必要な際はこうして筆談のような形を取っている次第でした』


取り急ぎ書き表し『どうかご勘弁下さいね』の一言で締めくくった帳面を差し出したのだが。

物憂げというか、何を考えているか読み取れないというか…時透の翡翠のような色をした瞳は、いつの間にかこちらの右の腰元へ釘付けになっているようで、再び帳面の方を見てくれそうな気配は無い。


しばらく待ってみたものの、進展がないので。

また先程のように彼の視界の真ん中へ帳面を動かさんとしたのだが…時透の指がこちらの腰元を指差す方が早かった。


「刀、元からこんなんだっけ……?」

『打刀だったんですが、少し前に折れてしまったんです。ただ、家宝の刀という事もありますから、諦めきれなくて。里長殿にお願いして、鎧通しに直していただきました』


事の経緯を帳面へ書きつけて差し出すと、彼はやや黙り込んで。


「刀って消耗品でしょ。新しいのを打ってもらうとか、予備の分まで余分に作っとくのが普通じゃない───折れたのをわざわざ直してまで使うっていうのは、あんまりよく分かんないや。」

『確かに、こういう事はなかなかありませんものね』


刀が折れたら新しい物を使うのが一般的であるから、こう言われてしまうのも無理はないか。

雰囲気を読み取りつつ上手く返してはみたが、少しばかりへこんでしまったのは内緒だ。


「ところで、刀…そんな短いのなかなか無いし、ちょっと見たいんだけど、」


淡々とした調子で紡がれた言葉にはっとし、一つ頷いて刀を渡せば。

これが余程珍しいとみえて、じっと全体を眺めたり、柄を握って刀を抜き、黒炭のように黒い刀身を覗き込んだりしていた丸い瞳は、いつになく忙しない動きを繰り返した。


「よく見たら、刀身に文字が一つだけ入ってるし、よっぽど古い物なんだね……そういえば、家宝?とか言ってたっけ。」


どれくらい前の刀?

急な質問だなと思いはしたが、とりあえず分かる範囲で答えようと、頁へ鉛筆を滑らせた。


『それが、お恥ずかしながらよく分かっていないんです。里長殿の見立てによれば、恐らく戦国辺りの作だとの事ですが、詳しくは何とも』

「でも、黒い刀って早々見かけないし。元々、君の先祖が色を入れた刀がそのまま伝わってるって訳ではなさそうだけど。」


その辺りはどうなの、

今度はそう問われ、どうだったかなと少し考えて。


『概ね、霞柱殿の見立て通りですね。これ自体は、随分昔に仁科家と関わりのあった隊士の方が、これまで懇意にしてくれた礼に、と亡くなる前に下さった物のようでして。その時の日輪刀が代々家宝として伝わっているのだ、とは聞かされていますが』

『何分、刀の来歴に関して記録が残っている訳ではありませんし、その隊士の方に関しても、何処の誰であったのかまでは伝わっていませんね』


…期待していた物と違ってがっかりさせてしまったのなら大変申し訳ないが、とどのつまり。
真相はどうだか分からない、というのを丁寧に言い換えただけである。

何だかはっきりしない終わり方となってしまったが、そうとしか言いようがないのが更に辛い。


こんなにもやもやとした返答では、流石に怒られてしまうかな…なら、これが答え損というやつか。

ややげんなりしながら帳面を差し出すと、彼は朧気な顔付きでさらさらと文字を読み。


「…つまりは。これは君の一族にとって大事な物だから、短くなっても手元に置いて使い続けたいって事?」

「………。」


何だか話が噛み合っていない気もするが、あえて言及したとてどうにもならなそうだ。

根本的にあるのはそれだなと納得し、何度か頷いたが…子どもじゃあるまいし。

こんな返しは失礼だろうと慌てて帳面と鉛筆を握り直すも、そう、という短い返しがあってすぐ、彼の視線は手元の鎧通しに落ちていた。


「持った感じはちょっと重いかなって印象だけど───これ、使いやすくて良い刀だと思う。」


僕の次の刀は、どっちでもないかもしれないけど。

どこからともなく現れた不穏な語尾に、今度はこちらが首を傾けたが…当の彼はそれについて答える気はないらしい。


「じゃあ、返すね。」


唐突に。
言葉を添えるというよりか、投げるような勢いで口をきいたのと同時に、鎧通しがぽいと放られ。

慌てて抱き止めて目線を上げると、鼻の先を翡翠の色を纏った柔らかな毛髪の先が掠め、むず痒さを覚えたのも一瞬の事。


瞬き一つの合間に、柔らかなそれは持ち主の身のこなしに付き従い、みるみるうちに離れていく。

言葉をかける暇もなしに、華奢な印象を受ける彼の背は遠ざかり───背の高い草むらの合間を器用にすり抜け、じき見えなくなった。


なす術もなく時透を見送り。

そういえば、彼は一体何のためにここへ来たんだったかと今更ながらに疑問を持つ。


正味三十分も無かったであろうやり取りの内容は自分の中で既に薄れかかり、そこから彼の目的らしき事柄を拾い上げようと努力してみたが。

平生の時透の様子を思い起こす限り、いくら頑張ろうと自分に分かりはしないんだろうな、という結論に達した為、考えるのはやめにして、今度こそ片付けに取りかかった。


その最中、いつのまにやら暮れなずんでいた空を鳥がゆっくりと渡っていくのが見える。

そろそろ夕飯時だと言わんばかりに、ぐぅ…と鳴き出した自身の腹の虫に苦笑が漏れる。
食べ物の味は殆どわからなくとも、これは何時でも正確で、腹が減ったという感じがあるのも確かだった。


prev / next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -