桃と鬼 | ナノ
 01:胡蝶の微睡み

薄らとした寒さが朝夕纏わり付いてくる今日この頃。
庭先の銀杏の木には黄色い葉がびっしりと付き、今にもひらひらと舞い落ちてきそうな気配を漂わせていた。

それが晴れた空の青によく映えて眩しく感じるのは、幾らか歳を重ねたせいだろうか。


いよいよ秋が来たなと実感する反面、季節がどうであれ、自分のするべき事に変わりはなく。

蝶屋敷の主人として、敷地内で療養している隊士の様子を見て、適切な薬を煎じて飲ませ…という作業を朝から繰り返していたわけだが。


流石に少し休もうかと自分の部屋へ歩く途次。
庭先へ珍しい人の姿を認め、自然と足が止まる。

嘘ではなかろうかと目を瞬かせ。
挙げ句、疲れているせいで幻でも見えているのではとやや強めに目を擦って。

けれど、好きでもあり苦手でもあるその人の姿は消え失せる事なく…件の彼女は元々着ていたらしい薄浅葱色の羽織を片腕に抱えたまま、庭先で楽しげな声を上げる三人の少女達の姿を近くで穏やかに眺めていた。


「………百瀬さん!?」


自分でも驚く程に大きな声を上げてしまい、慌てて口を手で覆ったが…僅かに遅かったようだ。

流行に乗ってと言い訳するには随分短く揃えられた黒髪が翻ったかと思えば、中性的な顔がこちらを振り向き。
同時に、きよ、すみ、なほの三人が元気よく手を振ってくる。


「あっ、しのぶ様!!こっちです、こっちー!!」

「今、百瀬さんからお菓子を沢山頂いたんです!!」

「お花も沢山頂きましたー!!!」


賑やかな声を聞き流しながら慌ててそちらへ向かえば、果たして。

夏の終わりに蝶屋敷へ担ぎ込まれた時よりやや痩せたような感じはあるが…それを抜きにすれば、姉が生きていた頃から全く変わらぬ姿をした彼女を目にして、少しばかりほっとする。


だが、何故かその手には帳面と鉛筆が握られており。

絵でも描いていたのかと思ったのも束の間。
こちらへ軽く会釈をしたかと思えば、帳面へさらさらと文字を書き付け、こちらへ差し出す。


『お久しぶりです、胡蝶殿。すっかり御無沙汰してしまって申し訳ありません。』

お元気でしたか。

その一文を読むなり顔を上げれば、角度によっては男性のようにも女性のようにも見える不思議な容へ笑みが浮かんでいるのが見える。


こちらも何か話そうと口を開くも…どう言ったものか。
肝心な時に限って上手く話す事が出来ぬもので、少し考え。


「勿論です。柱として、体調管理が完璧に出来ていなくては他の隊士に示しが付きませんから……それはそうと。百瀬さんこそ、体調は如何ですか?」


結局月並みな言葉が並んでしまうが、彼女の方はそれを咎めるでもなく帳面をひっくり返し。

さらさらと文字を書き付けると、またこちらへ差し出す。


『私の方は、特に何も。普段通り、至って元気ですね。』


何とも血の気の無い窶れた顔へ笑みを浮かべつつ、書き付けた物を躊躇いなく見せてくる彼女を眺め。

これは相当無理をしていると分かるのと同時に、己を大切にするのを怠っているんだなと思うともう駄目で…どこか深い所から、ふつふつと怒りが沸き上がってくる。


「普段通り、ですか…それは大変結構な事ですね。ところで、きよ。」

「はい、何でしょう?」

「栄養状態のよくない方に入れる液状の薬剤…あとどれくらい残っていましたっけ?」

「ええと。今日は何だか食欲の無い隊士様が多くいらしたので、随分使ってしまったんですが…あと二つは確かに残っていたはずです。」

「そうでしたか。では、それを離れにある部屋へ必要な器具と一緒に運び込んでおいて下さい。」


たったそれだけで何かを察したらしいきよは『なるべく急ぎますね、』と言ったきり、走り去ってしまう。

続いて。


「すみもなほも、離れの部屋へしばらく誰も近づけないように人払いをお願いしたいのですが。」


この辺りでようやっと事情を飲み込んだらしい彼女が慌てて文字を書き付けた帳面を差し出したが、もう遅い。

眼前へ付き出された帳面を遮って、薄浅葱色の羽織に隠れていた何とも細い手首を探り当てるが早いか強めに握り。


「至って元気という割には、何だか少し…いえ、大分疲れていらっしゃるように見えますので、ちょっと離れで処置を受けていって下さいね。」


やや強引な遣り口ではあったが、一度付いてしまった勢いは急に止められるでもなし。

ならばこのまま押してきってしまえと圧をかけてみたのだが、往生際の悪い事に。
彼女は押さえられていない方の手で一生懸命に帳面を握って此方へ差し出しつつ、首を横に振って見せた。


内心、ここまで来てまだ抵抗するかと怒りがぶり返しかけたが、こういう時は焦らない事。それから、怒らない事が大事…と自分を宥め、珍しく焦った様子の彼女に向き直る。


「よく見ると足元がふらついていますし、この痩せ具合…ちょっと異常ですよ。どちらにせよ、このまま動き続けるのは無理でしょう。」


それはあなたが一番良く分かっていらっしゃると思うのですが。

笑顔のまま詰めてやれば、いよいよ目線が泳ぎ出す。


元来の性格も手伝ってか、彼女は嘘や隠し事が上手い部類ではない。

だから、疑わしい事がある時は少しばかり詰めてやると、これこの通り。
反応や表情で、大体どれくらい困窮しているのかがすぐ分かる。


まあ、百瀬が自分の目の前にふらっと現れるのは、何というか…総じてどうしようもないくらい行き詰まっている時と決まっているので。

どうせ今回もそんな事だろうと察し、こういう所は姉さんが生きていた頃とちっとも変わらないのだな、と溜め息が出た。


「私達は体が資本なんですから、体調が悪い時は無理をせず休むのが鉄則、と。これまで耳にタコが出来る程お話ししてきたと思ったんですが、忙しさにかまけて、どうしても忘れがちになるようですので───仁科家の当主になられた百瀬さんには、戦い以外でも、他の隊士の皆さんの模範となっていただくべく、今日は私が側について…今一度、みっっっちり生活面の指南をさせて頂きますね。」


さ、行きましょう。

額に青筋が立っていたかもしれないが、そこはご愛嬌。
毎度毎度酷い状況を聞かされ見せられしているのだから、多少の事には目をつぶってほしい。


まだ燻っている怒りを諌めつつ薄浅葱色の羽織を軽く摘まめば、合間から僅かに顔を覗かせた彼女の肌から桃の香りがした。

初めて会った日から何ら変わらぬ。
彼女を仁科の家の剣士と知らしめる甘美な香りは、何故だかいつでも気分を高揚させてくれる。


「(そういえば…姉さんもこの匂いが好きだと言っていたっけ。)」


懐かしい日々を彩ってくれた香りを変わらず纏い続ける彼女を連れ、寒さのためかしょげたように下を向いた花がひしめく庭を横切り、離れへと足を向ける道すがら。


「ところで…さっきから一度もお話しになっていないようですが。」


風邪でも引きました?

何気なく問うて振り向いたのだが…意図せず、核心かそれに近い部分を抉ってしまったようで。

彼女は青い顔で俯いて、やはり一言も言葉を発する事はなかった。


***


「…百瀬さん、入りますよ?」


中へ向かって一応声をかけたが、応答はない。

そのため、静かに扉を開け。
極力音がしないよう入り込んだ離れの部屋には、もう茜色の光が差し込んでいた。


窓際へ置かれた寝台へ身を横たえているのは、当然ながら百瀬であるのだが。

点滴で水分と栄養を流し入れているのだから、そろそろ顔色が良くなる頃合いであるというのに、茜色の光に包まれた中でもはっきり分かる程に頬は青白く…一向に赤みが差す気配もなかった。


余程疲れていたのか。
針を腕に刺し、小言混じりに点滴を落としてすぐ彼女が眠り始めてしまったので、指南も何も出来ずに一度仕事部屋へ引っ込んでみたのものの。

結局、寝ているからと離れへ一人きりにしてきてしまった彼女が気になって仕方がなく、手をつけては放ってを繰り返していた仕事にやっときりをつけ、ここまでやって来たわけだった。


部屋の中には彼女の纏う桃の香りが充満し、一度呼吸をすれば酒を煽った時のような甘い目眩に見舞われる。

甘く、瑞々しく。
いつもよりか妙に強い香りの中へ僅かなえぐみや渋みが混ざっているのに気が付いた時、眉間に皺が寄った。


「(この匂いは、)」


先日亡くなった彼女の父の葬儀の際、祭壇付近で漂っていた…というより、遺体のすぐ近くで妙に強く感ぜられた匂いによく似ている。


死臭、とでも言えばよいのか。
甘くはあるが、重々しさも伴った匂いに軽くえずきながらも慌てて寝台へ近付き……恐々百瀬の体へ触ると、驚くほど冷たい。

次いで、脈を取ったり、呼吸を確認したり。
終いには、薄いその目蓋を押し上げて瞳孔を覗き込んでみたが、彼女の瞳は夕焼けの強い光を浴び続けて尚、拡大したまま不気味にこちらを見返しているだけだった。


「(………駄目だ、もう死んでいる。)」


どうにか手を打とうにも、既に顎や頸の筋肉が硬直しているのから察する限り、彼女が死んでからもう二時間近くは経っているらしい事だけが知れたのと同時に、早鐘を打つかの如く己の心の臓が跳ねているのに気がつく。

呼吸は短く…浅くなり、喉は妙に乾いているというのに、冷や汗だけがいつまでも止まらない。


これまで、人の死には何度も触れてきたのだから、見送るのには慣れているはずだった。

それこそ、何人も何人も。
大好きだった姉も、蝶屋敷に招き入れて世話をしていたあの子達だって。

何故だかみんな先に遠くへ行ってしまうので、その度に寂しさと悲しさと怒りに身を引きちぎられそうになりながら、懸命に見送りをしてきたのに。


鬼殺隊に入って以来、唯一ずっと変わらず近くへ居続けてくれた彼女が、自分に隠れるようにして、呆気なく…何の前触れも無しに突然死んでいた事が、どうにも受け入れられなかった。


相も変わらず窓から射し込み続ける茜色に抱かれながらも尚冷たい彼女を見下ろし、ついにどうしようもなくなって寝台に腰掛ける。


「…何勝手に死んでるんです、」


小言を言ってはみるものの、当然ながら百瀬は目を覚ましてはくれない。


「あなたが私に会いに来るのは、決まって困り事がある時だと分かってましたけど。最後の最後がこんなだなんて……あの冨岡さんだって驚くでしょうね。」


途中声が震えたが、ぐっと堪えて。


「私がどうやって姉さんを殺した鬼を屠ろうとしているのか知っていたあなたなら……私の最後を見届けてくれるかもしれないって思っていたのに。何にも言わなかった私も私ですけど、先に一抜けなんてあんまりじゃないですか、」


きっともう、何も聞こえてはいない。
分かってはいたが、数時間前までは確かに彼女であった肉の器にかける言葉は止まらない。


「───結局。百瀬さんも私を置いて、先に逝ってしまうんですね。」


ぽつりと出た最後の恨み言と共に、堪らなく寂しくなった。


鬼殺の剣士であるからには、自身のみならず、仲間の誰もが明日をも知れぬ身である事を自覚し、訃報が届く度に、そうかと軽く受け流すくらいでなくては精神が持たない。

いずれも、死因は『鬼と戦っている最中に負った傷のせいで死んだ』『骨も肉も一片残らず食われて死んだ』と、凄惨な物が大半を占める中、鬼に弄ばれて体の一部が欠ける事も、喰らいつくされてしまって身に付けていた物だけが残されるわけでもなく…寝台の上で眠るような死を迎えられたのは、随分幸運な事であるように思えて。


普通に生きていれば誰しもが手に入れられるような平和な死に方にぼんやりとした憧れを覚えたのも確かだ。

私はきっと、百瀬さんのように寝台の上では死ねそうにない。


「(そもそも、鬼の首すら斬る力の無い私が。)」


刀のみならず、己の体へもせっせと毒の仕込みを始めている時点でろくな死に方をしないのは目に見えている。


「今のところ…この事を伝えているのはあなただけだったんですから。」


いつか、首尾よく。
見事件の鬼を討ち取れたら、その時は。


「誰もが私のやり方を貶したとしても。あなたくらいは『よく頑張った』って───きっと私を誉めてくださいね?」


やくそく、と呟いて絡めた小指は、彼女の冷えきった皮膚に触れてすぐ熱を失っていく。

姉にとっても、自分にとっても…長らく良き友であってくれた人の死を悼み、涙が溢れてきそうになるのを静かに堪えながらじっと項垂れて。

悲しみに浸りながら深々と溜め息を付けば、甘く切ない桃の香りがした。


***


甘く瑞々しい桃の香りを肺腑の底へ落とし込みながら、ゆっくり、ゆっくりと意識が浮上する。

…いつの間に眠ってしまっていたのか。
寝起き特有の気怠さに支配されつつ頭を振り、ゆっくり目蓋を上げてみて。


先程まで夕方だったと思ったのに。

見回したそばから辺りが妙に暗い事に気が付き。
焦ってがばりと立ち上がれば、途端に襲ってきた目眩と同時に目の前が真っ暗になり、意図せず踞ってしまう。


…こういう時は、深呼吸をしながらゆっくりと動かなくては。

瞬きをしながら辺りを触り、掴まれそうな所を探り当てて。
それを支えにのろのろと立ち上がる頃にはどうにか視界も回復し、薄暗い闇に沈んだ離れの部屋の輪郭が見えだしたのだが───香りはすれど、つい先程寝台の上で身を横たえたまま死んだはずの百瀬の姿がどこにもない。

それどころか、点滴やら布巾やらといった物すら根こそぎ消え失せており、何事もなかった、とでも言いたげな暗い部屋を見回して訳が分からなくなる。


「(一体、何がどうなって…。)」


考えている最中だというのに、邪魔立てをするかの如く急に沸いて出た頭痛と耳鳴りにうんざりしながらこめかみを押してみたが、どちらも一向に収まる気配はなく…誰に教えられるでも無しに、体へ入れている毒が悪さをしているのだと分かった。

慣れたもので、いつもなら少し変だなと思ってもしばらくすると収まっていくのだが、今回はやけにしつこい。


これは、最近僅かに調節した毒の量が体に合っていないせいなんだろうか。
それとも、久し振りに深く寝入ってしまったせい?


考えているうち、キィ…と鳴くような音を立てながら扉が開いて。
間髪をいれずに眩い光が差し込んできた為に、思わず顔をしかめたが。


「あ、良かった…起きていらしたんですね!」


聞きなれた可愛らしい声がこちらへ放られたのにはっとして目を凝らせば、暗がりの中、ランプを片手にこちらへ笑顔を向けるきよの姿が見え。

気が紛れたせいか、頭痛も耳鳴りも徐々に収まり、ひとまずほっとする。


「すみません、つい寝入ってしまったようです───ところで、百瀬さんの体はもう安置所へ?」


そのまま問えば、きよは驚いたような顔をしてみせたが、すぐ眉間に皺を寄せ。

考えに考え抜いて、突然に『あっ!』と声を上げて見せた。


「…もしかしたら、お二人で亡くなった隊士の方にお別れを言う約束をしていらしたんですか?でしたら、すみません。何がなんでも、百瀬さんをお引き留めしておけば良かったですね…。」


どうにか持ち直し、申し訳なさそうに話し始めた彼女の言葉に違和感を覚えたが、ここはひとまず調子を合わせる事に決め。


「いいえ、私もはっきりとは言っていませんでしたし、元々、約束なんてあってないようなものでしたから…ところで、百瀬さんは今どちらへ?」


先程と違った言い方で探し人の所在を問えば、彼女は表情を和らげる。


「ええと、丁度夕方頃…投薬が終わってすぐだったと思います。私がこのお部屋に様子を見に行った時には、しのぶ様は眠っていらっしゃって。百瀬さんは百瀬さんで、任務の関係ですぐご出発なさるという事でしたので、しのぶ様も起こして皆でお見送りを、と思ったんですが。百瀬さん直々に『とっても疲れているみたいだから、寝かせてあげて。』とお願いされまして…その…気がついたら、こんな時間に……。」


本当に、ほんとに申し訳ありませんっ!!!

ランプの光すら揺れる程勢いよく頭を下げて謝る彼女に苦笑しつつ。


「…大丈夫ですよ。うっかり眠り込んでしまったのは私ですし、あの人にそう言われればあなた達もそうするしかなかったでしょうから。」


どうか気に病まないで下さいね。

優しく伝えれば、きよは花が咲いたような笑みを見せ…それにつられて、こちらの口元にも自然と笑みが浮かぶ。


「それにしても、百瀬さんには気を遣っていただいて。かえって申し訳なかったですね、」


既にここには居ない者への皮肉を込めた一言も、何だか毒が抜けたような有り様になってしまい、仕方なしに息を吐いて脱力すれば、ゆらりとランプに灯った火が揺らめく。


「では、私はこのまま西棟の見回りに入りますので、そろそろ失礼します…今夜は冷えるそうですので、暖かくしてお休みくださいね。」


それだけ言うと、彼女は踵を返し、可愛らしい足音を引き連れて部屋から出ていく。

年齢的にはまだまだ遊びたい盛りだろうに、しっかりした良い子だなと感じたのと同時に、ここで暮らすにはある程度大人になる事が求められるのだったと思い出して…何とも複雑な気持ちに苛まれた。


こんな事がいつまで続いて、蝶屋敷の住人はあと何回入れ替わるんだろう。

…珍しく弱気になってしまったのは、きっと礼も言わずに出ていった百瀬のせいだ。


自らの額に手を当てると、先程したばかりの会話が脳裏で木霊する。


きよの話しによれば、仁科百瀬は確かに生きていて。

自分を除く蝶屋敷の面々にもっともらしく言い訳をした上、こちらが聞きたかった事は何一つとして落としていかず、まんまと遁走してみせたのだ。


いつもながら小狡い、というか、むしろ鮮やかさすら感ぜられる遣り口に、びっくりするやら呆れるやらで、今夜はもう仕事も手に着きそうにない。

こんな風にじっと考えているとまた怒りが沸き上がってきそうだったので…やや早足に部屋を出て、扉をピシャリと閉めてしまう。


とどのつまり。
あたかも彼女が死んでしまったように認識してしまっていたのは、単に自分が悪い夢を見ていて…寝惚けたまま、現実へその記憶を引き摺ってきてしまっていただけなんだろう。

妙に生々しいあの光景を思い起こし、ぞわりと怖気が走ったところで意図的に頭を振り、足早に離れの廊下を渡る。


あの夢が何を示していたのかなんて知らないし、元より結末の知れている先の事をだらだら考えて、やたらに心配事を増やしたくはない。

…とりあえず、今夜は何も考えないでこのまま寝てしまおう。


あえて自分にそう言い聞かせてしまうくらいには、目が覚めて尚脳裏へ焼き付く夢の輪郭は鮮烈で、暫くの間忘れられそうになかった。

prev / next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -