桃と鬼 | ナノ
 閑話休題:桃と微睡み

鬼の討伐を終えた後は、すぐに宿屋へ戻り。

ゆっくりと風呂へ浸かって汗を流した後は、そのまま昼過ぎまで寝て。
八つ時頃にはすっかり身支度を調え、仕上げに唇へ紅を引いて、また次の任務地へ赴く。


これが、長らく鬼殺の仕事を続けてきた百瀬の日課である。

…しかし、数日前からこの日課は崩れつつあった。


───今日も、大分窶れた顔をしながら鬼の討伐を終え、宿屋に戻り。

熱めの風呂を頂き『さて寝るぞ、』と決めて布団へ潜り込んだは良いのだが、いつまでたっても意識ははっきりしたままだ。


何も考えず、布団の中で何度も寝返りを打つが、全く眠くならない。

それどころか、延々と寝返りを繰り返している内、昼間になり…結局、一睡も出来ずに次の任務地へ赴く羽目になってしまうのだ。


ここ最近…というか、柱合裁判が終わった頃から、彼女はずっとこんな調子であった。

何か自分でも気付いていないような心配事があるのか。
それとも、単に頭が冴えてしまって寝付けないのか。


理由はどうだっていい、という事にしたって、眠れないというのがこんなに辛いとは思わなかった。

勿論、この有様になってからは、岐で話題の睡眠薬を買い求めて飲んでみたり、限界まで体を動かしてひたすら疲労を蓄積し、無理矢理眠ったりと、自分なりに色々試してはいるのだが、未だ具体的な不眠の解決に至ってはいない。


今は何をどう頑張った所で、二日か三日おきにしか寝られないが、今後この間隔がどんどん長くなっていくのではないかと思うと、心底恐ろしい気がする。

これは幸い、と言えるのかよく分からないが、今のところ任務中に眠くなったり、急に意識が飛ぶ、というような事はないので、まずは『良し』としているが。


「……………。」


せっかく潜り込んだ布団から顔を覗かせ、百瀬は諦めの籠もった表情のまま体を起こした。

寝よう寝ようと思うと、余計に眠れなくなるからだ。


しかし。


「参ったな………、」


今日はこれから、炎柱殿や、複数の隊士達と共に任務があるというのに。
不眠のせいで柱との任務に支障が出ようものなら、一大事だ。

それに、今回の任務は規模としても、数字持ちの鬼…即ち、十二鬼月が絡んでいるようなので、唇だけではなく、目元にも紅を差し、入念に魔除けをしておいた方が良いかもしれない。


布団の傍に置かれた簡易的な鏡台をふと眺め、妙に生っ白い顔の自分と対面し『これだけ白いのだから今日は白粉を叩かなくとも良いか…手間が省けて大変結構だな、』なぞと思ったのも束の間。

よく考えてみると、いくらなんでも顔色が悪すぎる。

化粧でどうにか誤魔化せれば良いが…如何せん、ここ二日間は眠っていないために、何だかやる気も出ない。


…あまり気乗りはしないが。

やはり、この任務が終わったら、蝶屋敷にでも行って。
蟲柱に不眠の相談をして、少し強めの睡眠薬を処方して貰おう。


それから、以前味覚が鈍くなった時のように、桃に誓いを立てさせられた一件と今回の不眠が関係している可能性も捨てきれないので、郷里の父母へ手紙を出し、それとなく聞いてみなくては。

どこか遠くでぼんやりと思いながら、彼女はのろのろと寝床から這い出し、鏡台の前で身支度を始める。


時刻は昼間前。

宿屋の厨から昼餉の良い香りが漂ってきたのを感じながら、百瀬は桃の木の櫛で作られた櫛で、腰まである自身の髪を梳かし、簡単に一つに束ねてしまう。


そうして、この部屋を誰も覗いていない事を確認し、ゆっくりと化粧を始めた。


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