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月も見てない隠し事

自宅の応接間にて、小梅は浮竹、京楽と顔を突き合わせていた。同期二人が遊びに来た、とはとても言い難い雰囲気の中で、真っ先に口を開いたのは京楽だった。


「今回の件、二人はどう思う?」

「無論、俺は反対だ」


普段の穏やかな表情はなりをひそめ、浮竹は険しく、固い顔つきで即答した。小梅はそんな彼の顔を正面から見つめながら、予想通りの反応だと一人心の中で呟いた。

朽木ルキアの処刑が決定して早一週間が経った。彼女の身柄は、現在も六番隊舎の隊舎牢にある。浮竹は抗議に出向こうとしたが、体調が思わしくなく、ここ数日寝込んでいたようだった。しかし、仮に抗議しに行ったとしても一蹴されていただろうが。


「私も、処刑は些か早計すぎるように思う」


三人がわざわざ小梅の邸宅に集まったのは、今回の極刑についての話題であり、その内容は今回の件への疑心に関するものであったからだ。人の耳に入るような場所で話題に出せるものではないが、ここならば他人に話を聞かれる心配もなく。そのため秘密の話をするときは、小梅達はここに集まって話していた。


「私の場合は、浮竹のように、朽木ルキアに対する情が絡んでるわけじゃないがな。私は彼女のことをよく知らん。だが、理解ができないことを受け入れることはできん」

「ボクも小梅ちゃんと同じかな。どうも腑に落ちないことが多くて、あんまり納得できない」


納得できるだけの理由があれば、小梅は今回の件を受け入れただろう。しかし何故今回の異例について、何の説明もないのか。四十六室の決定であると言われても、説明くらいはあってもいいだろうと小梅は顔をしかめている。

極刑に至る理由を理解できた後、極刑執行の是非に関しては情云々の話になってくる。だが、これはそれ以前の問題なのだ。執行理由に疑念を覚えながらそれを是とすることは、小梅にはできなかった。決して、狛村のように、山本への確固たる忠義心から是と判断することがおかしいと言っているわけではない。これは個人の、思想や信念の相違である。だからこそ、十三隊が二分される可能性が出てくるのだ。


「極刑の是非は一旦二の次だ。重禍罪だから双極を使う、猶予期間を短縮する、では説明になってない。私が知りたいのは、その異例の理由だからな」

「この件で極刑になるなら、これまでの罪人達はどうしてそうならなかった、って話にもなってくるしね。でも、四十六室が下した以上、山じいは遂行するよ」

「だろうな……」


一つ息を吐いた浮竹は、神妙な面持ちで二人を順に見ると、俺は、と口を開いた。


「俺は、上と掛け合ってみようと思う。だが、最悪の場合は、処刑を阻止する」


真剣なその顔つきには、嘘や冗談の類いなど一切無い。もしもの時、浮竹は本気で、ルキアの処刑を止めるために奔走するだろう。それは護廷十三隊への、彼らの恩師でもある山本への裏切りにも等しい行為である。しかし、それだけの覚悟を持ってのその発言だと、京楽も小梅も理解した。


「わかった。ならば、私はお前に賛同しよう」


悩む素振りも何もなく、小梅は告げた。その言葉に、浮竹は素っ頓狂な顔をして目を丸くした。


「私は朽木ルキアには、そこまで深く情があるわけじゃない。だが、浮竹。私にとってお前は、大事な友人だ。その友人が、相当な覚悟を持って、何を意味するかを理解した上で、伝えてくれた。だから私は、一人の友人として力になりたい」

「小梅……その申し出はありがたい。だが……」

「協力を得たくて話したわけじゃないことはわかってる。わかった上で、私はお前の力になりたいんだ」

「だったらボクも、二人に乗っかるとしようかな。実際、どうも怪しい匂いがするし……それに、ボクらの仲だしね」


ニッと口角を上げた京楽に、浮竹は眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「確実に、拳骨じゃすまないぞ」

「承知の上だ。だが私は、こんな疑念や疑心を抱えて、それを見て見ぬフリして向き合えん」

「ボクも、小梅ちゃんも、自分の正義を貫いてるだけさ。だから、巻き込んだなんて思いなさんなよ」

「……ありがとう、二人とも」


二人に頭を下げてお礼を告げる浮竹に、京楽は彼の肩を軽く叩いた。


「それよりも、ボク達三人で山じいをどれだけ相手できるかどうかの心配した方がいいんじゃない?」

「相手は山本先生だけじゃないと思うがな。隊長格を何人敵に回すことになるやら……」

「卍解もできないだろうし、中々結構、ハードだねえ」

「……そうだな」


「卍解」という単語に僅かに反応を示した小梅は、視線を下げながら頷いた。

始解の上の形態、卍解。それを扱える者は少ない。斬魄刀の能力は、始解だけでも充分に引き出すことができる。事実隊長格より下の面々は基本始解しか習得していないし、戦闘力としてはそれで充分と見なされる。

何せ卍解は習得が難しく、また維持することにも膨大な霊力を必要とする。卍解習得のためには、精神世界にいる斬魄刀本体をこちらの世界に呼び出す「具象化」と、戦って勝利し自分の力を認めてもらう「屈服」が必要となる。 難しいのは具象化で、これが難易度を大幅に引き上げているのだ。それもあってか、隊長就任には卍解習得が必須という暗黙の了解のようなものもあった。


「だが、卍解に関しては向こうも同じだろう」

「皆が皆、使い勝手の良い卍解じゃないからな」


卍解は、一般的に始解の五倍から十倍の戦闘能力と言われている。しかし使い所が限られていたり、使い勝手が悪かったりと、そう易々と使えないものもある。そのため万が一隊長達複数人を相手にするとなっても、勝機がないわけではなかった。


「俺としては、花天狂骨の遊びも少し不安なんだが」

「あ〜……アレはボクにもどうしょうもないからなあ……遊びを決めるのは花天狂骨だからね」

「お前と並んで戦うことは何も初めてではないし、遊びへの強制参加も今に始まったことじゃないが、山本先生と対峙しながらそちらにも気を配るというのは、脳処理が大変そうだな」


作戦会議と呼べるほどしっかりとしたものではないが、話は滞りなく進んでいく。ある程度各々の考えがわかったところで、緑茶を一口飲んだ小梅は、フッと息を吐いた。湯呑みの中身はもうすっかり冷めていて、それなりの時間が過ぎていたのがわかる。


「一番は、争わないでいれるのがいいんだがな」

「そりゃあね。ただ今回の件では、それはちょっと望めないと思うよ。意見、価値観、信念や正義の相違は、事が大きければ大きいほど、平和的解決は難航を極めるんだから」

「ああ、わかってる。だから、私もお前達も、五体満足でいれることを願ってるよ」

「縁起でもないが、あながち的外れでもないのがな……」


しみじみ呟いて緑茶を飲み干した浮竹は、壁にかけられている時計に視線をやると、そろそろ帰るか、と腰を上げた。


「夜遅くに、長々とすまないな」

「気にするな。そこまで送っていこうか?」

「ダメだ。それだと小梅が一人で帰ることになるだろ」

「女の子が夜に一人は危ないからね。浮竹はボクが送ってくから、大丈夫だよ」

「そうか。任せたぞ京楽」

「お前達、心配しすぎじゃないか……?」


体調を崩しがちな自分を案じての言葉とは理解しつつも、過保護とも取れそうな二人のやりとりに、浮竹は困ったように笑った。