桃と鬼 | ナノ
 16

チリン…と。

軒先へかけられた風鈴が温い風に揺れ、涼しげな音を立てる。


通された薄暗い小部屋で冷えた麦茶を馳走になり、一心地着いた頃。

すぐ隣の窓へ掛けられた簾を僅かに持ち上げ、そこから見えた庭先に咲く花の鮮やかさに目を細め。
竿へかけられてはためくリボンの深い青に見とれ…続いて、卓を挟んだ先に座る百瀬を眺めると、柔らかな微笑みが寄越される。


白粉を叩いた肌と、唇へ乗せられた紅。
以前より少々短くなりはしたが、きっちりと結い上げられた黒髪と、仄かに漂う桃の香り。

その全てが彼女を彼女たらしめる物には違いなかったが、男女兼用の隊服ではなく、私物と思しき着物を着ているせいなのか。


今まで忘れていたというわけではないものの、彼女が妙齢の女性であった事を改めて実感させられるようで、少し───否、大分意識してしまっているようで参ってしまう。

修行が足りないと言えばそれまでだが、こんな状況下で相手を意識せずにいられる男なぞ、実際の所何人居るものやら。


「(よもや、)」


ここまで気になってしまうというのも考えものであるが、相手が百瀬であるからという事もあるのかもしれない。

元より、彼女とは『互いの父が現役時代に仲親しい間柄であった』という理由で出会い…有難い事に、今の今まで親しくしてもらっているわけだが。


いざ振り返ってみると、彼女の方が自分より四つ上という事もあってか、子どもの頃は百瀬が妙に大人っぽく見え、その度に俺も早くそうなりたいものだと願い、憧れたものだった。

こうして一つ思い出せば、似通った出来事が次々と思い出され。
その中でも、彼女の姿が最も鮮やかに残る一端が脳裏を過る。


───あれは彼女が育手の元で修行を終え、選別を経て鬼殺の隊士となった際の事。

真新しい隊服を身に付け、彼女の父が使っていたという日輪刀を腰へ差して煉獄家へ挨拶に来てくれた日の事は、つい昨日の出来事であるかのようによく覚えている。


季節は春も終わりの頃。
散り落ちた桜の花びらを踏みしめ、門から入ってきたのは他でもない百瀬で。

白粉を叩いた肌と、唇へ引かれた紅。
伸びた黒髪を後ろで束ね、少し気恥ずかしげに笑う表情には、何とも言えぬ初々しさがあった。


あの時と同じ瑞々しい桃の香りを肺腑の奥へと落とし込み、すっと見据えた先へ居る彼女は、髪が短くなったのを除けばその時と何ら変わりがない。

…相も変わらず、少女のような可憐さを保ち。
自分が憧れてやまなかった頃の姿のまま、彼女は確かにそこへ座っていた。


「(父君である桃吾殿と同様、君は入隊当初から見た目が全く変わらない…。)」


事情を知らぬ者からすれば『いくつになっても若々しくて羨ましい』くらいで済むのかもしれないが、実際の所は────。


丁度その時、開け放したままだった窓から温い風が吹き込み、そこへ掛けられていた簾をざあっと攫って。
急に差し込んだ強い光に晒され、一瞬目がくらんだ後。

流石に眩しかったのか、彼女が僅かに顔を顰めたのが見えたと同時に、ぱしっという軽い音を伴い、白い腕が簾を抑えつけた。


「風はありますが、この時期はやっぱり蒸しますね。」


何気なく発されたであろう言葉に頷くと、百瀬はまだ麦茶の残る茶碗を品良く持ち上げ、流れるような仕草でゆっくりと傾ける。

ところが、再び薄暗さを取り戻した部屋の中で見たその肌は、ただ白い…というより、どこか病的な青白さを纏っている事に気が付く。


「(元より色白な部類ではあるが…暗がりである事や白粉を叩いている事をありきにしたとて、これ程顔色が悪いように見えるものか。)」


様々考えはしたが、彼女の肌は以前よりか随分白いように感ぜられ、どこか体の具合が良くないのではないかと心配になってくるのも事実で。


「…あまり顔色が良くないようだが、具合が悪いのではないか?」


思い切って問えば、彼女は茶碗を置き…どこか困ったように笑ってみせた。

さしずめ、痛いところを突かれたというような感じか。
続いて『分かってしまうんですね…』という消え入りそうな言葉が寄越され、これは黒だと確信する。


平生から生真面目な彼女の事であるから、体調が良くなくともどうにか誤魔化して今回の招集に応じたのであろうが。

───突然の体調不良に襲われつつもやむを得ず、というような状況で応戦するのと、元より体調が優れぬまま鬼と戦うのとでは、後に得られる結果が違ってくる。


とりわけ、今夜の任務はいつも以上に危険な物になりそうな見込みが付いており。

無理をして任務をこなすとなれば、彼女程経験のある隊士であるとしても無事では済まないかもしれない。


「(ならば、)」


ここは柱として、今回の任務への参加を見送るよう告げなくてはならないだろう。

考えるのをやめにして目線を上げると、表情をすっと消した彼女と視線がかち合った。


眺める角度によっては男のようにも女のようにも見える不思議な容は真っ直ぐこちらを見返し、曇りのない瞳がやや上目にこちらを眺めている。

この目つきからして、彼女はこれから告げられるであろう事を多少なりと理解してしまっているのだろう。


それでも、自分の口から彼女へはっきり伝えねばならないというのは、どこか堪えるものがあって。

自分と百瀬が昔馴染みという仲であるから尚更そう感じるのか、何か他に理由があるからなのか…どうにも分かりかねる。

真顔の彼女につられてつい力んでしまい、いつの間にやら無愛想に引き結んでしまっていた唇を開こうとする間はやけに長く感ぜられた。


「……体調が優れないのなら無理はしないに限るからな。幸い、人手もある事だ…今回の任務は見送ってはどうだろう?」


重々しくならぬよう、いつもと似たような調子でそう告げたが、当の彼女は少し俯いて考えた後、緩く頭を振る。


「ご心配頂きましてありがとうございます……折角ですが、今のお話しはどうか『なかった事』とさせて下さい。」

「───しかし、万が一という事もなくはないだろう?」


どうにか食い下がるも、その表情が揺るぐ事はない。

一瞬、それが彼女の父…現役の隊士であった時分には『鬼より恐ろしい』と評されていたその人に重なって見えた気がしてどきりとした。


よく似た、というよりか、最早瓜二つと言って差し支えないような。
酷く中性的な感じのする不思議な容は、暫し無言でこちらを眺め見て。

かと思えば、彼女は唐突に笑みを浮かべた。


「私なら平気ですわ…元より、鬼と名の付く者に負ける事が許されぬ身です。今夜もどうかご一緒させて下さいな、」


気丈に言い切る百瀬の顔色はやはり青白く見えたが、あくまで休むつもりはないようである。

…という事は、だ。


「(この先どれだけ話し合ったとて、心変わりするとは思えんな…。)」


行動せずとも結果が見えた気がして溜息が出そうになったものの。

彼女は『やり遂げなくては』と自分で決めた事があれば、何があろうと最後までそれを曲げず、やりぬく質であるというのも良く分かっていたので。


落としどころが見つからないのが確定していても、今回は休むよう話し続けるか。
それとも、話し合うのは諦めて予定通り任務へ同行させるか。

答えは考えるまでもなく出ていたから…少々の心配はあったが、そろりと白旗を揚げるに至る。


「そこまで言うのならもう止めはしないが…くれぐれも無茶な戦い方はしないように───君に近しい間柄の者にとって、君の代わりは居ないのだからな。」


釘を刺すのを兼ねてそう告げれば、一瞬彼女は考えるような素振りを見せ。
次いで何か言いたげに唇を開きかけたが、こちらをちらりと見やった後にすぐ目を伏せた。


「………?」


普段は、思った事があれば憶せず伝えてくれるのが常だが。
殊更、二人きりの時だというに何かを言いかけて止めるとは…珍しい事もあったものだ。

いつもと違う様子に首を捻り、声をかけようとした刹那。


彼女は徐に麦茶の入っていた碗を二つとも下げ、盆へ載せる。

そうして『すみません、何だか喉が渇いてしまって…おかわりを頂いてきますので、少しお待ち下さいね。』とだけ言い置き、部屋を出て行く。


引き留める間もなく、とん、と軽い音を立てて閉められた障子に遮られ、彼女の姿はもう見えない。

部屋へ僅かに残る甘い桃の香りを肺腑の奥まで落とし込み、やる事も無く…再び簾を少し持ち上げて眺めた庭。
先程までは確かに竿へかけられていた紺色のリボンはもうすっかり乾いて引っ込められてしまったのか、深みのある青色を拝む事は叶わなかった。


***


目の前の卓には先程と同じ茶碗へ注がれた麦茶が二つ置かれ、向かいには元のように百瀬が座っている。

彼女がもらってきてくれた二杯目の麦茶は、置かれた際の余韻を惜しむかの如く僅かに波立っていた。


「───蒸し返すようで悪いが…君の顔色が良くないのは、やはり仕事が忙しいせいか?甘露寺や胡蝶からは『相変わらず一晩に何件もの任務を梯子している』とは聞いていたんだが。」


そっと触れるように問うてみると、彼女は先程のように少し考えてから静かに首を横に振る。


「では、何か他に原因があるのか?もし思い悩んでいるような事があるのなら、ここで話してみてはどうだ。」

「………。」

「無論、それがどんな内容であろうと『ここだけの話』として口外はしないし、すぐ忘れるつもりでいる。決して無理にとは言わないが…誰かに話してみると存外楽になる事もあるだろう。」


出来る限りそっと言ってはみたが、彼女は何も言葉を返さず卓へと目線を落とした。

視線はゆらゆらと動き、卓の木目を辿るような動きをして。
未だ青白さの張り付いた顔には、明らかな迷いが見て取れた。


「(もしかすると、何か重大な事を言うか言うまいか悩んでいるのか…それとも、ここにいるのが俺であるから言えないのか……。)」


あれやこれやと考えを巡らせているうちにも、彼女の視線は卓の上をゆらゆらと揺れ動いている。


「(ここにいたのが、もし俺でなかったなら。例えば、同性の甘露寺や胡蝶…いや。もし、冨岡であったなら………。)」


本当にそうなら、百瀬は冨岡と一体何を話すだろう。

自分には言えない事も、彼が相手であったならば…あるいは……。


自分では到底踏み入れぬ領域を脳裏に思い浮かべていると、不意に百瀬がこちらを見た。

角度によっては、男のようにも女のようにも見える何とも中性的な風貌は真っ直ぐこちらを眺め、紅の乗った唇が何かを言わんとして微かに震える。


「…少し……お話ししたい事がありますので、聞いて頂けますか?」


探るように請うてくる彼女には、何かを決心したような様子があり。
勿論だと返す代わりに幾度か頷けば『ありがとうございます、』と、柔らかな感謝の言葉が寄越された。


「それでは、暫しお付き合いを。私事で恐縮なのですが───実は、柱合会議が終わった辺りから妙に眠りが浅くなってしまいまして。最近では二、三日に一度うたた寝が出来れば良い方で、ここのところは一睡も出来ぬ日が続いているんです。」

「それは良くないな…医者には罹ったのか?」

「…これはどんなに腕の良いお医者様に罹診て頂いたとしても、もうどうにもならない物だと諦めがついていますので……。」


急に切れた言葉の端へ不穏な物を感じ取り、自分の眉間へ皺が寄っていくのが分かる。

…彼女の訴える不調が、本当に医者がどうにか出来ない域の物であるのなら。
それには、一つだけ心当たりがあった。


「桃のせいか………?」


たっぷり間を取って…静かに問えば、彼女は一つ頷く。

当たって欲しくなかった予想が的中してしまい、絶句したのも束の間。


「───やはり、あの家に生まれたからには仕方のない事なのでしょうが。今からどう悪足掻きをしたとて、私は今年の冬には死ぬ定めにあるようです。」


何でもない事であるかのようにさらりと寄越された言葉が深々と胸に突き刺さった。


鬼殺の道に進んでからというもの、彼女は育手の師範の『東』という姓を名乗っているが、それ以前は当然ながら生まれ育った家の苗字を名乗っていたわけで。

百瀬の元の名字は『仁科』といった。


彼女の実家───もとい、仁科の一族は、最早絵巻物の中の世界と言って差し支えが無い程昔から産屋敷家と共に鬼殺を生業としてきたのであると聞く。

互いに並ならぬ因縁があるものの、最終的な目的が『鬼の始祖を討ち滅ぼす』という点で一致していていたため、共闘を誓って幾星霜。


その間も、仁科家は代々『桃と契る』行為を繰り返し、優秀な剣士を輩出する類い稀な家系として鬼殺に貢献して来たわけだが…栄華の裏側には酷く恐ろしい事実が満ち満ちている。

もしかしなくとも、自分は鬼殺の隊士の中でも彼女の一族の内情をある程度知り得ている部類であった。


件の『桃と契る』という行為は、仁科家に伝わる特異な儀式の事を指す。

流石に詳しい内容までは教えられてはいないが…それは仁科家に必ず生まれる男女の双子にのみ施される物であり、女児の月の物が始まってすぐに桃を用いた儀式を行うのだという。


儀式を終えれば、桃の加護を受けた体は肌から甘い香りを放つようになり、鬼に対して滅法強く立ち回る事が出来るようになるが。
良い事と悪い事は背中合わせで存在するのが世の理であり、うまい話には必ず裏があるように。

段階的にではあるが、味覚や痛覚が極端に鈍ったり、最終的には不眠症状や失声、幻覚や幻聴等々…儀式が済んで年数が経つ毎に様々な困り事が生じ、双子のうちのどちらかは二十五で必ず命を落とすのであるという。


例に漏れず、儀式を経て剣士になるための修行を積み、今や鬼殺の古参隊士として活躍している百瀬には、現に味覚や痛覚がほとんど無い。

また、彼女の双子の弟は儀式中に亡くなったと聞いているので。
彼には悪いが、もしかしたら彼女は大丈夫なのではと楽観的な見方をしていた時期もあったが。


「(先程の口ぶりからして…百瀬は自分が死ぬ事を確信していて、もうそれを受け入れているのだろう。)」


幼い頃から自分の行き着く先が分かっていた彼女であるから、覚悟はとうに決まっていて…それなら仕方が無い、と諦めをつけるのも容易であるのかもしれない。

けれど、こちらが諦めきれるかどうかというのはまた別だ。
…今度はこちらが百瀬を見つめ、腹を据えて話をする番であった。


「何か、俺に出来る事はないだろうか?」


望みをかけて問うが、彼女は緩く首を振る。


「煉獄殿はお優しいのですね……折角ですが、そのお気持ちだけ頂いておきます。後は、せめて最後まで鬼殺が続けられるよう努力したいのですけれど…、」


やんわりと断る彼女は儚げに笑ってみせ…それが堪らなく切なくて。

深追いするのはいけない事と思いつつも、語気を強め、更に問うてしまう。


「桃の契りというのは、異性とまぐわえばある程度効力が弱まるのだろう?それが本当なら…、」


先はあえて言わず、卓の上へ置かれた彼女の手に触れる。
久方ぶりに触れようと意識して撫ぜた手は小さく、妙に暖かかった。

すっと盗み見た彼女の顔にこちらの行動を嫌悪するような色はなく…それをいい事に、さり気なく白い手を掬い上げて柔く握る。


しばらく、無言のまま手を握っていたろうか。

視線が絡み合った瞬間に、百瀬は眉根を寄せ…困ったような表情を見せると、すぐに視線を落として首を横に振った。


「それは…事実ですが……。」

「君の生き死にに関わる事であるならば、躊躇している暇はない…君さえ嫌でないなら、俺が」


言いかけた刹那…彼女は俯いたまま、また首を横に振る。


「……俺が相手では駄目か?」


今度は極力そっと尋ねると、百瀬がこちらを見る。
その顔はやはり困っているようにも見え…若干ではあるが、泣き出してしまいそうな気配もあって。

無言のままもう片方の手も同じように握って答えを待っていると、彼女はそれを振りほどこうとはせず。
けれど、握り返す事もせず……ただ目を背けるように項垂れて小さく言葉を発する。


「───誓って、そんな事はありませんわ。けれど、私は。どの殿方がそう申し出て下さったとしても…私の事を思って言って下さっているのだと分かっているからこそ、お断りさせて頂かなくてはならないんです…、」


今までに無い程か細く震える声は、尚も続ける。


「私は、これ以上…大切な方を私の家の因習に巻き込みたくはないのです。昔から親しい間柄のあなたなら尚の事、うっかりこちら側へ踏み入って不幸になって欲しくはない…後生ですから、どうか…それだけはお止めになって下さいますよう……。」


最後の方は懇願するような調子で告げ、薄らと涙の膜を貼り付けた瞳がこちらを捉えて。

……彼女のどこまでもひたむきな姿に気圧されたのと同時に、自身の負けを悟った。


「(大切な方、か…。)」


その言葉に嘘偽りはないものと分かっている。

けれど、彼女の言う『大切な方』というのは。
きっと、自分が今し方期待してしまったような…恋慕の情を孕んだ表現では無いのだという事もよく分かって、少しばかり残念に思う。


君がもし、俺の誘いを受けてくれたのなら…動機が何であれ、どんなに嬉しかったか知れない。

既に潰えてしまったもう一つの結末を夢想し、溜息が漏れた。


───何にせよ、もう答えがはっきりと出てしまっているのなら、それが覆る事はない。

ならば、彼女にこっそりと懸想をしていた男のうちの一人として…ここは潔く身を引くのが好ましかろう。


些か心残りはあったものの。

ふと眺めた先。
きっちりと結い上げられた百瀬の髪へ、波間を思わせるような深みのある青いリボンがかけられているのを認め、今度こそ諦めがついた。

いつの間に身に付けていたものか。
よく考えれば、先程麦茶を持ってきてくれた時から髪にかけられていたのかもしれないが…いかんせん彼女の事ばかり見ていたから、よく目に入っていなかったらしい。


「(百瀬の傍に居るべきは、きっと……。)」


俺ではなく冨岡なのだろう。
いっそ悲しい程確信が持ててしまい、苦笑が漏れる。

……ともすると、彼女の髪にかけられたあれは他の男に対する無言の牽制のつもりなのか、それとも無自覚なのか。

冨岡もなかなかだが、俺も大概だ。


そんなふうに思っていると、さやさや…と。
彼女が動くのに合わせてリボンの端が涼やかに揺れるのが見え、どうにも妬けてしまって。

恋慕の情を持って触れるのはこれを限りと決め、握っていた手を解き、目の前の艶やかな黒髪へと手を伸ばす。


やはり彼女は嫌がる素振りを見せなかったので、つい魔が差し。

指が髪へ触れたのと同時に、素知らぬふりをして薄い耳朶を擦ってやれば、彼女は目を細めて微笑み…擽ったそうな表情をしてみせる。


「海の色……髪にかけているそれは、君の日輪刀と同じ色をしているのだな。」


吹き込んだ夏風に抱かれてゆらゆら舞うリボンの端を眺め、独りごちて。

僅かに触れた滑らかな肌から伝わる体温が自身の指へ移らぬうちに、と。
急いで手を引くのをさも不思議そうに見た彼女に質問をする隙を与えまいと、再び話しかけた。


「先程は…答えにくい事ばかり聞いてしまった上、君の気持ちを考えぬような物言いをしてしまったな……すまなかった。」


謝ってすぐ頭を下げたから、よく見えはしなかったが…彼女が慌てたように頭を振っているのが感ぜられ、また苦笑いが込み上げた。


「君とは付き合いが長いせいもあるからか、つい話しすぎてしまった。ここでの事は、幼馴染みの戯言として…どうか忘れてくれ。」


顔を上げてすぐ。
努めて何でも無いように告げれば、百瀬は無言で頷き、こちらへ深々と一礼を返す。

───きっと、これで良かったのだ。


艶のある黒髪へ寄り添うように揺れる深い青は相も変わらず鮮烈で。
幼い頃から憧れだった彼女を、より一層美しく見せていた。

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