桃と鬼 | ナノ
 04:青天の霹靂

「…いやぁ、お会いできて良かったです。任務の進み具合は如何ですか?」


そう言いながら、隠の男性はこちらへ渡ってくる。

よく見ると、その手には風呂敷包みが携えられていて、誰かから何かを言い付かって自分に会いに来たのだな、という事がすぐ分かった。


「そこそこ、という所でしょうか…。」


あくまで自然に答えれば、彼は『とりあえず、お怪我がないようで安心しましたよ、』と笑い、やはり風呂敷をこちらへ渡してくる。


「風呂敷包みは、お館様からです。何でも『見れば分かる』だそうで…俺はこれから別件の仕事がありますので、これで失礼します。」


ご武運を、と。
今まで幾度も聞いてきた言葉を残し、隠の男性は颯爽と去って行く。

止まる場所を無くし、こちらへ飛んできた鴉は、仕方なしに百瀬の肩へと止まり、遠くなっていく隠の姿を一緒に見送った。


その後、炭治郎の事はしばらく鴉に任せ、さて何用かと受け取ったばかりの風呂敷を開くと、中には真新しい隊服。
それから、洋靴が一足と、紺色の靴下が何組か入れられていた。

さらに、きちんと折り畳まれたブラウスと、厚い隊服が重なった間からお館様の手紙が出て来たので、今回はそうきたか…と静かに感心する。


重要な事が書いてあっては大変だ、と慌てて手紙を開くと『百瀬へ』という書き出しで、今までの仕事ぶりを褒める言葉や、彼女に対する感謝の言葉。

それから、次の任務が終わったら一度こちらへ戻ってくるように…等々、様々な事柄が所狭しと書き連ねてあったが、最期の文を見て、思わず固まった。


『炭治郎が活躍している事や、禰豆子への暗示が上手く掛かっている事は分かったが、遠目から見ているだけでは、彼の本当の実力がどんな物かは図りかねる。』

『次の南南東方面にある任務地にて、炭治郎との共同任務を行い、彼がどれ程戦えるのかを見極め、伝えてくれ。』

『尚、戦闘への介入は最小限に止める事と、顔や声を知られぬようにする事を徹底して欲しい。』

『無茶を言ってすまないが、よろしく頼むよ。』


…手紙から目を離し。

少し間を置いてから、また手紙を読んでみるが、内容は変わらない。


つまり、当初のように、ただ後ろをついていくだけの任務から一転。

戦闘時の手出しは最小限に止める事や、声も顔も知られてはならない等、かなりの制約が課された通常任務に切り変わったのだ。


だから、わざわざ新しい隊服を渡してきたのだろうし、無茶を言っている自覚があるためか、高級品の洋靴や靴下まで支給して頂いたのだろう。

その点はありがたいと思うが。


「(刀…どうしよう。)」


そう、問題は刀なのだ。

彼女は今現在、懐に収まるほど小さな日輪刀しか身に付けていない。


それは、今回の長期任務内で、鬼との戦闘が想定されておらず。
尚かつ、お館様から『持って行って良い。』と許しを貰ったのが、この一振だけだったためである。

任務内容は変化したのだから、流石に刀の事は考えて下さるだろうと期待した。


───期待はしたが、改めて手紙を見返しても、刀の事に対する表記はない。

風呂敷の中を探り、先程のように何かと何かの間に手紙が挟んであったりしないかと探してみても、それらしい物は全くない。


そのかわり…にはならないが、風呂敷の一番下へ、隠れるように兎の面が入れられていたのを見つけて、思わず溜息が出た。

その時、珠世達の家の屋根へ止まり、炭治郎を見張っていた鎹鴉が、慌てたようにこちらへ飛んで来る。


「炭治郎ガ、発ツ…!」


精一杯の小さな声で囁かれた言葉を耳にするが早いか、彼女は出していた物を全て風呂敷の中へ押し込み、向かいの家の屋根へと飛び移る。

行き先は言わずもがな…件の南南東にあるという鬼の住処だろう。


「(仕方がありませんね…、)」


風呂敷包みを背中へ背負い、彼女は諦めに近い気持で決意を固める。

───本当にやむを得ない状況ではあるが、今回は短刀だけで任務をこなしてみせよう、と。


***


太陽が頭の上へ昇る頃。
丁度昼過ぎに、百瀬は炭治郎の後を追いかけ、次の任務地の近くを歩いていた。

前方には、炭治郎の姿が見えている。


鎹鴉によると、そろそろ、田んぼの真ん中の一本道へと差し掛かるはずだ。

炭治郎と合流するには今が頃合いと見て、配給された兎の面が途中で外れたりしないよう、紐をきつく縛り直し、準備をしていると。


「頼むよ!!…頼む頼む頼む!!結婚してくれ!いつ死ぬか分からないんだ俺は!!だから結婚して欲しいというわけで!!頼むよォーーーーッ!!」


『結婚』『死ぬ』『頼む』の三つの言葉をひたすら繰り返す声が、炭治郎よりもさらに前方から聞こえてきて、何事かと足を止める。

彼もそれを聞きつけたのか、未だ高らかに『結婚してくれえぇえ!』と声のする方へ走って行ってしまい、彼女だけがその場へ取り残された。


「(しまった…、)」


慌てて、その背中を追いかけようとしたが。
人が豆粒と同じくらいの大きさに見える程遠くから、彼が件の声の主らしい人物と、何やら言い争う声が聞こえてくる。

内容までは分からないが、騒いでいるのがここまで聞こえてくる、という事は、余程大きな声で話しているのだろうか。


それはともかく、少し距離を詰めようとして歩き出した時。

炭治郎達の居た方から、長い黒髪を三つ編みにした少女がこちらへ向かって歩いてくるのが見えたので、慌てて面を外し、下を向いてすれ違う。

少女が怒りを抑えきれないような顔をしていたのは、先程の前方での一悶着と関係しているのだろうな…と察しはしたが、最早起こったことは変えられない。


再び面をつけて前方を見ながら歩いて距離を詰めていくうち、炭治郎がいつの間にやら他の鬼殺隊士と一緒に歩いているのが分かった。

炭治郎の隣を歩きながらおにぎりを頬張っているその隊士の頭髪は、目が覚めるような金色であり『はて、外国人の隊士等居たろうか……。』と思ったが、聞こえてくるのは、特にどこの訛りも入っていない綺麗な日本の言葉であり、彼女はまた首を傾げる。


…それはそうと、先程の声の主は、炭治郎の隣にいる隊士だったのだろうか。

年の頃は炭治郎と然程変わらぬように見えるが、何故『結婚』に拘るような発言をしていたのだろう…?
外国では、そういった事は内に秘めず、言葉にして外に出すと聞いたことがあるが、ともすると、彼は父か母が外国人なのだろうか。


そんな事を考えながら、今度こそ合流しようとこちらが走り出した途端。

───何故か前方の彼等も走り出した。


こちらに気が付いたから走り出したのかと勘繰ってしまうが、今の彼女は鬼殺隊の隊服を着ているのだから、百瀬から逃げる理由にはないだろう。

だとすれば。


「(任務地へ走って向かうような理由が出来た…とか?)」


ぐずぐず考えているうち、二人との距離はどんどん離れていく。

やはり、若いと呼吸を使わずとも早く走れるものなのだろうか。


僅かばかりに感じた衰えを振り払うように、いつも通り全集中の呼吸を常中した状態で、彼女は炭治郎達の背中を追いかけた。


***


目的地と思しき屋敷へ辿り着いてすぐ。

ここ最近の長期任務の生活様式もあって、隠れることを極めつつある彼女は、いつもの癖で茂みの中へ姿を隠すが『今日は隠れなくても良いのだった…。』と思いだしてすぐ、頭を抱える。


…炭治郎達に合流する、という目的は、茂みに入る前まで覚えていた。
覚えていたのに、またも合流する機会を見失ってしまい、茂みの中で一人途方にくれる。

そんな彼女を置き去りに…というよりか、存在にすら気が付いていない少年達は『血の匂いがする、』だの『気持ち悪い音がする、』だのと言い合っており、ますますそこへ入っていけない雰囲気に、百瀬は考える事をやめて黙り込む他なかった。


そのうち。
恐らく、彼女達よりも先にここへ来ていたのだろう。

明らかに一般人と思しき女の子と男の子が、木の陰で抱き合い、震えている。
それを炭治郎が見つけた事により、いよいよ出ていく事が出来なくなる。


「ここは、二人の家?」


炭治郎に問われ、男の子の方が、必死に答える。


「ちがう、ちがう………ここは、化け物の家だ。」


泣きそうな顔で必死に否定し、男の子は、半べそをかいている女の子をしっかり抱きながら、矢継ぎ早に説明を始める。

…曰く、彼等は兄妹で。夜道で、更に上の兄と歩いていた際に、何かに兄を攫われ。
兄を助けるべく、手掛かりの血痕を追っているうち、ここへ辿り着いた…という事らしい。


精神的にも極限状態にある幼い兄妹の勇気ある行動を褒めつつも、これから悪い物を退治してくるので、ここで待っているように…と諭す炭治郎から視線を外し。

突如生じた嫌な予感に突き動かされるように屋敷の二階を見ると、ポン…ポン…と。


一定の間隔で太鼓…いや。
鼓を打っているような音が響き渡り、開け放たれたままの二階の窓から、血塗れの何かが空中に向かって投げ出される。


「────!!」


そんなはずはないと思いたかった。
しかし、一瞬にして、彼女はそれが血濡れの人間…それも、男性である事が分かってしまった。

炭治郎達も、それに気が付いたのだろう。
皆一様に上を向き、青い顔のままその様を眺めて。


───その最中、百瀬は身を隠していた茂みから飛び出していた。


「…は?え、何!?何なの……兎面の、お、お化け…!?」


急に出て来た彼女に驚いたのか、金髪の隊士の慌てた声が耳に届くが、あいにくと今回は声を出せない。

構わず、男性が落ちてくるであろう場所に走り、すんでの所で彼の体を受け止めた。


…当然ながら、多少よろめきはしたが、どうにか衝撃を逃がし、そっと腰を降ろして男性の頭を膝に乗せ、その顔を覗き込む。

傷だらけの、窶れた顔。
百瀬が面をつけたままで顔を覗き込んだので、驚いたのだろう。

男性は一瞬顔を引きつらせたが。
彼女が男性の手を取り、安心させるようにそっと握った事で、危害を加えるつもりはないと分かってもらえたのか、男性は苦しげに浅く息をしながら、僅かばかりに手を握り返してくれた。

その時。


「大丈夫ですか!?」


間髪を入れずにこちらへ走ってきた炭治郎が、男性の顔を覗き込み、話しかける。

その間、男性の体を面越しに見てみたが、あまりにも致命的な傷が多く、今からでは処置のしようが無い事を悟り、苦い物がこみ上げる。


鬼の住む屋敷に引き摺り込まれた人間がどうなるか、なんて。

今までの任務の中で十分に分かっていたはずだし、鬼によって惨たらしく食い散らかされた亡骸も、もう何度見てきたか覚えていない程なのに。

その人が絶命するまで、どれだけ痛かったろうか。
どれだけ怖かったろうか。
どれだけ辛かったろうか…と思うと、毎度居たたまれない気分になる。


「俺…死ぬ…の…か、」


口から血を吐きながら、そう言う男性に、優しい言葉をかけてあげられたら、どんなに良かったろうか。

それが出来ない今の状況を少しばかり恨みながら、彼女は男性の手を、再度強く握った。


───傷だらけの腕が、力なくだらりと下がった時、男性が絶命したのだと分かり、百瀬は男性の手を組ませ、地面に寝かせて、未だ温かさの残る亡骸に手を合わせる。

炭治郎も同じ心境であるのか、悲しいのを堪えるような顔をして、男性の亡骸に向かって手を合わせていた。

…そういえば。
この男性は、後ろで震えている幼い兄妹の、攫われた兄なのではないだろうか。


唐突に思い至り、兄妹の方を振り返ると、彼等は百瀬の問いたい事を察したのか、小さく繰り返す。


「ち、違う…兄ちゃんは、柿色の着物を着てる……!」


その一言で、この屋敷に住まう鬼は、他に何人もの人を引き摺り込んでいるらしい事が分かった。

半開きの玄関口からは、依然として不気味な鼓の音が聞こえてくる。


男性の亡骸から離れ、屋敷の中を覗いてみたが、近くに鬼が居そうな気配はない。


「(さすがに、日光が僅かでも入りそうな所まで這い出てきたりはしない…か。)」


果たして、屋敷の中に生存者は何人居るのだろうか。
あの男性の様子を見るに、この二人の兄も、どうなっているか…。

不吉な考えが頭を過った所で、後ろから声をかけられる。


「あの、あなたは…鬼殺隊の人…ですよね?」


後ろを振り返ると、炭治郎が居て、こちらに向かって問うてきているのだった。


彼に向き直り、そうだ、と首を縦に振ると、彼は丁寧に自身の名前と階級を述べ。

ついでに、金髪の隊士の名は『我妻善逸』というのだ、と教えてくれてから『あなたは?』と問うてきたので。

彼女は腰のベルトに挟んだままにしていた帳面を取り、中に挟んでいた鉛筆で文字を書き付け、炭治郎に向けて差し出す。


『私は東と申します。この度、お館様からの命を受け、あなた方と共同で任務を行う事となりました。竃門殿、我妻殿、どうかよろしくお願い申し上げます。』

炭治郎が読み終えたか、という所で頭を下げると、彼も律儀に一礼し、こちらに向けて人好きのする笑みを浮かべる。


「東さん、俺の方こそよろしくお願いします。」


『それじゃあ、早速屋敷の中に………。』


彼がそう言いかけた途端。

後ろでこちらのやり取りをずっと眺めていた善逸が、真っ青な顔をして首を横に振り始めたのが見えた。


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