桃と鬼 | ナノ
 03:鬼の目にも見残し

『つい先程まで、私は竃門殿を追いかけていたはずだった。』

桜を眺めながら立ち尽くすしかない彼女は、合間に、その一言を延々と反芻する。


…あの後。
彼等が歩いた通りに、何度か路地を曲がり、一見何の変哲も無いような塀の前まで来たのだが。


驚く事なかれ。

彼等は、確実に塀があるように見えるそこへ、吸い込まれるように消えていった。


後ろから見ている分には、彼等が何の前触れもなく急に姿を消したように見えて、意図せず『何と面妖な……!』なぞと思ってしまったが、炭治郎の前に立って道を先導していたあの青年は鬼である。

鬼であるなら、当然何かしらの血鬼術が使えるはずで。


…今しがた目にした現象から推測するに。
彼は視界を欺くような血鬼術を使う事が出来るため、自らの拠点や、拠点に至る道を、術で巧妙に隠しているのかもしれない。

だから、彼等の姿が消えたように見える現象が目の前で起こったのだろう。

…と、すれば。


「(この先は、このまま行けば、普通に通り抜けが出来るはず。)」


そう仮定して、壁に手を伸ばすと、普通なら壁に触れるはずの手のひらが、壁の中へ消えた。

恐々、腕を塀へ伸ばし、向こうが空洞である事を確かめ。
思い切って片足もそこへ突っ込み、しっかりここと地続きになっているのを確かめてから。

ようやく彼女は、塀に全身を通して、向こう側へ出る───と。


向こう側へ抜けた途端に呆然としてしまったのは、仕方が無い事と思って欲しい。

『この先に絶対何かがあるはず。』と踏み、意を決して得体の知れぬ血鬼術を超えてきたというのに。

出た所は、草と。
満開の桜の木が斑に植えられただけの更地であったのだから。


おまけに、炭治郎達の姿はどこにもなく。
つけられた事に気付かれて撒かれてしまったか、見失ってしまったかのどちらかだな、と焦った。

月明かりに照らされ、白っぽく見える桜が、はらはらと散っているだけであった。


…とはいえ、いつまでも呆けているわけにもいかない。
先程と同じように通り抜け出来る箇所があるかもしれないと考え、更地を横切り、反対側の壁を調べようとすると。

突如、額を何かにぶつけた。
何もない場所であるはずなのに、そこには目に見えない壁があるようで、通り抜けする事は不可能だ。

先程とは逆の現象に戸惑いが隠せないが、試しに手で触れてみると、ゴツゴツとした感触がはっきりとある。


そのうち、取っ手のような物を探り当てたので、試しに引いてみるも…鍵がかけられているらしく、ガタガタ音がするだけで特に何かあるわけではなかった。

今度は手で触れながら、目で見えないそれの感触をなぞり、軽く叩いてみたり、押してみたりしているうち『一見何もないように見えるけれど、ここには、ちゃんと建物があって。血鬼術でそれを見えないようにしているのか。』と思い至る。


言わば、ここは今回の討伐目標の鬼の住まう家なのであろう。

ならば炭治朗達は、あの鬼の青年につれられ、この家の中へ入ったと見て良さそうだ。


───なら、するべき事は一つ。

彼女は耳を澄まし、微かに話し声のする箇所を探り当てて。
気配に気が付かれぬよう慎重に移動し、壁に耳をくっつける。


「……私は、私の体を随分弄っていますから。鬼舞辻の呪いも外しています。」


「か、体を弄った……?」


壁越しに聞こえてきたのは、女性の物らしき声と炭治郎の声。

続いて、よく分からない会話が続いていくが、女性の口から『鬼』と言う単語が出た辺りから、何とはなしに察しがついていく。


これは話の中で分かったのだが、今炭治郎に話をしている女性は『珠世』。

それから、炭治郎達をここまで連れて来た青年は『愈史郎』という名であり、どちらも鬼ではあるものの、鬼舞辻無惨の抹殺を目論んでいるらしい。


尚、珠世は医術の心得があるらしく、炭治郎の『鬼が人に戻る方法はあるのか。』という問いかけに対して『現時点ではまた不可能ではあるが、鬼を人に戻す方法はある。』と断言してみせた。

更に、彼女の見立てによると、禰豆子は『極めて稀で特殊な状態』であり『この奇跡は今後の鍵になりうる』とも言っていたから、やはり師の鱗滝の予測は正しかったのだと感じた。


一通り話が終わった後に、協力を仰ぎたいというような話が出始めたので、もっと良く聞こうと一層耳をそばだてたが。

その拍子に、こちらへ向かって迷いなく向かってくる足音が聞こえて、ハッとする。


続いて、こんな時間だというのに。
どこからともなく鞠の跳ねる音が聞こえ出したのを不審に思い、百瀬は壁から体を離した。

何だか、嫌な予感がする。


…そうして、元来た方とは丁度逆に位置する塀を越え。
そこに立つ民家の屋根へ急いでよじ登り、懐から取り出した双眼鏡を覗くと。


「…………!」


通り抜けが出来る塀の方から、何か丸い物がすごい早さで飛んできたかと思うと、物凄い轟音が響き。

突如、件の更地のように見える場所の中央へ、半壊した洋館風の造りの建物が姿を現した。


大破した事により、丸見えになった屋内からは、炭治郎と禰豆子の姿。
それから、首の無い愈史朗と、それを抱き抱える珠世の姿が見えた。

一方、通り抜けが出来る塀があった箇所には、既に塀はなく。
かわりに、この建物へ続く道が現れている。


恐らく、血鬼術が破られた事により、隠されていた物が姿を現し、本来の正しい見え方に戻ったのであろうが───現れた夜道を連れ立って歩き、勇んでこちらに向かってくる影が二つあるのを、百瀬は見逃さなかった。


「───鬼、」


そう。
その二人組は、間違いなく鬼であった。


***


女鬼と、激しく蹴鞠を繰り広げ、愈史朗と珠世を守る禰豆子。

愈史朗の血鬼術の力を借りながら、掌に目を持つ男鬼と戦う炭治郎。


双方の様子を望遠鏡越しにはらはらと見守る百瀬の膝には、やはり紙と筆があった。

目まぐるしく変わる戦況を見て、あくまで客観的に、現時点での彼等の能力や様子を淡々と書き記していく。


………と。
暫くしたところで、炭治郎が男鬼の首を刎ね。その直後に、空中へ飛んだ。

どう見ても、彼自身が意図して飛んだのではなく、男鬼が首を斬られると同時に出した鬼血術の影響だろう。


家の屋根より高く飛んだかと思えば、右に斜めに左へ前へ…と、滅茶苦茶な方向へ飛ばされるも、次々技を出して衝撃を和らげる炭治郎を眺めながら、唐突に嫌な予感がして。

百瀬は一人、身震いする。


この『嫌な予感』が杞憂であればよかったのだが、こういう時に限って予感は的中するもので。

一番最後に、炭治郎が下へ向かって技を出した直後。
疲れ切って気が抜けてしまったのか、彼は結構な高さから地面に落ちる。


しかも、打ち所が良くなかったために、しばらく動く事が出来ないようだった。


「(もしや、肋が折れたのでは………。)」


『一本だけなら、まだいい方だけれど…、』なぞと自分で思っておきながら顔を顰めてしまうのは、その時に感じた違和感を知っているからに他ならない。

続いて、家の中から珠世が出て来て、まだ残っていた女鬼へ話しかけ始めたところで、彼女は慌てて口と鼻を着物の袂で覆う。


珠世が鬼血術を使っているのが見えたからだ。

ここまで上がってきた物を僅かに吸い込んだ瞬間、少しの間、完全に物を考えられなくなった事から察するに、恐らく彼女の鬼血術は、神経に作用する物なのだろう。

もし戦うとなれば、確実に手こずりそうな相手だな、と思いながら望遠鏡をまた覗き込んだ時。


「鬼舞辻様は……!!!」


丁度、女鬼がそう叫んだのが聞こえて、ぎょっとする。

望遠鏡から目を離し、咄嗟に耳を覆って、女鬼から目を逸らすと。
間もなくして、耳をつんざくような女鬼の断末魔が聞こえた。


…珠世は、鬼舞辻無惨の呪いを使い、女鬼を仕留めたのだった。

一応覚悟はして下へ視線をやったが、望遠鏡を通さずに女鬼を見たのは正しかった。

転がる目玉、千切れた肉。
唯一形を保ったまま残った腕だけが、ひくひくと痙攣するように動いている。


遠目でも分かる、あまりにも惨い死に様に、彼女は屋根の上から小さく手を合わせ、目を伏せた。

───そろそろ、夜が明ける。


再び下へ目を向けると、炭治郎は珠世達に連れられ、すっかり穴だらけになった屋内へと戻っていく。

あの様子だと、家には地下室のような場所があるようだった。


…なら、屋根から降りて、また会話を聞かせてもらわなくては。

そう思った矢先。


「良かった、こちらにいらしたんですね!」


やっと見つけましたよ…。

突然声をかけられた事に驚き、振り返ると。

ここから少し離れた、別宅の屋根の上。
胸元に白い毛の混じった彼女付の鎹鴉を肩に乗せ、こちらに手を振る隠の男性の姿があった。


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