桃と鬼 | ナノ
 03:光陰矢の如し

早いもので、冨岡義勇と共に隊律違反を犯してから、一月が経った。

件の兄妹を送り、今も面倒を見てくれている育手…もとい、冨岡と百瀬の師の元から来た手紙によると、こちらの様子を心配する一文の後。


『お前達が紹介してきたあの子どもは判断が遅く、鬼に対しても優しさや憐れみの感情が前に出すぎるため、鬼殺の隊士には向かないかも知れない。』と。

数多くの弟子を取って来た者としての忌憚なき意見が記してあった。


その手紙を見てすぐ、冨岡は文机に向かい、何やら返事を書いていたようだ。
勿論、百瀬も手紙を書き『何卒あの兄妹を宜しく、』という旨を付け加え、冨岡とは別に、師への文を出した。


そういえば、一月経つというのに、お館様からは何の音沙汰もない。

件の一件後。
『特別手当』と称して、冨岡にも百瀬にも、いつもより多い給金が届いた。

…という事は、お館様は、あの兄妹に関する報告書を見ているのは確かなんだろうが、お咎めもなければ、直々の呼び出しも、厳重注意もない。


ただただ、いつものように昼夜問わず仕事を割り振られ、西へ東へ旅往き、鬼を屠るだけ。

鬼殺を初めて以来、盆も正月も関係なしに何年も繰り返してきたはずの日常が、隊律違反を犯した後もつつがなく繰り返される事に、どこか空恐ろしささえ感じられた。


だからといって、こちらからお館様の元へ出向いていって、馬鹿正直に処遇を聞きに行くのも億劫であるし、冨岡も特に何も言ってこなかったので。

鴉が運んでくる任務に逆らう事なく、ひたすらに鬼殺を続け───更に半年が経った。


季節は移り変わり、鬼殺隊の顔ぶれはまた新しくなり、柱も入れ替わった。

丁度この頃、師から冨岡と百瀬宛てに、また便りがあった。

やはり、最初には息災であるかどうかを尋ねる一文があり、兄妹の事も詳しく書き記されていた。


鬼になった妹…禰豆子の方は、少し前から眠ったままの状態になってしまい、とりあえず医者に事情を伏せて診てもらったが、特に異常はなく。

しかし、昼も夜も決して目を覚まさず、こんこんと眠り続けているのだという。


彼女の兄である炭治郎の方は、数々の段階を経て、最近ようやっと呼吸法を習うまで修行を進めたらしい。

ただ、長いのは恐らくここからだろう。


そんな事を考えながら、師範へ『冨岡も自分も息災である、』という事を伝えると同時に『今後も竃門兄妹を宜しくお頼み申し上げる。』という旨を書いた文を書き、鴉へと託した。

相も変わらず、お館様からのお咎めはなく、鬼殺の仕事だけは続く。
…最近、風の噂で『お館様が目を病んだらしい。』との話を聞いたので、一応体調を労る文を書いてみたが、返事はない。


送ってから、目を病んだのなら返事がないのは当たり前だろう、と思ったけれど───それでも尚鬼殺の仕事は続き、更に半年後。

元鳴柱の桑島殿が、新しく弟子を取ったらしいという噂を聞いた。


彼女自身、その弟子とやらに会った事は無かったけれども、現役時代には『最強』とまで言われた桑島殿が選んだ者であるならば、若くはあっても、余程の猛者なのだろうな…と漠然と思った。

また送られてきた師範からの文には、冨岡と百瀬の鬼殺での活躍を喜ぶ一文と共に、禰豆子は未だ眠り続けており、炭治郎はとうとう岩を斬る試験にまで辿り着いた旨が書き記してある。


もうそこまで…という感じもあったが、一度『岩』という漢字を目にした途端、意図せず溜息が出た。

『岩を斬る』というのは、例えではなく、本当にこなさねばならない事であるらしい。

冨岡も最終選別の前には岩を斬ったと言っていたし、事実、他の隊士も『最終選別に行く前に、先生から何かしら岩にまつわる最終試験を提示されて、それを突破してから藤襲山へ向かうのが普通。』と言う者が複数居る。


岩を斬る、だとか、動かす、だとか。
何がどうなって『岩』に辿り着くのかは分からないが。

岩を使った鍛錬をする事で何かしら得られる物があるから、岩を使った鍛錬方法が存在しているのだろう。


…少しだけ。

ほんの少しだけ『岩を斬る事に対して興味がある、』というのは、今の今まで誰にも言えてはいない。


百瀬は、冨岡と同じ師から教えを請うていたわけだが。

彼女は、冨岡より遅く弟子になったのにも関わらず、岩を切らずして。
それも、便宜上は兄弟子である冨岡より先に最終選別へ行き、一足先に鬼殺隊に入った。


そんな経緯があれど、後から鬼殺隊へ入隊した冨岡とは、関係がぎくしゃくするでもなく。

仕事でも日常でも、そこそこ上手く付き合えている方ではないかと思うし、互いに暇があれば、師の鱗滝の元へ一緒に挨拶へ行ったりもする。


師の元で共に暮らしていた期間こそ短いけれど、同じ釜の飯を食った仲だからか。

冨岡や師とは、家族のような感じがして、一緒に居るだけでも嬉しくなる。


その時、肩に止まっていた鴉が、しびれを切らしたように激しく鳴く。

…そうだ。
次の仕事が詰まっていた。


『拝啓、寒さ厳しい今日この頃、如何お過ごしでいらっしゃいますでしょうか───。』

季節の挨拶を添え、冨岡も自分も元気だ、という旨を書き記した手紙をしたためるが早いか、鳴きっぱなしの鴉の口へ突っ込む。

鴉は、思い切り不服そうな顔をしていたが『鱗滝先生の所へ…頼みましたよ、』と言えば、瞬く間に空高く舞い上がり、狭霧山の方へと飛びすさっていった。


そんな事があって、またどれくらい経ったか。

気付けば、冬が過ぎ。
春が来て、夏が来たかと思えば、また秋が過ぎ、冬も過ぎ…その間も、一体どれ程鬼の首を刎ねたのか、もう分からない。


そして、また春が巡ってこようかとした頃────つまりは、師から最期の手紙があって一年が経とうか、という時期。

彼女の鎹鴉が、見慣れぬ若い鴉を連れてきたのだ。


聞けば、この度の最終選別で生き残り、新たに鬼殺の隊士となった少年の鎹鴉として赴任した鴉が、先輩である彼女の鴉に付き添われ、方々の隊士へ挨拶回りをしているのだという。

仕事熱心なものだな、と関心したのも束の間。
鴉からその少年の名を聞いて、彼女は目を見開く。


『竃門炭治郎』

気にかけてはいたが、久しく耳にしていなかった名を聞き『ああ、もうそんなに時がたったのか、』と一人驚愕する。


雪のちらつくあの日。

彼女の手を取り『いつか必ず礼をするので、自分の名前を覚えていて欲しい。』と言った幼い少年の姿が、まざまざと脳裏に浮かぶ。


───あの日から、実に二年もの月日が過ぎ去っていた。



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